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                               伝聞録


  
つれずれなるままに、日ごろ目にする浮世の出来事の移り変わる様をそこはかとなく書留めました。


                   往生際の悪い人  平成18年6月5日

 6月5日の日経新聞朝刊の社会面の片隅に、盗作疑惑の渦中にある洋画家の和田義彦氏が芸術選奨を自主返上したいという書面を文化庁に提出していたと報じていた。その理由として「受賞した理由は新境地を開拓した新作にたいするものと考えており、これからの作品が疑惑を晴らしてくれると信じています。今の情勢では私の主張が聞き入れられるとは思わない。賞の取消という不名誉を受ける前に私の方から返上したい」ということである。文化庁や選考委員は喜んだだろう。自分たちのミスがこれによってかなり軽くなる。飛びつきたいところだがグッと踏ん張った。今日の午前中に開いた臨時選考審査会は「盗作」と断定して賞の取消を決定した。往生際が悪いのは和田氏のほうで「取消は他者が決めること。私は断じて盗作とは認めない」そうである。

 平成17年度 第56回芸術選奨・文部科学大臣賞 美術部門の受賞者2人のうちの1人が和田義彦氏だった。その受賞理由は「氏は早くに西欧古典技法を習得、氏の高度な油画美術を正確な素描力と重厚な着彩とは、既に定評がある。『ドラマとポエジーの画家、和田義彦展』(三重県立美術館 4月〜6月)は初期から現在までの46年の作歴を示し、骨太と変化に富む内容は圧巻であった。氏の作画世界は郡像などで劇的な情景を設定しているが、示唆するものは社会の不条理や人々の不安、孤独などの内面の実存である。常に問題意識が現代の核心に触れていて、その時事性も評価できる」とある。なんとも難解な哲学的表現をちりばめてはいるが、突き詰めて行くとその内容は空疎である。

 氏は一連の疑惑をすべて否定している。その理由として「同じ構図でも空間、雰囲気、絵の具の盛り上げ方、材料、画質すべてにおいて私のオリジナリティをもって描いた作品である。   ピカソだって盗作の名人だ」とおっしゃっている。そりゃそうだろう。芸術はすべて先達たちの作品を参考にする。それを自分の土壌の中でじっくりと熟成する肥やしとして取り入れる。自己の中ではぐくみ、つらい一連の葛藤の末に大輪の花として開花させるものである。ゴッホやモネが浮世絵の手法を学び、よく似た構図の作品に仕上げても、その過程で広重や北斎を他者として止揚し、自己の内面で昇華させているから、これをだれも盗作とは呼ばない。

 和田氏は5月13日にスギ氏を訪ねて謝罪し、肺がんで余命幾ばくもないから帰国したら入院の予定だと告げて、次のような書置きを残したそうである。「ただひとつお願いがあります。私を訴えないでください。私は問題から遠いところで短い余生を送りたいのです」 あれ、文化庁に提出した書面で「はこれからの作品(も続ける)」と言はなかっただろうか。文化庁は職員をイタリアに派遣してスギ氏の主張を確認したと伝えているから、この物的証拠も確認したのだろうと思う。ところが当のご本人は「盗作にたいしての謝罪ではない。スギさんはこの一ヶ月近く仕事の時間をさかれたし、とらぶったと思う。私への困惑をふくめてごめんなさいと謝った」とオオムのああ言えば上佑そっくりだ。

 なんとも懲りないお方である。スギ氏の弁護士が言っているように、東京で両氏の作品を並べた展示会を開き、白黒をつけてほしいものである。



                  日・中・韓 こりない問題   平成18年4月25日

 海上保安庁の測量船が竹島海域での海底調査を行おうとして日韓両国間の外交問題となった。竹島(韓国名・独島)海域での調査実行は予想どおりというか、韓国内に配慮して、あわや決裂という見せ場まで作って解決した。しかしその内容は問題をすべて先送りしたものだった。韓国は6月に行なわれる予定の国際会議への韓国地名の提案を見送ったが、中止したわけではない。日本側も調査を開始しなかったが、これも今後の韓国の出方次第では再開する含みをもっている。もし日本側が油断して抜き打ち的に韓国地名を提案されてしまうと一巻の終わりとなるかもしれないだけに、日本側には幾分不利な解決である。

 無人島の竹島がどちらの領土になるのか?素人が地図を見ると日本の領土である隠岐からと朝鮮半島からの距離を比べてみると隠岐のほうが近いように見える。実効支配という面からみると、1905年に日本政府は閣議で竹島と命名し島根県の所管とした。戦後1951年のサンフランシスコ講和会議へ韓国は戦勝国としての参加を望んだが、1901年の朝鮮併合は国際法上合法とみなされて実現しなかった。そのとき締結された平和条約では竹島の帰属については放棄も信託統治にも付託されていない。つまり日本に帰属する条約を世界は批准した。

 しかし翌年に韓国大統領の李承晩がいわゆる利承晩ラインを設定し、ラインを越えた日本漁船を拿捕し、竹島に警備員を常駐させ現在に至っている。実効支配という意味ではどちらも50年近い領有を行なっている。1954年に日本政府は竹島問題の国際司法裁判所への付託を韓国政府に提議している。しかし韓国政府はこれを拒否した。65年に日韓基本条約が締結されており、李承晩ラインは消滅したが、竹島問題は紛争処理事項として残された。ところが昨年の3月に島根県が条例で「竹島の日」を制定してから韓国内で抗議運動がわきおこった。もっとも韓国政府は国際司法裁判所での紛争処理を不利とみてアナン事務局長に強制紛争解決手続きの適用は受け入れない立場を伝達している。

 ちっぽけな無人島ではあるが有ると無いとでは領海の範囲が変わり、海底資源と漁業資源も変わってしまうのでどちらの国も譲ろうとはしない。領海は12カイリとされているが、これによると約22キロメートル。しかし現在はEEZの200カイリが常識になっている。最初のEは "exclusive" 独占的とか排他的という意味である。あとのEZはエコノミック・ゾーンで、下関・釜山の距離以上になってしまう。さすがにこれはどちらも主張できないので中間線をとっているが、途中にある竹島の所属によって範囲が変わってしまうのでどちらもムキになる。ただ中間線をとるという原則には同意している。

 ところが中国は違う。東シナ海の那覇と温州間はざっと600キロメートル。200カイリ(約370キロメートル)を適用すると一部が重複する。この場合常識的には中間線で合意するところだが、中国側は大陸棚が終わる沖縄トラフまでを主張している。それは琉球列島のすぐ西側になるラインである。もちろん尖閣諸島は中国領と宣言している。そもそも東シナ海の大陸棚はなにも沖縄トラフで終るものではない。トラフとは海盆という意味で地球規模からすれば水溜りのようなものである。琉球大学海洋学部の木村政昭教授の実地調査によると、沖縄トラフの地質構造は中国大陸棚の延長であり、その先の琉球列島も同じ地質である。この地質構造の終点は琉球列島の太平洋側にある南東トラフである。このトラフは北上し東南海沖地震の南海トラフへと続いている。ここまでが地質学的に大陸棚であり、沖縄トラフまでを大陸棚領海とする中国側の主張には根拠がない。

 もともと中国は自国の権益確保のためには国際法に抵触しようがおかまいなしに既成事実を積み上げて確定事実へと変えてしまう国柄である。北京の日本大使館への脱北者の駆け込み事件で大使館の治外法権を無視し、最近では日本の国連常任理事国問題のさなかに「偶然」にわきおこった排日デモを黙認し、大使館への暴行を治安当局は阻止しなかったなどは記憶に新しい。これは中国がこの150年間に西欧列強による弱肉強食の国際政治力学の被害をいやというほど体験したからである。

 だから70年、80年代に「たとえズボンをはかなくても、一皿のスープを皆ですすりあっても核兵器をつくる」(陳毅外相)と、ちょうど現在の北朝鮮が真似ているやり方で原爆、水爆、ロケット、人工衛星、原子力潜水艦、大陸間弾道弾と軍備を整えていったのである。この効果は絶大で、核保有国となってほどなく国連加盟を果たし、押しも押されぬ軍事大国として目覚しい発展をとげている。中国7千年の歴史の教訓を持つこの国は、先に述べたように既成事実の積み重ねに熱心である。たとえ無理と思っても小出しに試みて相手が反応しなければじわりじわりと事実化していくやり方を好む。もし相手が問題にするとヒラリと手のひらを返す。04年11月に中国の原潜が先島諸島内の日本領海を潜水したまま侵犯した。この行為に対する日本政府の抗議に対し「技術的原因から日本領海に誤って入った」と6日後に伝えて謝罪した。原潜が航路を「技術的」に誤るなどありえない事を平然と言う。

 
 今年の3月1日に中国海事局のウエッブサイトで東シナ海の「平湖ガス田拡張工事」のために日中中間線付近の海域での航行禁止を出していた。対象海域には中間線を越えて日本側にも及んでいたので、日本政府は中国側に事実関係の照会と説明を求めた。これに対して中国外務省は「作業範囲の設定に技術的な誤りがあった」と北京の日本大使館に伝え、対象水域を中国側のみに修正した。

 もちろんこれで日本側は、ああ良かったこれでメンツは保たれた。メデタシ、メデタシ一件落着と胸をなでおろすのを見越したうえでのけろりとした通告である。これほどまでになめきられて日本は落ちたものである。



                  トリノとWBC    平成18年3月18日

 おまけのように思っていたパラリンピックで日本勢は大活躍中である。それにしてもトリノ・オリンピックは情けなかった。大会終了後現地での記者会見の模様が放映されていた。一過性の画面なので正確ではないが、団長だか副団長が「多数の選手団を率いながらまことに面目ない成果しかあげられなかった。帰国後には批判を甘んじて受け、今後の再編成に臨みたい」というようなことを言っていた。ところがその後はイナバウアーの陰に隠れて音沙汰なし。自己批判も総括もないままうやむやになってしまった。

 日本で唯一の金メダルを獲得したのは女子フィギュアの荒川静香選手である。実力でははるかに勝る米露の選手たちのまさかのミスで転がり込んできた拾い物。表彰台に上がった彼女はすこぶる意気軒昂。悪びれるところなくメダルを振りかざしていた。現ブッシュ大統領は2000年の選挙で対立候補に得票数ではやぶれながら当選した大統領としてはアメリカ史上4人目であるが、あたかも大勝利を得たかのごとく昂然と振舞った最初の大統領であった。台上の静香ちゃんを見ているとなんとなくブッシュ大統領を思い出した。もしあの時、メダルを掲げる前に "I was just lucky!" 「運が良かっただけよ」と言外に相手を賞賛し、左右の選手に手を差しのべて握手を求めたならば、さぞかしお互いに抱き合い絵になっただろうなと想像した。

 価格対性能比という基準がITデバイスにはある。CPUとメモリー、ハードディスクなどの基本性能に対する価格が比較できるからである。スポーツなどの勝負の世界にこれを当てはめるのは無理かもしれない。だが人口、団員数、獲得メダル数という関数である程度の推論が成立つのではないかと強弁してみれば、団員数は分からないが、人口4千7百万人、金6、銀3、銅2の韓国に対し、1億2千万人の人口を抱え、派遣団員240人で金1個の日本は費用対効果のきわめて悪い国だと言わざるを得ない。

 派遣人員を調べてみると、総勢238人、役員126人、選手112人という構成である。本部には団長、副団長以下23人が所属しメディカルドクターが3人いるのに、競技種目によってはコーチの他にドクターを置いているところもある。惜しくもメダルを逃がしたが、並み居る強豪を次々となぎ倒した女子カーリングチームは監督、コーチ、トレーナー各1人に選手が5人のメンバーである。しかし、大失態を演じたロートルの原田雅彦が所属するジャンプはチームリーダー、監督、コーチ3人、技術スタッフ、トレーナー、総務が各1人ずつで合計8人のスタッフに対し選手は6人である。選手たちが帰国して到着ゲートから出てくる荷物を見ていると同じ色のスーツケースを押していた。こんなものまで支給するのかとセコイことまで考えてしまう。

 韓国といえばWBCで日本は2敗している。二度あることは三度ではなく、三度目の正直でぜひ打ち勝ってほしい。韓国の選手の中にはメジャーリーガーが6人もいるそうである。彼らは米国に残ってコンディションを整え、来るべきシーズンに備えたいであろうが、あえて韓国チームに加わった。長幼の序、報恩の儒教伝統が色濃く残る韓国では、もし参加しなかったならば自分はもちろんのこと、親族たちも韓国社会の中でつまはじきされ、二度と祖国の土は踏めないであろう。おまけに兵役免除という人参をぶら下げられるとシャカリキになるのも無理はない。

 一方、松井秀喜は保身を優先して自分を育ててくれた日本を見捨てた。その上に冬季練習のために帰国していた。ところが世間は冷たい視線を浴びせるどころか歓迎ムードであった。もし私が空港にいて松井を見たら「松井のバカやロー、お前なんか二度と日本に帰ってくるな」と罵声を浴びせていたかもしれない。





                  トリノ五輪の原田雅彦選手   平成18年2月13日

 昨日までの3日間の成績では金、銀、銅のメダルはゼロである。もっとも金メダルに近いと呼ばれていた男子5百メートルスピードの加藤条治選手は6位に終り、代わりに及川佑が4位に入った。スノーボード・ハーフパイプでは男子が全員予選落ちした時からいやな予感がしていた。女子も健闘して決勝進出を果たしたものの中島志保の9位がベストの成績だった。

 アルペンスキーの花形のジャンプではノーマルヒル(85〜109メートル)が終り、全員あえなく討死。大ベテランの原田雅彦は予選で95メートルのK点をクリアーしたが重量オーバーで失格してしまった。私は原田雅彦が日本代表選手に選ばれたこと自体が奇異だと感じていた。ジャンプ台に上る順番は前年の成績順らしいが、原田のゼッケン番号は2である。15年もの間現役選手でいることはたしかに敬服するが、彼のこれまでの成績のぶれは大きい。92年からのオリンピックに連続出場しているが、個人成績は長野の5位が最高で、あとは14、20、55位であった。94年のリレハンメルの団体では彼が足を引っ張って銀になってしまった。ところが98年長野の団体の金獲得の原動力となったのは彼のジャンプであった。

 私はスキージャンプの選手生命で15年は長いのか短いのかという疑問がつきまとう。現に今度の会場ですでにキャスターになっている41歳のドイツの元選手と旧交を温めていた。37歳といえば筋力の成長は止まり中年太り間近かである。野球でいえば剛腕投手から変化球やチェンジアップで打者をくらます投法に変わるころである。体形が重力との勝負では負の要因として働くのではないだろうかと思うのである。同じ重力といってもゴルフボールを飛ばすのと、ジャンプ台から自分で飛翔するのでは訳が違うと素人目に感じているからだ。こうなると公式練習で3回も100メートルを越え、ライバルを押しのけて最後の1人に滑り込んだのも、今まで何度もドデンを見せつけられているので本当だったんだろうかと思いたくなる。この公式練習でも体重測定はやったのだろうか。

 予選が始まる前の12日(日)の日経紙の記事を少し長くなるが引用する。「リレハンメル五輪の失速、長野五輪の失態と威厳の回復・・・・・。数々の経験が染みた男はここ一番でK点超えを連発。原田はジャンプ台との相性を協調するが、コーチの見立ては違う。『しっかり地面をけっていた』 一気にラージヒルの名簿にも載った。ライバルは複雑だ。『負けない』と葛西。岡部は『(原田の飛躍は)見ていないからわからない』と途端に不機嫌。結果的に『いいとこ取り』の原田の動静を素直に喜ぶほどの甘い集団ではない」。なかなか意味深な記事である。

 失格後のテレビインタビューで原田氏はさわやかな笑顔で「たった」というニュアンスをこめて「200グラムです」と言ってのけた。また大ポカをやらずにすんだ安堵感の笑顔でもないだろうが、2グラムでも20グラムでもない200グラムは大きいと思う。このような規定があるのなら、ボクサーのように常に体重をチェックし、足りないとなれば水を飲んででもクリアーしなければならないし、200グラムといえばその範囲であろう。もちろんそれは想定範囲内のことではあるがあえてやらなかったのは、200グラムの重力という物理法則に逆らってK点には届かない自分の体力の限界をはっきりと自覚していたからだろう。

 あの笑顔を見て私は「コノヤロウ」と吐き捨てた。今後の日本選手の活躍を期待するが、原田選手はもう出てほしくない。




                 首都高のオレンジライト     平成18年1月24日

 昨1月23日の夜はライブドアの堀江社長を乗せたワゴン車を追って、上空からオレンジライトに照らされた首都高があたかも血管のように交わり離れて蛇行しながら延びていくテレビの映像を見せられた。報道がエスカレートするのはわかるが、カネボウの粉飾決算や西武の有価証券虚偽記載事件に輪をかけたフィーバーぶりである。しかしタチの悪さからいえばこれらの事件の方が上である。西武鉄道は数十年にわたり証券市場を欺き、どうしても隠しおおせなくなってきた。ここで株価の下落が予想されると発表に先立ち、経済界にその名を知られた堤会長自身がその人脈を利用して売り抜けるという破廉恥行為までしたことは記憶に新しい。

 堀江社長の逮捕によってライブドアの偽計取引や風説の流布、さらに本体の粉飾決算なども視野に入れた証取法違反事件へと向かうと大きく報道されている。たしかに法規違反として立件されるべき事例ではあるがどうも腑に落ちない事柄が多い。倫理軽視の経営体質を指弾する声も多いが、金融戦争の最前線にいる人たちは、法の抜け穴をうまく潜り抜けるのであれば何でもありと考える。つまりコンプライアンス尊守を表看板に掲げはするが、グレイゾーンに生きがいを見出す人種も多い。今までホリエモンが行なってきた時間外取引、株式分割、投資組合、株式交換などは、中にはグレイゾーンとみられるものもあるが、いずれも合法な手段である。投資会社が投下資本を極大化してキャピタルゲインを得ようとするのは合理的経済行為であり、エクイティの見地からはとうぜんのことである。テレビに出ずっぱりなのはライブドアの知名度を上げ、百分割した株の価格を最大限に引上げようとするため。ただ欲ボケ人種の射幸心を手玉に取る手段に過ぎない。分割が悪いのであれば、過去にマネックス証券がライブドアのように百倍ではないが、タダみたいな値段、つまり1株1円で64倍にした事例と五十歩百歩といえる。投資組合や株式交換などの制度は、これがなければM&Aが成立しない必須要件である。

 もっともすれすれの各項目の績は相乗効果を生み違法性を帯びてくる。構成された法令違反に検察が動いたのはとうぜんといえる。金融庁や証券取引等監視委員会の無為無策に堪忍袋の緒が切れて、いつもとは順序が逆に先行したのかもしれない。しかし、初動からわずか1週間で逮捕という急展開には、マンションの構造疑惑のその後の動きと比べると異例の早さといえる。なにかとてつもない伏魔殿の影を感じ取ったからなのだろうか。まさかマンション疑惑の煙幕として利用したのではないと思うがどうもスッキリとしない。ここで思い浮かぶのはエイチ・エス証券の野口副社長の早々とした自殺である。よく億単位の金が絡むと自殺者が出ると言われるが、彼はライブドアの当時の子会社株の売却利益を還流させた事業組合の設立者であり、偽計取引の「隠れ蓑」の役割を果たしていたことも判明している。投資組合というのはきわめて匿名性の高い組織であり、これを幾つか潜り抜けると無色透明になってしまう。どこから、だれが、いくら関与していたのかは当事者以外には判らず、隠す気になれば簡単にできてしまう。事がややこしくなってくるとこの経緯を知っているキーマンは邪魔な存在となる。思い出すのは「秘書が、秘書が」と逃げ回っていたリクルート事件の大物政治家たちである。この失敗経験を学ばない政治家などいないと思うが、確実に透明人間になれ、濡れ手の粟のボロ儲けができるとなると話は別だろう。

 私は野口氏の検死報告書に興味がある。報じられるところによると、自殺の前日に特捜部が会社や自宅を家宅捜索し、任意に事情を聞く予定であった当日の自殺である。内鍵のかかったカプセルホテル内で血まみれの遺体が見つかり、刃渡り10センチほどの小型の包丁があった。首の両側、両手首と腹部を切っており血の海だったと言われている。1泊2800円の1畳にも満たない狭い空間で、おまけに遺書もない。億単位の金を動かす人の死に場所としてはどうもしっくりしない。ためらい傷はあったのか。血液から薬物反応は無かったのかなど知りたいことがたくさんある。




                 びっくり仰天、ひょうたんから駒か? 平成18年1月9日

 今日の日経新聞のコラム「核心」の見出しを見てわが目を疑った。”後継「竹中首相」説の虚実”とあるではないか。びっくり仰天して本稿のキーボードをたたいた。夏を迎えるころに小泉首相が名前をあげれば、ひょうたんから駒というのが言わんとするところのように読めた。

 下馬評にあがっている「麻垣康三」では康三対決になる可能性も高いと思われるが、まだまだ未知数が多すぎる。たとえば山崎拓氏も出馬に意欲を見せているが単独では非力。政策も未定で他派閥との連携を模索すると言っている。つまりもう後がないので、見返りを約して協力を取り付けるという従来型の政治手法を踏襲しようとしている。総裁・首相のイスをもらえるのであれば、たとえ悪魔に魂を売り渡すこともいとわないのであろう。本命の安倍氏や麻生氏はチョボチョボ。無言の構えを通している福田康夫氏の方が不気味である。

 福田氏は父赳夫の遺志を継ぎ、中国との関係修復こそが最大の国益であると考えているのではないだろうか。1977年に時の福田首相がマニラで表明した東南アジア外交3原則の中で、官僚の作文に自ら挿入した「心と心の触れあう信頼関係の構築」の紙背にある精神である。現在の小泉政権を含む自民党の親米路線の限界を読み取っているのかも知れない。アメリカは覇権国家となって久しいが、文明や帝国が永続した歴史が無いと同様にもうすでに登りつめた国家であり、これからは相対的な国際的地位の向上が望めない国であると見ているのではないだろうか。将来、米・EUとともに三極をなすアジアにおいて盟主となるのは中国であると見る。30年、50年先を見据えれば米国一辺倒は外交的な下策であると読んで、アメリカとの距離を置きつつある韓国と同じ視点に立つと、小泉首相とのよそよそしい関係もうなずける。

 私は8月5日の本欄で竹中首相待望論をぶち上げたが、その時は現実離れした絵空事だと思っていた。しかしその後ちらほらとそんな声が洩れ聞こえてくるので、アレと聞き耳をたてる心境であったが、同志が増えてきているようで心強い。べつにおだてるわけではないが、現在の政治家の中で経世斉民の志をもった哲人宰相となりうる資質を備えた人物だと認めている。一方の対抗馬として財政再建に意欲を見せる谷垣禎一財務相は、竹中氏に反して増税路線を目指している。人気取りという面からはあえて耳の痛い増税論を唱える覚悟には敬意を表する。現在の国家財政は事実上破たんしており、持続不可能であることは衆目の一致するところである。この改善策として、国家予算の中でムダを省くことを優先させるか、緊急避難として増税先行かで論点が違ってくる。まだ濡れているからきつく絞れば増税しなくても賄えると見るかどうかの違いといえる。

 これは突き詰めていくと役人を信用するかどうかというところにかかっているようだ。竹中氏は「官僚は一般的な政策についてはよい働きをするが、省益が絡むと人格が変わる」という不信論者である。私も役人は出来るとはなかなか言わないが、出来ない理由なら理路整然と一点の非の打ちどころのない代物をたちどころにひねり出してくる人種だと思っている。ところがこんな役人の中から1997年入省の1府9省の21人が「新しい霞ヶ関を創る若手の会」を結成し、経産省と農水省の課長補佐が改革を提言しているから驚くと同時に、まだまだ日本は捨てたものではないと安心する。

 この提言の中で、日本の官僚組織のガンとなっているのはキャリア制度であり、省庁別の縦割り人事であると喝破している。つまり省益を排除して国益本位の総合本部の創設とキャリア制度の廃止、全省庁の幹部人事の一元化を提言している。身内からその弊害を知り尽くしたこの提言を尊重したい。鞍馬天狗ではないが「杉作、日本の未来は明るいぞ」と言いたくなってくる。




                 中村主人の出番かも  平成17年12月12日

 衆議院国土交通委員会への出席をなんだかんだと理由をつけて欠席していた、姉歯秀次元一級建築士と総合経営研究所の内河健所長が、明後14日には証人として出席することになっている。泰山鳴動なんとやらではなく、核心に迫る質問によって事件の真相を解明してほしい。しかし、この問題はなんとなく政治力学の匂いが感じられるので、ガス抜きの後はうやむやになる可能性も否定できない。ヒューザーの小嶋社長は、現在では自民党の最大派閥となった森派に近い人脈があるとも言われている。この問題が明らかになる2日前の11月15日に、小泉首相に近いとされている元国土庁長官の伊藤公介議員を仲介者として同行させ国交省幹部と会っている。必死になってもみ消そうと悪あがきしていたのではないかと憶測されている。この小島氏はホリエモンに負けず劣らずテレビに出ずっぱりだったが、マンション住民に提案した買取り条件がサギまがいのもので総スカンをくらい、国会に参考人として出席した後は一転、雲隠れしている。この伊藤議員は武部幹事長に謹慎を言い渡された。当の武部氏自体、農水相時代には、BSE牛肉買取り事件で投入した税金のほとんどを、食肉業者に騙し取られてしまった失政の張本人として指弾されたご仁である。この人も11月26日には「悪者探しをすると業界が潰れる」と性懲りもなく業界寄りの発言をして物議をかもし、世論の一斉攻撃を受けると一転して「全マンションを検査する。必要な予算措置を講ずる」と言う始末。するとこんどは「そんな事をすれば収集がつかなくなる」という声が党内からわきおこり立ち消えになってしまった。語るに落ちるとはこのことである。

 私はこの耐震偽装問題の根は阪神大震災にあると思う。1994年1月17日、マグニチュード6.6、震度7の地震がロスアンゼルス・ハスリッジ地震が起こり、高速道路がバタバタと倒れた。日本の建設業界はこれに倍する地震が起こっても日本の道路はだいじょうぶだと、いくぶん見下したような言い方をしていた。ところがちょうど1年後の同じ日にマグニチュード7.3、震度7の淡路・野島断層地震が起こり、ものの見事に阪神高速道路の橋脚がずらりとぶっ倒れた。そのほかにも無数の高層建築が潰れ、それらの構造物が手抜き工事ではなかったのかといいう声があがった。この時には耐震構造計算自体は審査をパスしているので、正しかるべきものと疑惑の対象にもならなかったが、知る人ぞ知るではなかったのか。もっぱら施行業者だけに疑いの目が向けられた、がこの問題もいつの間にか立ち消えになってしまった。だだ、その後数年にわたって、高速道路と新幹線の橋脚の補強工事だけは続けられた。この事例で、地震で倒れてしまえば事はうやむやになるという経験則を得た業界の一部の、それは決してマイノリでもまたマジョリでもない不心得者は、コストダウンのために耐震強度以下の構造であっても、検査さえすり抜けてしまえば、たとえ地震で倒れても責任を免れるものだという認識を、業界の常識としてもつのはとうぜんの成行である。これを明確な自覚のもとか、あるいは潜在意識かは問わないにしても、積極的に利用したのではないだろうか。氷山の一角といわれる所以である。

 ここで肝心なのは審査能力である。これまでは建築確認は信頼の基礎となるべきもので、時間と手間はかかるがどうしても通らなければならない関門と見られていた。つまり全幅の信頼を寄せていた基準である。これがこけるとは思ってもみなかった。膨大な処理が必要な構造計算を熟知し、立会い検査でも不正を見抜く眼力を備えたスタッフが、民間検査機関にも地方自冶体にも居るべきものと思い込んでいた。性善説に基づいて形式だけが整っていればパスするのではなく、性悪説に基づいた強力な検査システムを構築することがぜひとも必要である。現在の民間検査機関の職員たちには、そんな能力も意欲もない天下りがわんさと居るような気がしてならない。

 これら一連の事件で被害をこうむっているマンション住民や、ホテル業界に救済措置を講じることが必要である。一義的に建築主が責任の主体であるが、緊急を要するので公的資金によってひとまず救済し、その後、責任の所在に応じて建築主などから徴収する形をとっている。人の噂も75日。ほとぼりが冷めてしまうころには責任の所在もうやむやになり、BSE牛肉問題のように、この偽装でゴッポリ儲けた業界人種だけがやり得になり、被害を受けた人たちが血の涙を流すようなことがあってはならない。

 もしこんなことになれば、若いパパやママたちなら美女戦士セーラームーンの「月に変わってお仕置きよ」となるところだが、私のようなジジイでは、晴らせぬ怨みを晴らし、裁けぬ悪を裁く必殺仕置人、中村主人のお出ましを願うことになるだろう。



                 青衣の女(しょうえのにょにん) 平成17年11月25日

 第3次小泉改造内閣ではアッと驚くような任命はなかったが、強いていえばヒナ壇での写真撮影で両手に花の首相の片方にエン然と佇む「青衣の女人」ぐらいのものである。800年ほど前の奈良・東大寺修二会(お水取り)で「東大寺上院集中過去帳」を読みあげている修行僧、集慶の前に幻のごとく現れて、「我が名を読み落とした」と恨めしげに問われ、とっさに着衣の色をあげて唱えると安堵のいろを残して消えた。以来連綿と読み継がれてきている名前である。その消え入るようなかすかな笑みに比べれば、現代の青衣の女人は緊張と高揚の入り混じった笑顔であった。

 その顔ぶれの中には、再任されないだろうと予想していた人物が重要閣僚のポストを占めていた。麻生太郎外相である。血筋こそりっぱではあるが、気を遣う発言などでは特に口のゆがみ方がひどくなる悪相の持ち主である。前総務相時代には陰に陽に郵政改革の足を引っ張っていたが、ついに今度の内閣改造の直前に小泉首相から叱責されたにもかかわらずの抜擢である。人相でいえばきわめて爽やかな谷垣禎一財務相も留任した。この人物も中川昭一経産相と共に「官僚の代弁をするな」と一喝された人物である。ところがみんな重要ポストに任命されているので、その裏にどんな経緯が隠されているのか私にはわからない。

 その小泉改革の総仕上げに存在感を増しているのが経済財政諮問会議である。最初は学者のたわ言と大物議員たちからけなし続けられていたが、いまや押しも押されぬ政策立案の司令部である。竹中氏から与謝野氏に運営の主体が移ったので、民間議員たちの対応に戸惑いのようなものが見られるのが気がかりである。ここに安竹中(安倍晋三、竹中平蔵、中川秀直)に対する谷垣、与謝野連合が、官僚の全面的な支援を受けての対抗という構図が浮かびあがってくる。事の成行次第ではポスト小泉の自民党総裁レースの様相も違ってくる。下馬評では「麻垣康三」のうち本命は安倍晋(三)で、対抗は福田(康)夫、穴は(麻)生、谷(垣)となっている。「竹野福子」は大穴狙いに向いている。(竹)中、与謝(野)、額賀(福)志郎、小池百合(子)といった面々である。私は竹中一発に賭けたい。

 最近になって小泉首相が安倍、竹中、中川(秀)を持ち上げ、谷垣、与謝野をこき下ろす場面があった。小泉改革を良しとしない党内勢力の蔭の支援を受けて徐々に存在感を示しつつある両氏を牽制し、忠臣たちへの支持を明らかにすることによって、今後の改革路線を磐石のものにしようとする意図からであろう。谷垣氏の直近の動向を見ていると少しは薬が効いているのかなとも思えるが、まだまだ油断は禁物である。

 さて、今の世を面白からぬ自民党の先生方や党外にはじき出された人たちは、ひたすら地に潜り時を稼いで来年の9月まで、面従腹背、隠忍自重、臥薪嘗胆、捲土重来を期して、君子豹変の時を窺っていることだろう。



                  自民党の抵抗勢力  平成17年10月5日

 自民党は今度の衆院選で大勝した。選挙前から私も民主党は勝てないだろうとは思っていた。しかし、造反議員が立候補し、擁立した対立候補としのぎを削る間で漁夫の利を占めてある程度は伸びるだろうと期待していた。ただ、あまり自民党との議席差が接近し、当選した造反議員がキャスティングボートを握ることだけはならないでほしいと願っていた。ところがフタを開けてみると民主党の惨敗であった。私はそうはならずに、公明党との連立と保守系無所属の当選議員を公認してかき集め、かろうじて過半数は守れたが小泉首相はレームダックになってしまう。その結果以前と同じような政治形態が復活する。つまり派閥長老が隠然と座り、組織的な集票機関である農協、特定郵便局、建設業界、医師会などの支持団体の要望を聞きながら、政・官・財を通じた分配型政治が復活していく。とうぜんのことながら民心は離反し、次の選挙で大敗して民主党の出番が回ってくるという筋書きを予想していた。

 こんな甘い予想を吹っ飛ばしてしまうほどの、自民党だけで単独過半数、連立公明党を入れると三分の二を超える空前の獲得議席である。とうぶん民主党には出番が廻ってこないだろう。「自民党をぶっ壊す」と叫んで2001年4月の総裁選挙を勝ち抜いた小泉総裁であったが、抵抗勢力と目された人たちはしばらく鳴りをひそめていた。その間に水面下で連携を取り合いながら画策していたのであろう。夏になると「抵抗勢力と言われてもかまわない」と橋本派の野中氏、平井日医会長、日商幹部などが次々と公言した。一種の造反なだれ現象のおもむきで、抵抗アレルギーはかなり払拭され、その後の政局のあらゆる場面で立ちはだかっていった。

 こんどはどうだろうか。抵抗勢力の頭目たちは党外に去り、無所属で当選した郵政法案反対議員も首相指名に協力して平身低頭、復帰に色目を使っている。小泉チルドレンの誕生も含めて抵抗勢力が不死鳥のように灰の中からよみがえることはないだろう。総務相として陰に陽に改革路線に抵抗していた麻生氏でさえ恭順の体である。私は今度の内閣改造で当然閣外に去るであろうと思っていたが、下馬評では再入閣候補になっているのには驚いた。どんな内閣人事になるのか楽しみである。報じられているとことによると、次期内閣で後継者の処遇が決まり、首相が全面的にバックアップして改革路線の継承に万全を期すようである。今度の大勝で総裁任期延長論がなくならない。いくら本人が否定してもこればっかりはわからない。普通の政治家であれば「それほどまでにおっしゃるのなら」とか「天下国家のために再度身命をなげうって」とかなんとか言っちゃって、ホクホクと延長論にのるであろうが、この人は普通じゃないので来年の9月には辞めるかもしれない。辞めた後は全面的に任せるのかそれとも院政をひくのか。私は竹中平蔵氏の首相就任を望んでいるが、ご本人はまったくその気はないだろう。だがもうその足を引っ張ろうとする動きもある。「竹中平蔵経済財政・郵政担当相は経済財政諮問会議の(単なる)事務局長で、公務員制度や三位一体の改革では脇役ですよ」とけなした人がいるから、永田町伏魔殿は恐ろしい。




                  どこまで続くぬかるみぞ 諫早湾  平成17年9月2日

 総務省の公害等調整委員会が選任した清水誠一東大名誉教授(水産資源学)を長とする専門委員会は8月27日までに報告書をまとめた。それによると国営諫早湾干拓事業に伴う潮受け堤防(いわゆるギロチン)の閉め切りで潮の流れが変わって赤潮の発生が増え、ノリ不作などの漁業被害を起こした可能性があると強く示唆した。公調委はこの報告書を基礎資料に使い、30日に干拓事業と漁業被害の因果関係を判断する裁定を下すことになっていた。

 私はこの記事を読み、とうぜんの成行として因果関係を認め、たとえ90%以上完成していてもなんらかの変更へ方向づける裁定が出るだろうと予想した。まさか「天の声」が届いたわけでもないだろうが、下された裁定は従来からの「因果関係は特定できない」という線からは一歩も出なかった。これは専門委員会報告との整合性に欠ける裁定と言わざるを得ない。漁業被害が潮受け堤防が締め切られた後に多発したことを否定してはいない。ただ因果関係を特定する「高度な蓋然(がいぜん)性を肯定するにはいたらなかった」と難しい言葉で結論づけている。要はこれ以上踏み込むのは私たちの仕事ではありませんと逃げているだけである。言おうとすれば、漁業関係者側からの強い要望にもかかわらず、中・長期開門調査を拒否して、数ヶ月の短期調査でお茶を濁し、調査資料の蓄積を阻止した農水省の行政的不作為を指摘することもできたはずである。そこはお互いお役所勤めの身、たとえ他省であろうとも失敗をことさらにあげつらうことは出来ない相談というものである。

 もともと事の起こりは諫早湾周辺の台風・高潮被害を食い止めたいという発想が、河川護岸・防潮堤工事にとどまらず、海面埋め立てで農地を造成し米を増産したいという願いに変わり、「長崎大干拓構想」が1952年に発表されたことに端を発していた。しかしこの時から長崎県の農業振興と有明海対岸の佐賀、福岡、熊本三県の漁業関係者との利害対立は芽生えていた。かたや農業側は数百年にわたり行われてきた干拓事業の延長としかとらえず、漁業側は潮流と水質の変化に敏感なので自然破壊を恐れた。はやくも1965年には漁民による「長崎干拓反対実行委員会」が結成され、以後長崎県の農業側と対岸三県の漁業側との論争が続けられてきた。

 埋め立て工事の事業目的も最初の米増産から82年の高潮・洪水対策へ、その後85年の「国営諫早湾干拓事業計画」の防災・多目的農地造成へと変更されたが、工事そのものが中止されることはなかった。この工事の目的変更でいちばん目立つのは潮受け堤防で海面を仕切り、内側に淡水の調整池を設けることである。その結果、空から見るといくぶん茶色い内側の調整池と湾側の自然の海面の色とがくっきりと違っている。これまでは埋め立て後も干潟が残り、湾内の海水循環のメカニズムにはほとんど影響がなかったのが、こんどのギロチンで仕切られたので潮の流れが変わり、漁業被害の原因になっていることは素人目にもじゅうぶんに推測できる。

 漁業側の主張するように中・長期開門調査を行い、その影響と結果を検証すべきである。しかし農水省はもっともらしい理由をあげて必ず拒否するであろう。もし検証可能な長期開門調査を行なえば、工事をこれまで続行してきた不合理性が明らかになり、自分たちの行政的失敗を認めざるを得なくなるであろうことをじゅうぶんに予測しているからである。その責任が追及される矢面に立たされるのだけは絶対に避けたいという思惑が働くのが役人の習性である。それと同時に、当初の1350億円から2350億円にまで膨らんだ事業費によって生み出される農地は1500ヘクタールに過ぎない。県内の放棄農地が5000ヘクタールに及んでいるのでまったく無意味な工事である。洪水・高潮対策としては河川護岸と防潮堤などの方策を探れば、費用対効果でもっと生きた税金の使い道が見つかることだろう。

 30日の委員会裁定を受けて福岡・熊本両県の漁業関係者が「客観的データーの蓄積を阻み、漁民たちの申請が却下される原因を作りだしたのは、中・長期開門調査を実施しない農水省」であると、開門調査を求める農相宛の要望書を熊本市の九州農政局に手渡した。しかしこれは法的拘束力がない。だから一度やりだした工事を中断することなどとんでもない。千億円単位の予算が消滅することは重大な省益の毀損である以上、工事の正当性を主張し、漁業被害との因果関係は見いだせないことを、役人用語を使ったもっともらしい理由をあげて拒否するだろう。

 それを見越してか、1日には福岡県有明海魚連(柳川市)が開門調査実施の行政訴訟を起こすことを決めた。一日も早い正式提訴を望む。



                      この印籠が目に入らぬか 平成17年8月18日

 「追い込まれた末に」とか「誤算の末に」とかの形容詞のつく国民新党の結成。どこかで聞いたような党名だと思ったら細川護煕氏が1992年に結成した日本新党があった。こんどの結成発表の席上で代表の綿貫氏が国民と金文字の入った印籠を黄門様よろしくかかげていた。なんともはや大時代がかった演出だが、このご仁はこういうことがお好きらしい。最初はそんなつもりではなかった綿貫氏は、反対派の旗頭に祭り上げられるとすっかりその気になってしまった。まだ衆議院で審議中の6月下旬、日増しに強くなる反対の大合唱に気をよくした氏は、自民党郵政事業懇話の会幹部会席上で連判状に署名を求めた。氏が差し出したのは「熊野牛王(ごおう)神符」だった。和歌山県の熊野本宮大社のもので「誓約を破ると血を吐き地獄に落ちる」と言い伝えられた代物である。血を吐きもだえ死ぬのも恐れずに19人の衆・参議員が署名したそうである。

 今月の6日に参議院の中曽根弘文議員が民営化法案反対を表明した。同時に所属する亀井派の4名が同調したことにより、否決への流れが決定的となった。まさに土壇場での造反劇であり、中曽根氏は満を持してこの時を窺っていたのかもしれない。父親で元総理の中曽根康弘氏は衆議院の小選挙区から比例代表区への鞍替えの代償として、生涯比例区1位保証の証文を得ていた。これが有効であれば、自民党のある限り、、いかに本人にその能力がなくなっても生きている限り、中風のヨイヨイ爺さんになっても、選挙のたびに立候補さえすれば当選間違いなしで議員歳費を貰えるということになる。2003年に小泉首相が比例区立候補定年73歳の内規をたてにこれを取り消したが、この人は宮沢喜一氏とは違い、すったもんだとごねまわしていた。盲亀の浮木優曇華の花待ち得たる今日只今(もうきのふぼくうどんげのはなまちえたるこんにちただいま)。親の仇を求めて長旅の末に巡りあった孝子が、仇討ちの「いざ尋常に勝負」と言う前の決り文句で待ち望んだこの時という意味。弘文氏は見事仇討本懐を遂げたことだろう。

 しかし弘文氏に限らず、反対派の人たちの論拠がはっきりしないことはこの欄でも取り上げた。一連の動きを見ているとその背後に潜んでいるのは、日本の将来像などというものは浮かんでこない。そもそも反対のボタンの掛け違いはそんな立派なものではなく、すっと自分たちが歩んできて慣れ親しんだポスト順送り自民党手法がまったく無視され、この先、党内での存在感を示すことができなくなってしまうという単純な、しかしもっとも生臭い理由からである。昨年9月の内閣改造・党役員人事で期待していた幹事長、政調会長、総務会長をはじめ閣僚などのすべてのポストがゼロ回答だったことから始まっている。小泉首相の一本釣り人事はこれまでの調整式派閥順送りの方式をまったく無視しているので、この方法に長年にわたり慣れ親しんできた方々は、まったく水の違う別世界に投げ込まれたような恐怖感にかられ、前後の見境がなくなって戦術を誤ってしまったように見受けられる。

 さてこの選挙どう出るか。私は民主党が過半数を獲得してくれることを願っているが、この見通しは暗いだろう。その次ぎは自民・公明で過半数を制し、郵政民営化法案を成立させてくれることである。次期首相は小泉政権の政策を強力に継承する人を願う。最悪の場合は造反議員や社民党がキャスティングボードを握ることである。社民党や共産党が民主党と政策協定を結ぶことはまだ辛抱できるが、自民党が造反議員の意向を尊重しなければ、政権運営が出来ないような政局になるのだけは願い下げたい。



                       瓢箪から駒が出た  平成17年8月8日

 瓢箪から駒とはまさにここと。7月18日の本稿「郵政民営化の行方」で、私が望んでいた衆議院の解散総選挙が今日行なわれる。金帰月来で自分の選挙区に帰って支持団体廻りの中で特定郵便局長会の声がいくら強くても、これは声高のごく一部が聞こえてくるだけで、声無き大多数の声は小泉改革に賛成である。だからここはひとまず賛成のふりをしておいても、いくら解散のない参議院でも、いざ投票となれば当選の可能性の高い賛成側に廻るであろうと、その時は予想していた。日を追って票読みは改革側に不利となり、昨夜の段階では否決間違いなしという状態になってきたので驚いた。

 郵貯、簡保で集めた資金が官の論理で運用される。確かにこの方法は30年前までは効率的であったかもしれないが、現在では長期的な日本の発展にとって大きな障害となっている。現状維持を続ける限り、旧国鉄のようにいずれ行き詰まり、莫大な公金を投入して処理しなければならなくなるのは確実である。この観点を捉えて正面きって論駁する反対論を展開している造反議員はいない。みんな、過疎地の利便性が損なわれるとか、国民にわかりづらいとか、今なせ民営化なのかとか、手法が強引だとか、憲政の常道に反するというたぐいの反対論である。

 解散総選挙となれば、世論をどう誘導すればわが陣営に有利に選挙を戦えるか、この点に各党は知恵を絞っていることだろう。自民党が分裂して過半数割れとなり下野するようになれば面白いと思っている。しかし過半数を割ったとしてもいぜん大政党としての地位は失わない。細川政権の時のように復帰を目指してあらん限りの策略を巡らせ、政権党を失脚させようともくろむことは目に見えている。

 民社党が政権を担う時には官僚のポリティカル・アポイント制を採用するといっている。つまり、現在のアメリカのように、官僚の任命権を実質的に握り、官僚側人事の追認制はとらず、有能な人材を官民を問わずに採用するという制度である。これはキャリアーと入省年次で段階的に上がっていく現在の官僚制を否定するものである。これは非常に結構なことだが、次官候補を筆頭に大多数のキャリアー官僚が陰湿な抵抗を試みることであろう。この時に野党自民党と共同戦線を張ることは容易に想像がつく。

 公明党はどうだろうか。7月27日に冬柴幹事長が解散総選挙となって自民党が敗北した時には、民社党との連立の可能性について言及している。もちろん岡田代表は拒否したし、神埼代表もすぐさま否定した。小泉首相も問題ないと火消しに協力したが、ヌエ的な公明党の本質が暴露されたと政界に激震が走った。

 驚天動地の大事件を受けて、考えの纏まらないまま頭に浮かんだことを羅列したが、この中に選挙を通じて政局を左右する因子が潜んでいるかもしれない。



                       北京の六カ国協議  平成17年8月3日

 六カ国協議は合意文書の作成についての協議を重ねている。この成行を見ていると、実質的な協議はなんの成果も見られないが、鳴り物入りで開いた六カ国協議を失敗に終らせるわけにはいかないので、なんとか取り繕った最低限度の合意を、玉虫色の文言をちりばめて膨らませた宣言文に仕上げようと、努力を重ねているように見受けられる。もちろん、日本の求めている拉致のラの字も入らないだろう。

 アメリカとしてはにべもなく撥ねつけていた二国間協議に応じたにもかかわらず、玉子が先かニワトリが先かの堂々めぐりに振り回されている。北朝鮮は核保有国を認知させ、最大限の取引材料として、高値で買い取らせる戦略が見事に奏功しているようである。このまま、北朝鮮の主張する段階的な核廃棄実行プランを受け入れ、援助を先取りされるような合意がなされないように望む。またもや食い逃げされるのだけはご免こうむりたいと思っているからである。

 アメリカにしてみれば、自国にたいする直接的な脅威が目前に差し迫っているわけではない。しかし、このまま放置すれば、いずれ核を弾頭化し、米本土全域をテポドンの射程距離に収めるようになるだろう。イランからは核戦略を、パキスタンからは技術を学んだように、麻薬、偽札、ミサイル輸出などの儲かるものに総力を注ぎこんで資金を調達し、猛スピードで開発を進めていくだろうことはじゅうぶんに予想されるからである。この予想が現実味を帯びる兆候がたとえわずかでも見えれば、ブッシュ大統領は躊躇なく攻撃命令を下すだろう。

 この時は、ピョンヤンの指揮・通信系統の中枢部、すべての原子力関連施設、休戦ライン付近に展開する北朝鮮軍の軍事施設、なかでもミサイル、重砲陣地を同時に奇襲攻撃して無力化させなければならない。これに失敗すると、駐留米軍に多大の損害を出し、同盟国である韓国の首都、ソウルが火の海になってしまうからである。単独行動主義を貫いて予防戦争を仕掛ける大統領といえども、これはたいへん危険な賭けになる。

 いかに傲慢なブッシュ大統領、こう言うのは、現代アメリカの著名な歴史学者、アーサー・シュレジンガー、Jr.に教えられたからである。彼の著書から少し長くなるが引用する。

 2000年の選挙では過去のアメリカ大統領の選挙の中で一般投票で破れてはいるが大統領になった4人のうちの1人がブッシュJr.である。彼は一般投票で50万票以上の差で敗北した、少数派を代表するに過ぎない大統領である。一般投票で敗北しながら大統領になった最初の例は1824年のジョン・クイン シー・アダムスだ。この人もまた大統領の息子だったが、彼は就任演説で忸怩(じくじ)たる思いで次のように述べた「私は前任大統領のだれよりも、少 しの信任しかあなた方から得ていない私としては、あなた方の寛大さを必要とすることがより多く頻繁に生じるであろうことを、十分に認識している」
 ブッシュ氏の就任演説には、そうした弁解じみた言葉はなかった。彼はあたかも地すべり的に勝利し、選挙人の付託を受けたかのように振る舞い、それでうまくやりおおせたのである。

 この大統領が檄を飛ばしても、ロンドン爆破事件を受けたブレア首相が世論の反対をもう一度押し切って、有志の連合に参加するだろうか。イラクの大量破壊兵器でだまされた全世界の人々がブッシュはオオカミ少年ではないと信じるだろうか。見通しは暗いといわざるを得ない。バーリントン社に利権を与えるような石油資源も北朝鮮にはない。鴨緑江で国境を接する軍事バランスの変化を中国が看過するだろうか。現在の北朝鮮にそれだけの軍事的冒険を犯すだけの価値はない。核の弾頭化と運搬手段の開発に目を光らせ、当面のところは、なんとか面目のたつ合意文書でお茶を濁そうとしているのだろうか。


                         郵政民営化法案の行方 平成17年7月17日


 歴史には「タラ・レバ」はないと言われている。もしあの時にこうだったらとか、なければと言ってみても仕方がないからである。このごろ、もし国鉄分割民営化がなかったらとよく考える。1870年(明治3年)の鉄道掛に始まり、鉄道省、運輸省、日本国有鉄道を経て1987年(昭和62年)にJR各社に分割されるまでの百有余年にわたって培われてきた官の論理のもとでは、前例踏襲と問題先送りに加えて、大物政治家の選挙区にある赤字路線は政治力学によって廃止されることはなかった。それらの赤字は新幹線などの黒字路線の収益によって補填されていたが、トータルとしての赤字は積みあがっていくばかりであった。いくら親方日の丸といっても、これが永続できるわけがないのは明らかであった。中曽根内閣のもとメザシの土光さんの強力なリーダーシップで行なわれた分割民営化がなかったならば、その後の10年間にどれだけの税金がこの赤字補填に注ぎこまれたことだろうと思うと空恐ろしくなる。

 郵政民営化法案は衆議院で5票の僅差で可決され、参議院で審議中である。否決されて解散という事態もじゅうぶんに予想される。先月には特定郵便局長婦人会が会員の6分の1にあたる3千人の妻たちを全国から動員し、日比谷公園から国会議事堂までをデモ行進した。衆議院の造反議員たちは週末に自分たちの選挙区に帰り支持母体廻りを繰り返す中で、法案成立に反対した方が再選には断然有利との手ごたえを得たからこそ、青票を投じたのであろう。

 そもそも郵政民営化の眼目は郵貯、簡保を通じて家計から集められた資金が、採算性の低い特殊法人によって浪費される仕組みを断ち、競争で効率的に運営される主体に資金の流れを変えることである。同時に郵政系の金融機関も民間と同じ競争条件を整えた上で、収益機会を広げられる態勢で運営される公平性を担保する必要がある。すでに10年というとてつもなく長い移行期間を設けたり、株式の持合を認めるなどの骨抜きがなされているが、それでも日本経済の長期的な効率化のためにはぜひとも実現してほしいと願っている。

 世論調査や造反議員たちのほとんどはこの核心部分には触れていない。なぜ今民営化なのかとか、過疎地の利便性などをあげて不安をあおっている。先述の論点を掲げて真っ向から勝負を挑もうとしても、勝ち目はないので感情論で俗受けを狙っているようであるが、これほど有権者をバカにした話はないだろう。私の住んでいる南郷町の外浦地区にもりっぱな特定局があるのでたいへん便利ではある。もし不採算局であり、郵便局網の効率化のためにリストラされても仕方がないと思っている。もしそうなったら、2キロほど離れた町の中心部にある郵便局まで自転車を走らせる覚悟はできている。

 自民党の片山虎之助参議院幹事長は講演で、郵政民営化法案が参院で否決されて廃案となると、首相は解散に踏み切るだろう。そうなると自民党執行部から造反議員の中には公認されない候補者が出る。これで党は割れ崩壊するだろうと述べた。武部党幹事長の強引な切り崩し工作にたいして心情的な反発が強まったと言われているが、片山発言はこれに勝るとも劣らない恫喝をとられるだっろう。じつは、私はこれをいちばん望んでいる。ただ気に入らないのは民主党も法案に反対である。出身母体の労働組合系の議員を抱えているし、野党として政府案に反対するのも仕方がないとは思っている。しかし、さすがに見送ったが、竹中郵政民営化担当相を説明責任不足として不信任案を提出しようと目論んだ。私は竹中大臣の答弁は閣僚中でも真面目なほうだと思っている。本人にはその気はないだろうが、将来首相の座に就いてほしい人物だとも思っている。解散総選挙となれば、片山氏の言うように自民党は崩壊するかもしれない。またそうなってほしい。しかし、民主党が政権党となっても手のひらを返したように、ハイ、民営化賛成ですとは言えない。すったもんだの政争に明け暮れて、細川内閣のように政権の座を滑り落ちるまでに1年や2年は空費してしまうだろうと予想する。

 ただ、日本経済の効率化を実現して東アジアの盟主としての地位を確立し、人民元の中国が勃興する前に、東アジアの経済統合と円・米ドル・ユーロ・バスケットの共通通貨制度を確立するために残されている時間は、そんなに長くはないことを肝に銘じておくべきだろう。


                       靖国問題 その2  平成17年6月12日

 6月10日に韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領がホワイトハウスでブッシュ大統領と会談し、基本的な原則では完全に一致したとその結束ぶりを強調して終った。しかし付け加えられていた「一つか二つの小さい問題」と過小評価された不協和音はその意図に反して大きく共鳴しながら響いている。

 もともとアメリカにしてみればこの会談が大きな外交的成果をもたらすものとは期待していなかった。当初韓国側が会談場所として望んでいたテキサス州のクロフォード牧場を米国側は受け入れなかった。ここに呼ばれた呼ばれなかったで、その人の国際政治上の位置が象徴されるブッシュ大統領の私邸である。ちなみに小泉首相は2003年5月に招かれて一泊している。盧大統領はキャンプデービットの山荘に招かれることもなく、儀礼的なホワイトハウスでの会談が設定されたので、その成果は事前に予想されていた。

 前々から韓国はアメリカと共同歩調を取ることに少しずつ軸足を離し、北朝鮮と中国に対する親密色が滲み始めている。大統領は今年に入ってから折りあるごとに「北東アジアの安全保障の仲介者を務めるバランサーを目指す」と言明している。青瓦台は今月初めに突然米朝共同軍事作戦の協議を中断した。この韓国は日本に対して歴史問題、竹島問題、従軍慰安婦問題など多くの争点を抱えている。冷静、公平であろうと期待されていた両国の学者たちの歴史共同研究においても見解は真っ向から対立したまま終った。

 日韓関係とともに日中関係も、歴史問題、常任理事国問題、尖閣諸島問題、海上油田開発問題などでギクシャクしている。戦略的な観点から米国はこの間でどう対処しようとしているのか。米国の最大の標的は中国であり、その中国が防波堤と考えて取り組んでいる北朝鮮である。いずれ20年、30先にはこの中国と覇権を争うことになるだろう。この時に韓国はどちらに組すれば朝鮮民族として存続することができるだろうかと考えないはずはない。生者必滅のたとえ、永続した帝国ははない歴史から見れば、アメリカはすでに登りつめた大国であり、中国はこれから勃興する若い国である。盧大統領の心のうちに米国一辺倒の危険性を避ける選択肢を広げていく中であのような言動が生まれてきたのではないだろうか。敏感にこの動きを察知したブッシュ大統領は中国、北朝鮮、韓国の枢軸が起こりえない保証はないと踏んだもとで、今回の会談が設定されたと私は考えている。

 このような状態の中で日韓、日中問題が極端に悪化した場合、米国はいくら極東での最大の友好国である日本といえども、無条件で日本の立場を擁護してくれることはないだろう。4月の反日デモに対する米国の素っ気ない態度からじゅうぶんに予想できる。このようなぎりぎりの裁定が起こり得ないようにすることを望んでいる。中・韓の共通のカードである靖国問題をこれ以上悪化させないのが重要な平静化の方向であり、北東アジアでの米国の国益に添うものだという認識が生まれる。

 6月7日に河野衆議院議長が小泉首相を訪ね、歴代首相の意見も踏まえた上でと断って、靖国参拝の自粛を求めた。これに対して首相は「よくわかった」と答えたが参拝する考えのようだ。その後の安部氏の河野議長批判や新聞報道に「河野議長は三権の長」という表現に引っかかった。これは司法・行政・立法という分立した権力を束ねる長という響きを持っている。司法の長は最高裁判所長官であり、行政の長は内閣総理大臣である。立法府は国会であるが、国会の長という職はない。国会は衆議院と参議院で構成されており、議場も違えば出入り口さえ別である。それぞれの院には議長が置かれ、これが長となっている。つまり三権の長は4人いる。立法府の長の一人が行政府の長に対する申し入れではあるが、これ自体もきわめて異例のことである。

 これらの一連の動きは小泉首相の名誉ある撤退に向けての環境づくりの一端ではないだろうか。アメリカの意向に逆らってあえて火中に栗を拾うような真似をするだろうか。首相の頑固さには定評があるが、政治というものはもともと妥協の産物である。いかにうまく落しどころ見いだすかも、その人の政治生命にかかわっている。道路公団問題と同じく、郵政問題でも行き着く先は見えてきている。この意味で、私は70%の確率で8月15日を中心として、靖国神社への参拝は行なわないだろうと見る。遺族会の悲願に対する公約を果たすために、宮沢元総理が行なったような秘密裏の参拝という選択肢も20%はあるだろう。当るも八卦、当らぬも八卦。後の10%を強行した時に起こるであろう大波瀾、これは私の関知するところではない。



                       靖国神社問題   平成17年5月7日

 4月23日にジャカルタで行なわれた日中首脳会談で胡錦涛主席に厳しい顔つきで「過去の戦争について反省する必要がある」と告げられると、小泉首相は予定どおり謝罪や補償には触れず、当り障りのない会談となった。

 これに先立ってなされた謝罪や補償要求に対し、悪いのはそっちだと、頑として自分たちの非を認めようとはしなかった。しかし再発防止の措置はとり、これで文句はないでしょう! とばかりに後は知らんプリ。日本側もこれで顔がたったとばかり、謝罪のシャの字も、補償のホの字も口にしなくなった。大局的見地からとか事を急いではなどともっともらしいことを言ってはいるが、これまで同様の事なかれ主義の問題先送りの構図に変わりはない。これではチョロイもんだとなめられてもしかたがない。

 中国としては日本の常任理事国入りはなんとしても阻止したい。その手段として反日デモを画策したまではいいが、そのエネルギーは当初の予想をはるかに越えていた。「社会主義経済」から「社会主義市場経済」という相反する理念をもった経済制度に転換したが、多くの国有企業が解体し、所得再分配の社会保障制度、つまりセフティネットがじゅうぶんに整備されないままの突入であった。その結果、都市対農村、沿海対内陸での貧富の差は拡大していく。その過程で民主化と透明性のない、強権による農地の収奪や官僚の腐敗、情実人事の横行などの弊害が日常化し、各地で農村暴動が頻発した。都市には出稼ぎ貧民があふれている。千人足らずの学生でもが沿道からの参加者によってたちまち数万人規模ふくれあがっていった。これは不満の捌け口を求めているマグマが爆発寸前まで充満していることを示している。

 国際世論の厳しさとこのマグマが両刃の剣となって自分たちに向かってくることを恐れ、一転して鎮圧へと舵を切り変えた。だが天安門事件のように戦車などの軍事的手段はもちろん使えない。デモに参加すれば退学処分、その教授たちの連帯責任などをちらつせて元と断ち、「愛国の情は理解するが冷静に」とキャンペーンをはる。物理的には警官の大量動員と道路封鎖で阻止している。今のところはこれが効奏しているようだが予断は許さない。

 もともと事の起りは靖国神社参拝である。靖国神社は明治維新以降に国事に殉じた霊を神として祀る神社である。中国に対する侵略戦争を行った軍国日本の指導者たちはA級戦争犯罪人として処断された。その人たちをも神として祀る神社に日本の首相が参拝する行為は、過去の侵略戦争を正当化しようとする歴史認識に基づくものであると強く非難している。小泉首相にしてみればそんな大それた考えなどはない。ただ遺族会、旧軍人会、神社本庁関係の票をもらうために掲げた公約を果たそうとしているに過ぎない。おそらく次の選挙では首相経験者と現在までの実績から、そういった票をあてにする必要はなくなるだろう。その首相も党総裁としての任期は来年の9月までである。今後はあえて火中にクリをひろうような真似はしないだろうと推測する。

 すこし横道にそれるが、わが国では神話の世界から名を残した人を神と崇める宗教をもっていた。八百万(やおよろず)の神々のおわします日本古来の神道では人だけではなく、山でも瀧や岩までも御神体にまつりあげてしまう。徳川家康は東照大権現となり、日露戦争の将軍と提督も乃木神社や東郷神社に祀られている。両社の御祭神は乃木希典命(のみこと)と乃木静子命に東郷平八郎命である。このような取り扱いは輸入された宗教である仏教にはない。中国でも同じ土着宗教である道教では山東省に孔子廟があり、三国志の英傑関羽を祀る関帝廟は中国各地にある。ただ違っているのは廟でも仏教寺院でも同じように線香を奉げて拝礼しているが、日本では仏式は線香を供えて瞑目合掌し、神式では玉串奉納とニ礼ニ拍手一礼である。

 戦場では負傷者に敵も味方もない。同じように野戦病院に収容して適切な治療を施すのがナイチンゲール精神である。まして死んでしまえばなおさらである。日本と同じく偉人を神と崇める習慣がある以上、靖国神社そのものを非難しているのではないだろう。自分たちに害悪をもたらした者を神として祀るのは許せないというのであろう。憎しみから死者に対しても憎悪を抱き、事あれば報復しようとする気持ちも分からないではないが、これは賢者の行為とはいえない。死者に鞭打つ行為は慎まなければならない。まして中華と自負する民族の指導者の取るべき態度としてはふさわしいものとは思えない。たんに対日カードとして使うにしても。

 現代中国の政府要人は全員共産党員である。共産主義思想の源流、マルクスは若いころに「宗教はアヘンである」とその非合理性と欺まん性を喝破した。レーニン、スターリン、毛沢東とその精神は受け継がれてきたはずではあるが、実践論を中心として毛沢東思想では宗教容認へと軸足を移している。中国の憲法では信教の自由が保証されている。しかしこれはあくまでも共産党一党独裁の秩序のもとでのみ許されるものであり、これを越えようとするときは容赦なく弾圧されることは、チベット仏教の例をみても明らかである。

 原理的には無神論者であるはずの中国共産党政府の指導者が、他国の首相の宗教行為を内心では軽蔑しても、公然と非難するのは筋が通らない。東アジアで対立勢力となる日本を現時点では経済的に利用しながら、国際政治の場ではあらゆる手段を使ってもその力を削ぎ落とそうする戦略が、靖国神社という格好の標的を得て、その非難の矛先を向けているに過ぎない。

 この意味では経済的利用価値がなくなった時、10年先、20年先に中国政府がとるであろう政策を考えて、地政学的リスクを配分しておく必要がある。



                       日中首脳会談に望む  平成17年4月21日

 中国の大都市で頻発した反日デモは政府の圧力によって鎮静化の方向に向かっているようだ。中国政府は国際世論がおおむね否定的な論調に傾きつつある情勢を読みとった結果である。デモを呼びかけたネット上の主催者である「中国民間保釣連合会」(尖閣諸島の中国領有を主張する団体)や「愛国者同盟」は学生主体ではなく単なる「活動家」とあるだけでその実体は不明である。サイト上の検閲をしておきながら反日キャンペーンはダブルスタンダードで黙認するという偽善的な手法をとっている。こんなことをすれば両刃の剣で、いずれ自分にも振りかかってくるのは分かりきっているのに、これをあえて使うのが右傾化する湖錦涛政権である。りっぱな横断幕や各所で配られた五星紅旗の小旗やペットボトルなど周到に準備されたデモで唱えられたスローガンは「愛国無罪」である。たとえ法秩序を乱しても、愛国心の発露からであれば罪に問われないと、暗に自分たちの行動が破壊行為であることを認めている。官製デモの実体は暴徒を前にして整然と隊列を組んだままで、暴徒を鎮圧しようとはしない警備当局の姿勢からもじゅうぶんにうかがわれる。このスローガンで私は毛沢東が作った紅衛兵が唱えた「造反有理」を思い出した。このスローガンで10年以上を失ったが、こんどもそうなるかもしれないと思った。

 もともと中国政府は日本が国連での常任理事国入りを歓迎しない。アジアで唯一の常任理事国ではなくなるし、相対的な地位の低下に結びつくだけに極力反対しようとする。アナン事務局長がドイツとともに日本の新規加入に積極的な姿勢を示した後に反日デモが起ったのは決して偶然の符合ではない。早ければ10年、遅くとも30年後にはアメリカと覇権を争うことになる中国としては、アメリカと同様にその同盟国日本の国力、国際的な地位の向上を決して望まない。もっとも中国がそんなに心配しなくても、そのころの日本はアメリカが強力な同盟国とたのむほどの力は残っていないだろう。30年後の人口は1億人以下に減り、高齢化した人口構成で潜在成長率も減少し、場合によってはマイナスとなっているかもしれない。マレーシアやインドネシアにも抜かれ、ミャンマーと肩を並べているか、その後塵を拝している可能性もある。あるいはそれとは逆に資源の有効活用への道を進み、資本装備率が抜きん出て上昇し、北欧諸国のように小さいながらも豊な生活がおくれる国になっているかもしれないが、中国海軍を迎え撃つほどの軍事力を保持できる保証はない。

 少し横道にそれてしまったが、中国政府は対日圧力の手段として仕組んだデモが当局の思惑をはずれて過激化し、このまま放置すれば反政府運動へと発展しかねない、危険な兆候を見せはじめたので鎮静化工作へと舵を切ったのであろう。もう現在の中国民衆に対して天安門事件のように戦車を出動させて鎮圧しようとすれば、共産党一党独裁政権の命取りにもなりかねないほど国民の自己主張が強く、そのマグマがかなり溜まってきていることを政権中枢も自覚したのであろう。だからあくまでも弱腰と取られるような非は認めず、謝罪要求や補償はきっぱりと拒否する姿勢を示しておきながら、その裏では北京大使館の修復や上海の日本料理店などの被害調査や一部の補償を迂回路を通じて応じようとする姿勢を見せ始めているのだろう。脱北者の北京大使館問題で中国側のコメントは「大人の対応」だったように思うが、こんどは小泉首相がこの言葉を使った。しかし、この言葉はわれわれ日本人にはその意味が汲み取れてたとしても、中国人の思考回路にはなんの影響も及ぼさないだろう。日本にある中国関連施設に今回の反日デモに対する嫌がらせ行為が頻発しているが、在日中国大使館筋からは厳重なる抗議と謝罪・補償の要求が間髪を入れずに出されてきたことからも分かることだ。

 日本の歴史はせいぜい1500年ほどで、それ以前は神話の世界に霞んでいる。これに対して中国は3000年を超える有史の興亡の歴史をくり返してきているので、その歴史的対処法の集積は日本の比ではない。同じ漢字を使い、黄色い肌を持った一衣帯水の師と仰いだ国ではあるが、その精神構造は似て非なるものがある。朝鮮語と同じ文法構造をもった日本語に対し、中国語は基本的には英語と同じく主語+動詞+述語である。住人は住む人ではなく、人が住むであり、死人は人が死ぬで死んだ人ではない。この文法と歴史集積から育まれる精神構造から導かれる特色は「黄色いユダヤ人」である。華僑という言葉からも示されるように、東南アジア各国の経済を牛耳っているのは中国出身者とその子孫たちである。たとえ現地の名前に変えていてもルーツの中国名は決して放さない。名刺はちゃんと2種類用意している。この中国ネットワークは東南アジアにとどまらず全世界に張り巡らされている。将来の中国大躍進の時には必ずや表面に躍り出てくることだろう。

 ユダヤの商法は一つ譲れば必ず次が出てくる。だから東シナ海の日中境界線近くでの中国側のガス田開発問題も、国際海洋法で認めている排他的経済水域の200カイリがお互いに重なり合う場合は、その中間線を境界とみなすのが合理的な判断である。ところが中国はこれを超えて大陸棚の終点である海溝までが自国の領域だと主張している。大陸棚の終点までを排他的水域と認めれば収拾がつかなくなるので、国際会議で200カイリまでと定めたのである。ところが中国は沖縄トラフまでを主張している。この境界線は両国の二分一ではなく、中国が三分の二を占有することになり明らかに合理的な根拠を欠くものである。これを臆面もなく主張するところがユダヤ的だと言っているのだ。

 また、今月17日の町村・李外相会談の席で李外相は「歴史問題が原因である。中国政府はこれまでに一度も日本国民に申し訳ないことをしたことはない」と述べている。この「中国政府」というのは現湖錦涛政権だけを指すものであり、日本鬼子[riben quizi]という日中戦争以来の日本人に対する蔑称まで含めた反日教育で、今日の下地を作った江沢民政権でも、毛沢東初代中華人民共和国首相の政府でも、またフビライ政権でもないという意味だろうか。60周年のスパンを少し広げた700年ほど前の元寇、侵略には失敗したが、14万人、4千隻の大軍団で侵攻し、上陸占領した壱岐・対馬の武士、島民などの致死率は日中戦争の比ではなかった。2千万人の人命と計り知れない物的損害をこうむった旧ソ連政府やプーチン率いるロシア政権がナチス・ドイツの歴史問題で統一ドイツを非難することもない。

 あくまでも中国は日本の国際的地位を押さえ込むカードとして歴史問題を利用しているだけである。だから公式にいくら謝罪しても、それに見合った多額の経済援助を続けてみてもなんの効果もない。この事を踏まえて「話せば判る」んどセンチな態度で会談に臨んでもらいたくないものだ。




                       偽ドル札   平成17年4月3日

 改正船舶油濁損害補償法(改正油濁法)の施行後3月23日に、鳥取県境港に北朝鮮のカニ運搬船リミョンス7(181トン)が初入港した。同船の船舶代理店が神戸税関境港税関支署に米ドル紙幣約6500枚(数千万円相当)を持ち込んだ。これは外為法の規定(1万ドル以上の現金や小切手などを輸出入する際に必要な届け出)によるものである。

 支署が自動紙幣識別機で調べたところ約80枚がはじかれた。他にも疑わしいものが40枚ほど見つかり、科学警察研究所で鑑定中という。事情聴取に対し船長は「日朝の商社同士で車の取引決済に使うという名目で預かった金で、自分たちのものではない」と話したという。これが30日に発表されて31日の新聞で報じられたが、かんじんの貨物船は29日に出港した後である。

 税関支署は調査中として事実関係は明らかにしていない。ただ「一般的に相当の事由がない限り、航行の一時停止などは命じられない」としている。別の新聞記事では「偽札と断定できない段階で航行の一時停止などは命じられない」との支署見解を報じていた。それならば鑑定を急げはよいのに、まるでハレ物に触るような感じである。

 入港の23日から出港の29日までの7日間のどの段階で紙幣が持ち込まれたのか分からない。出港前日の28日までに事情聴取が行われたと推測されるので、おそらく24日から27日までの3日間だろう。米子空港は境港から30分とかからない。東京までは1時間と少し。半日あれば科学警察研に持ち込める。6500枚うち120枚は1.85%になる。意図的な混入をじゅうぶんに疑わせるパーセンテージである。

 刑法第149条(外国貨幣偽造行使)第2項に「偽造、変造貨幣(中略)ヲ行使シ又ハ行使ノ目的ヲ以テ人ニ交付シ若シクは輸入シタル者」は2年以上の有期懲役、未遂も又同じである。違法性、加罰性、有責性のトライアングルのどれが欠けても罪は成立しない。公判を維持できるほどの明確な見通しはないが、政治的に利用することは可能である。

 28日までに偽札の鑑定結果を出し、船長以下を拘束して出港停止を命ずる選択肢もあり得た。この措置によって新しく船舶保険に入る道を閉ざされれている北朝鮮には、貨物船や貨客船の日本への入港は事実上不可能になる。洋上取引や中国港経由のコスト増は麻薬ほどの利幅がないアサリやカニでは難しいだろう。貿易ルート遮断による経済封鎖の効果が高まるのは確実である。またこのカードを切ることによって、偽米ドル札の揺りかごという、ならず者国家のレッテルを貼られて北朝鮮の面目丸つぶれ。威圧的、独断的な外交手段に訴えてくるであろう。こうなれば思うツボ。うまく利用して6ヵ国協議や偽遺骨問題、拉致被害者問題のどの交渉の場に引きずり出せ、ようやく日本が主導的な立場をとれる有効な手段になっただろう。



                      遺骨問題 その3  平成17年3月19日

 外務省は遺骨鑑定結果のより詳細な資料を、面会を断る北朝鮮北京大使館へFAXで送信した。これに対して北朝鮮から「科学的な論証が欠如している」と反論する文書を送ってきたと2月24日に発表した。北朝鮮側がこのように主張するからには、反論の論拠としてなんらかの科学的データーが添えられていたかどうかの言明はなかった。添えられていたがあえて発表しかかったのか、もともとなかったのか。おそらく後者だとは思うが断定はできない。それ以来、拉致問題に関する北朝鮮からの反応は途切れ、油濁防止法の発動以後も梨の礫である。そういえば、日本海沿いの港にあるカニやアサリの水揚げ業者からの悲鳴も聞こえてこない。

 都合の悪いことは無視し、相手の弱点は針小棒大にあげつらうのが北朝鮮の常套手段である。拉致問題が六カ国協議再開の障害になっていると、協議に訪朝した中国側に伝えていた。連絡協議の場で中国側はこの件をわが国には伝えていなかった。別の機会にロシアサイドから漏れてきて、外務省は「そんな話はなかったぞ」と慌てて確認にはしった。中国は北朝鮮の核武装は望まないが、体制そのものの存続は緩衝地帯としての役割から利用価値あると判断している。日本の後ろにいるアメリカとはいずれ30年後には覇権を争うことになる以上、できるだけ相手側の力をそぐ方法を選んでいる。

 このような時に、北朝鮮に資料で立証して、彼らのその非を自ら認めさせようとしても、そんな筋書きは絵に書いた餅に等しい。これは始から予見できたことではあるが、あえて採用した外務省の本音は、国内世論の手前いかにも汗をかいておりますというジェスチャーだったのだろうか。前にも書いたが、日本側の主張が正しいと認めさせる相手は北朝鮮ではなく国際世論である。検証可能なデーターを公表すれば数多くの研究機関が追試を行い、中国にも反論できないような公知の事実として定着させる必要がある。これによってこそ、中国の重い腰を上げさせ、拉致問題を進展、解決させる最良の方法である。

 さてその次の段階は、北朝鮮が持ち出すであろう過去の清算と補償の問題が浮上してくる。盧武鉉韓国大統領は「3・1運動」86周年記念式典で演説し、改めて日本側に謝罪と賠償を求めた。経済援助を伴う65年の日韓条約で賠償請求権を放棄したものと考えてきた韓国でさえこうである。北朝鮮に対してはじゅうぶんに腰を据えてかからねばならないが、これを避けて通ることはできない。この問題の底に潜んでいる強制連行と拉致はどう違うのだろうか。占領地の中国や植民地の朝鮮半島から労働力として内地への連行、ナチス・ドイツのユダヤ人のアウシュビッツ送り、ソ連軍の旧日本軍捕虜のシベリア抑留など、また、地球の反対側まで連れて行ったので、連行距離としては史上最長であることはたしかな、アメリカのアルカイダ・タリバン兵士のキューバ・グアンタナモ基地での抑留まで枚挙にいとまがない。ただ違うところは、北朝鮮の拉致は施政権の無いところで秘密裏に行なわれたことである。

 韓国には日本の数倍、数十倍の拉致被害者がいるようだが、韓国政府はあまり積極的に究明しようとする姿勢を示さない。むしろ太陽政策で食糧や肥料の援助物資を送り続けている。同胞意識と事を荒立てても得るところが少なく、まかり間違えば南北統一に水をさすどころか、軍事衝突に発展してソウルが火の海になりかねないと恐れているのかもしれない。50年前に戦火を交えた経験はわれわれの窺い知れないトウラマだろうか。

 六カ国協議再開のメドは今のところたっていない。北朝鮮が核開発を再開してから2年が過ぎている。その間、プルとニュームの抽出を続け、ついに核兵器の製造を宣言した。このまま放置しておけば、数年以内に核爆弾の本体を10発ちかく所蔵し、その起爆装置の完成を急ぐことだろう。この装置はきわめて精密で、実験を行なわないかぎりその有効性が確認できない。現在の北朝鮮の独自技術で完成できるのか不明だが、たとえばパキスタンに代理実験を行なってもらうという方法も考えられる。インドの核実験に遅れてはならじと行なったパキスタンの核実験はなんとか成功したが、どうもまぐれ当たりのような代物らしく、実戦兵器の域には達していないと言われている。ロシアや中国にはその技術はあるが、いくら同盟国だがらといっても技術援助はしないだろう。このように北朝鮮がミサイル搭載可能な小型核爆弾製造の技術は、とうぶん持ち得ないだろうとしても決して油断はできない。万が一、実用核兵器を保有する可能性もあることを考慮して対策を講じておかなければならない。

 中国やロシアはフォーナインの確率で、つまり99.99%、自分たちの方に北朝鮮がミサイルを向けることはないだろうと考えている。韓国は頭上を飛び越えるだろうと思っている。完成が近いと思われるテポドン2号は米本土の一部が射程内に入るとCIAは報告している。かりに人工衛星用と名目をつけて発射実験をすれば、アメリカは自国に対する直接の脅威と受け止めて先制攻撃を行なうであろうことは、キューバのミサイル基地建設やイラクの大量破壊兵器の例からも明らかである。だからそんなバカなことはしなだろうとたかをくくっている。唯一、核物質がテロ組織の手に渡って米国内に持ち込まれないために、北朝鮮からの荷動きには目を光らせなければならない。リビアにあったウランが北朝鮮製であることは立証されている。パキスタン・リビア・北朝鮮は闇の核トライアングルである。これらの国の動きには探査衛星による厳重な監視が必要である。

 わが国は全土がテポドンの射程範囲に収められている。発射して10分足らず着弾するので、強力な迎撃体制が必要である。もちろん秘密裏に準備が進められているのだろうが、この防御能力が有効であるかどうかは、その時にならないと分からない。通常弾頭はもちろんのこと、生物・化学弾頭を使用されても、またその命中精度は低くても、甚大な被害が予想される。拉致被害はすでに起ったことであり、ミサイル攻撃は未然のものである。拉致は多くても5百人程度と予想され、ミサイルは数千、数万人の死傷が予想される。両者を天秤にかけ、利害得失を考慮して最良の北朝鮮政策を決定するのが政府の役目である。

                      ホリエモン騒動  平成17年2月28日

 この一週間、ライブドアの堀江社長ほどテレビの話題をさらった人はいない。お茶の間にもTOBという言葉がすっかりおなじみになってしまった。あの童顔のしたり顔にいささかうんざりしてチャンネルを変えると、そこにも居たのであきれてしまった。もっともこの数日は作戦を変えてウエッブサイトで自説を展開している。

 以前に外資ファンドが出てきた時に自民党の大物が「ハゲタカファンドにくれてやるのか」と毒づいていたことがあった。こんども政界、経済界の長老たちは概して拒絶反応を示している。その人たちにとっては、自分だちが歩んできて築き上げたものとはまったく異質の物質が、とつぜん目の前にのしかかってきて、押しつぶされてしまうような恐怖感にかられているように見える。その得体のしれないものが、自分たちのアンシャンレジームの世界からはまったく手の届かない、まるで宇宙人のようなやり方で現状を激変させてしまう恐怖に。

 これが「法の裏をかいた」とか「外資に乗っ取られる」などの罵りの言葉となって出てくる。電話や銀行、証券に外資参入の道が開かれた時に起こったのと同じ大合唱である。ライブドアが行なった東証での市場外取引はごく普通の手法であるが、これが大量取得と乗っ取り手段に使われたことに「法の裏をかく」という非難の声になっている。

 「法の抜け道」とか「裏をかく」という行為があたかも極悪非道の手段のように指弾しているが、これはみんながやっていることである。とくに外銀や外証がこのやり方で素早くがっぽりと儲けているのでやっかんでいる面もある。自分たちのまったく知らない手口を使われて出し抜かれたことが悔しいのである。だが、たとえばコクドの他人名義の株券のように不正な方法で税を免れると、これは脱税行為になる。しかし、合法的な控除をうまく組み合わせて課税を逃れるとこれは節税になる。この手法をうまく見つけ出すのが有能な会計士とされている。

 よく問題になる北朝鮮からのアサリにしても、水産庁によると国内で流通するアサリは年間約9万トンあまり。そのうち輸入が6割で、北朝鮮からの輸入がその6割を占める。つまり3万トン以上が北朝鮮産ということになる。小売店調査では821点中外国産は160点、内訳は中国産146点、韓国産14点で、北朝鮮産はなかった。卸段階では3点、率にして2.5%が北朝鮮産であった。いったい輸入された北朝鮮のアサリはどこへ消えてしまったのだろうか。小売には廻らずにもっぱら業務用だけに使われたのであれば合法である。産地表示を偽れば非合法である。にせ表示の問題があらゆる食品で摘発されている例からみても、この可能性は高いと思われる。しかし、第3の方法も考えられる。アサリ業者がたとえ僅かの間でも日本の海でこのアサリを養殖すれば立派な国内産に化けてしまう。このように法の不備をかいくぐることは日常茶飯事的に行なわれていることであり、これに目くじらを立ててもあまり意味はない。

 ニッポン放送株の問題は司法の場に持ち出されたが、結局のところ企業価値を高めるのは、はたしてどちらの側であろうかという判断がポイントになる。この時に裁判官たちが、両陣営からの論証をじゅうぶんに吟味し、立証者たちの顔ぶれによって判断が影響されることのないように望んでいる。

 フジテレビの日枝会長の識見の低いわりには人を見下だした態度に反感を覚える。といってホリエモンに味方するわけではないが、ネットとメディアの融合する新しい世界には興味をおぼえる。



                      遺骨問題 その2 平成17年2月7日

 ブッシュ大統領の一般教書演説と小泉首相の安堵については前回に触れましたが少し重複します。アメリカにしてみれば北朝鮮の軍事力でT62戦車の射撃装置は旧式でレーザー照準装置や弾道計算コンピューターがないので、一旦停止して照準、射撃を行なう。陸上自衛隊の自動装填装置を備えた90式MBT(メイン・バトル・タンク)でさえ走りながらバンバン撃てる。まして米軍のM1エイブラハム戦車にはとうてい勝てない。戦闘機は最新のミグ29や23は少数で、主力となるのは80年代のミグ21や19である。米空軍のF16やF/A18機には太刀打ちできないだろう。その前にこれらはピンポイント照準のミサイルの餌食になるだろう。金正日将軍様の前をAK47自動小銃や対戦車ロケット弾を奉げ、足を高く上げて隊列行進する決死の兵士たちがたとえ幾万、幾十万いても、なんの役にも立たないことは湾岸戦争以降の電子戦で証明済みである。ただ、韓国との軍事境界線付近からソウルを砲撃されたり、特殊部隊の侵攻を防ぐことはできない。

 だがミサイル・テポドン2号はまだ3段ロケットの発射実験を行なっていないので、米本土までは到達しない。ノドンの半数必中界(発射したミサイルの半数が着弾する半径)は数キロ以下だと見られている。皇居に照準を定めて100発発射しても、かりに途中の迎撃がゼロであったとしても50発程度が山手線のかなりの内側の範囲に落ちるぐらいである。通常弾頭か生物・化学兵器(核弾頭はもったいなくて使えない)が爆発して相当の被害が出るだろうが、アメリカ本土にとっては当面の脅威にはならなない。ソウルや東京が火の海になるかもしれないが、これは同盟国の災難として重く受け止めればよい。それでも真珠湾の奇襲攻撃の悲劇ていどのものかもしれない。もっとも恐れるのは北朝鮮の核物質が第三国を通じてテロリストの手に渡り、アメリカ本土をテロ攻撃されることである。そのために核物質の拡散防止ができれば、イラク・中東問題解決までのとりあえずの時間稼ぎになる。核物質の移動は軍事衛星の探査技術の発達によって、監視体制は有効にはたらくという見通しを得ているから、6ヵ国協議を当面の目標に据えたのではないだろうか。

 前回にも書いたが、北朝鮮を動かすいちばん手っ取り早い方法は中国を使うことである。中国からエネルギー、食量、兵器などの援助を打ち切られると北朝鮮は軍事的にも経済的にも崩壊してしまう。好むと好まざるとにかかわらず、北朝鮮は中国の意向に逆らうことはできない。この中国も以前は「北朝鮮は高濃縮ウランを持っていないと言っている」と北朝鮮を擁護してきた。ところが最近になって立場を変え、北朝鮮に高濃縮ウランによる核開発計画の存在を認めるように要求している。アメリカが中国に対してこの問題のかなり明瞭な証拠を示したために、中国は態度を一変したという。中国には科学的証拠が黄門様の印籠なのかもしれない。

 2日付けのニューヨークタイムス紙によると、リビアが昨年核完全放棄に応じ、保有していた核関連物質などをアメリカに提出した。この物質を検査して北朝鮮がリビアに2トンの6フッ化ウランを売却していたことを示す「一次的な証拠」が昨年5月に見つかった。さらに米エネルギー省のオークリッジ国立研究所で精査したところ、リビアが入手したウランが北朝鮮製であることを「90%以上の確率」で証明できたと報じている。あんがいこの情報あたりが中国を動かしたのかもしれない。

 日本の北京大使館への脱北者の駆け込み事件で外交的な治外法権を無視した中国官憲の行動や、これに対して有効な手段を講じ得ない日本大使館員の無策が画像を通じて全世界に流れたにもかかわらず、中国外務省の孔泉報道官は頑として非を認めようとはしなかった。ところが昨年11月の中国原子力潜水艦の日本領海侵犯の時はあっさりと非を認めた。もっとも明確な謝罪の言葉はなく、たんに「遺憾の意」を表明しただけである。これをあえて否定すれば、日本側が探査データーのごく一部を示されただけで、簡単にその主張が覆されることが容易に予想できたからである。この意味においても、北朝鮮の遺骨問題のねつ造主張に対し、中国側に動かぬ証拠を突きつけて北朝鮮への働きかけを促すのが最善の方法だと考えている。

 遺骨の引渡しの時に北朝鮮の求めに応じ、藪中アジア太平洋局長(当時)は公表しないという文書を自筆して署名している。これは政府側からではなく北朝鮮の発表でわかったのだが、都合の悪いことは隠す体質は改まっていない。この発表を受けて政府は署名しなければ遺骨を渡してもらえなかったし、署名後に「最終的に家族の了解が取れたたら公表することもあり得る」と口頭で述べたが、先方が異議を唱えなかったから問題はないのだと反論している。文書と言葉の鼎(かなえ)の軽重が問われる。

 北朝鮮が鑑定結果をねつ造だとした公式回答の中で@世界最高設備の化学警察研究所でDNA鑑定ができなかった科学性を無視し、帝京大学で得られた結果だけを絶対視している。A1200度で火葬した骨片はDNA分析法では個人識別が不可能で、帝京大学の細胞培養による鑑定方法は信じ難い。B帝京大学の鑑定は細胞増植の前後で矛盾する分析がある。C鑑定書には分析者名や立会人名、分析機関の公印もないと反論している。

 Cの公印はともかく、分析担当部門名までないとは思えないが、この反論に対する政府側からの言明はない。官房長官の定例記者会見の時に質問は出なかったのだろうか。私もこれは知りたいと思っている。これだけ具体的な科学的論点が出ているのである。全世界に追認可能なデーターを公表し、鑑定結果の正当性を立証する努力がぜひとも必要である。これこそ世界世論を味方につけ、拉致問題の解決へ向けて中国の態度を改めさせることができるのではないだろか。

 日本政府はこのような方法は効果がないと考えているのだろうか。対話と圧力に軸足を置いた手詰まりの中で、すぐに抜け道ができて、たいした効果を生むとは期待出来ない経済封鎖という伝家の宝刀をちらつかせているだけで、こんども先送りを決め込んでいる。




                      遺骨問題   平成17年1月21日

 ブッシュ大統領が二期目の就任式に臨んだ。就任演説のなかで北朝鮮は「専制の前線」と名指した6ヵ国中に含まれているが、イラク問題を抱えている上に、中国と韓国に投下している米資本の価値を毀損させる恐れのある武力対決へ直ちに進む公算は薄いであろう。当面は6ヵ国協議で時間稼ぎの道を選ぶことだろう。

 これを一番喜んでいるのは小泉首相ではないか。ことさらにアメリカの意向に反対する外交政策は取れるはずもない。おまけに2匹目のドジョウを狙って再訪朝し、低下しつつあった支持率を劇的に回復させた効果を無にしたくもない。昨年5月に自分が責任をとると外務省の強い反対を押し切って強行した2度目の訪朝の成果は、安否不明の被害者の「白紙からの再調査」と蓮池・地村夫妻の子供5人の帰国実現であった。その代償として人道的見地と断りをつけた食糧援助25万トンと医薬品1千万ドルを無償供与し、平壌宣言を尊守するかぎり経済制裁を発動しないと約束した。

 ところが北朝鮮側が提出した横田めぐみさんと松本薫さんの遺骨とされるものが、どれも別人のものといいう鑑定結果が出た。同時にその他の資料も真実を保証するものがなかった。DNA鑑定についてはデーターの公表がないので信憑性についての確認のしようがないが、今のところは政府と帝京大を信用するしかない。

 細田官房長官は昨年12月8日に平壌宣言の精神に反するものであり厳重に抗議する。この問題は日朝交渉の大きな障害になると指摘し、経済制裁など今後の対応を検討したいと述べた。わざわざ「精神」に反すると付け加えたところがミソで、これは平壌宣言そのものの明白な違反と断定するものではないとの意思表示であったのかもしれない。25日には堀之内公使が北京の北朝鮮大使館で日本側の調査結果を渡し、誠意を欠く対応に強く抗議した。今後ので方次第では厳しい対応をとると善処を迫ったが、これに対し北朝鮮の趙参事官は「政治的脚本」と一蹴して遺骨の原状での返却を求めた。続いて31日に外務省スポークスマンが調査結果はねつ造と決めつけ、受け入れることも認めることもできない。朝日政府間接触はこれ以上の意義を付与する必要もなくなったと述べ、さらに1月17日の朝鮮中央通信は核問題の解決よりなんの関連もない朝日間の相互問題である拉致問題を取り上げている日本とともに6ヵ国協議に参加するのを考慮すると報じている。

 このあたりから日本の反応は鈍くなりだした。とくに外務省はそれ見たことかと言わんばかりではないだろうか。外交の素人が愚民感情に流されて対応を誤り経済制裁を発動すれば、交渉の窓口を閉ざしてしまう。われわれが苦労して締結した平壌宣言を一方的に破棄する。日本の対応を口実に6ヵ国協議に不参加を表明するなどの危惧が現実化すると懸念するのだろう。今までの外務省であれば省益を優先して外務省の存在感を誇示できるとともに、アメリカの意向にも沿った解決策を模索することだろう。だが1月4日に就任した公内正太郎事務次官は核問題よりも拉致問題の先行解決が重要との考えを強調した。しかし、対話派の田中均外務審議官が留任したままである。今後どのような舵取りがなされるのか興味津々である。

 帝京大が行なったDNA鑑定結果は別人と判明したとだけしか公表されていない。従来からは火葬に付された骨からDNAを取り出すのは不可能とされていた。これを抽出した技術は驚くべきものであるが、例えば潜水艦識別技術のように極秘事項なのであろうか。潜水艦はエンジン音、原子力であれば蒸気タービン音、プロペラシャフトのベアリング摩擦音、スクリュー回転音、その発泡音、舵きり音などがちょうど指紋のように艦ごとに異なっている。これを識別する方法は最高の軍事機密であり、いつ、どのようにして判ったのかという手の内は絶対に明かせない。その意味では、最近の中国潜水艦の領海侵犯問題で海上自衛隊の通報遅れを非難する報道もあったが、私はこれは仕方のないことだと思っている。

 だからその範囲内で、誰にも反論できないような科学的データーを作り、これを全世界に、とくに中国政府にも反論出来ないような形で公表すべきである。手の内を明かさずに客観的に有効な科学データーを作り上げるのは難しいことかもしれないが、英知を結集してやらなければならない。これが日本の国益に直結しているからである。例えば権威ある科学誌ネイチャーにそのデーターが公表されて検証されると公知の事実になる。これによって北朝鮮のねつ造という主張が誤りであるという国際世論が起れば、中国政府といえどもこれを無視することはできなくなる。このように側面から揺さぶりをかけるのがもっとも有効な手段だと思う。つまり、中国に首根っこを押えられている北朝鮮としては中国の意向には逆らえず、なんらかの打開策を講じなければならない。しかもこれまでのようにお茶を濁す程度ではすまないのは明らかである。

 話は変わるが、最近のテレビや新聞の報道によれば北朝鮮では男の髪型について5センチ以下に短く刈り込むように指導しているそうである。その理由は清潔感に欠けるし、髪が長いとその分だけ髪の方で栄養分を多く消費して脳の働きを弱めるからだという。何か変だ。もっと長いはずの女性はどうなんだろうか。もしそうなら紫式部や清少納言は痴呆症になるはずだ。

 そういえば、太平洋戦争中のわが国でもほとんどの男は丸坊主にさせられていた。もちろん例外はある。やんごとなきあたりをはじめ、閣僚たちや政府高官、上原謙のような映画スターはきちんと七三に分けておられたようだ。しかし、東條首相や翼賛俳優の藤田進もイガグリ頭だった。ひよっとしたら臨戦体制に向かう資源小国はまず男の髪形を取り上げるのかもしれない。北朝鮮の「偉大な将軍様」と太平洋戦争下のわが国の「かしこくも大元帥陛下」という呼び方はなんとなく通じあっているように私には思えてならないのである。

 ちなみに、2003年2月4日の北朝鮮の労働新聞の社説の一部と、昭和16年(1941)に時の陸軍大臣東条英機名で出された「戦陣訓」の序文の一部を載せておく。いまどき通用する文章ではないので読み飛ばしても差し支えはない。「皇」という文字は「天皇の」という意味である。戦陣訓は戦場に赴く兵士のあるべき心構えを説いたもので、有名な第8条の「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名をのこすこ勿(なか)れ」という一文を叩き込まれたために幾万、幾十万の命が失われてしまった。

 「私らは誰も偉大な将軍様の深い同士愛を血の沸く心臓に刻んで抱きとめ、固く誓い最後まで守る熱血忠臣にならなければならない」

 「夫(そ)れ戦陣は大命に基づき、皇軍の真髄を発揮し、攻むれば必ず取り戦えば必ず勝ち、遍(あまね)く皇道を宣撫し、敵をして仰いで御稜威(みいつ)の尊厳を感銘せしむる処なり。されば戦陣に臨む者は、深く皇国の使命を体し、堅く皇軍の道義を持し、皇国の威徳を四海に宣揚舩ことを期せざるべからず」

                  どこへ行く日本   平成17年1月3日

 年の初めからあまり耳障りのよい話ではないが、ゆく先短い身ながら祖国日本がどこへ行くのか気がかりである。

 来年度の予算案原案が固まり、一般会計は81兆円である。これは使われる金額で、これに見合った収入は44兆円しかない。残りは国債の発行などでまかなわれる。これは普通の家計にたとえると年収が400万円しかないのに800万円の暮らしをして、足りない分は借金していることになる。その差額の中の180万円は期限のきた借金の返済や利払いに当てられている。おまけに今まで借りまくった借金は積もり積もって8000万円あり、親類、知人などから借りたのや、連帯保証人になったのまで加えると1億円に膨れ上がってしまう。ざっとこんな調子の経済状態になる。こんな暮らしをいつまでも続けることはできず、早晩自己破産するしかないことは、持続可能性などという難しい言葉を使わなくても普通の人でもすぐわかる。

 ところが国はこの借金については好ましくないので、あと10年と少しの間に新しい借金だけは増やさないようにする(プライマリーバランスの黒字化)のが公約だと言っている。しかし積みあがった借金の、せめて元金についての返済のめどを示すことはできないままである。未来永劫この借金葉返さないつもりだろうか。

 これを払うには3つの方法がある。最初のは際限なく国債を発行し続け、その見返りに紙幣を乱発してインフレエーションを起こせばよい。国家予算は8000兆円に膨れ上がり800兆円の返済などただみたいなものである。もう一つは徳政令、今の言葉でデフォルトしてチャラにすればよい。どちらも非常に危険な毒薬で、社会は混乱して革命が起ってしまう。これはなにも左ばかりではなく、右にも向かうことは第一次大戦後のドイツを見ればよくわかる。だからこれらの手は使いにくいので最後に残ったのは歳出を抑えることである。公務員が自己犠牲の精神を発揮してレベルを落とさずに行政費を現在の半分にする努力を実際に示して実現すれば、国民も納得して消費税が20%や30%になっても文句も言わずに払うだろう。だが今度の予算案では前年比0.7%の削減でお茶を濁しているので百年河清を待つようなものである。

 どどのつまりは、これを払うために国民がせっせと働いて所得税、消費税からビール、タバコの税金までを払い続けなければならない。だが税金を払う国民が少なくなるとどうなるだろうか。脱税ではなく人数自体が減ることである。支払人の絶対数が減るかぎりプライマリーバランスどころではない。この人口が減っていくという現実が目の前に迫ってきている。もう5年後には減りはじめ、「せめてプライマリーバランスは」と言っていた10年後には確実に経済規模は縮小して、中国やインドに追い抜かれている。目を見張るような生産技術の革新と人定資源の質的向上があればよいが、そうそうイノベーションが起るわけでもなく、ゆとり教育の失政で労働者の質的向上も期待できない。いくら労働者一人あたりの生産設備を表す資本装備率を上げ、省力化にはげんで生産性をあげようとしても、それを上回る速度で労働力が減っていく現実が待ちかまえている。

 このように見通しははっきりしているが政府関係者は声高に危機を叫び対策を講じようとはしない。わかってはいるがどうしようもないのである。少なくとも20年から30年ほどの余裕があれば手の打ちようもあったが、こと人口に関するかぎり小手先いじりの対策ではなんの効果もないこともまたわかっているからだ。だから言ってもしかたがないとダンマリを決め込んでいるのかも知れない。

 時代を見抜き先見性をもって国民に訴え、その進路を導いてくれるステーツマンが今日ほど求められている時はないのにもかかわらず、自民党をぶっ壊すと叫んだ小泉首相も道路公団ではお題目倒れ。だから郵政改革にも期待はしなかったが、案の定、妥協の産物に終わりそうである。なお悪いことに小泉首相の後に座るべき人物がいない。従来の利益誘導型の自民党政治手法を踏襲するだろうとしか思えないような人たちばかりが中二階でうごめいている。

明治時代に廃藩置県や廃刀令を断行したような、既得権益をいっさいぶち壊す力強いリーダーシップを持った指導者はどこかにいないだろうか。



                平成16年12月23日  西武伏魔殿

 田中真紀子氏が外相就任直後に外務省は伏魔殿のようなところだとけなしたが、西武グループもこれに劣らないほどの闇に包まれた大魔殿です。その闇の中を有象無象が君臨する暗黒大魔王の顔色をうかがいながら右往左往していたようです。

 非上場の持ち株会社のコクドを半分以下の持ち株で支配し、傘下の上場会社を意のままに操ってきた。中核企業の西武鉄道でさえ商法で決められている取締役会を7年も開かず、重要な経営事項は実質的に堤義明前会長と側近の戸田前社長で決めていた。この実態を覆い隠すために公認会計士を長年にわたり個人を使い、株式事務を普通は信託銀行などに委託するところを自社内で行なっていた。こうなるとその他諸々は会長が鷺を烏といえばごもっともとなる。行き着く先は裸の王様で、目先のはずれた事業が累々と積み重なっていく。それもバブルの間はなんとか辻褄を合わせられたが、土地神話が崩壊すると同時に神通力もハゲ落ちてしまう。

 「8千人の個人株主の流動性を確保する」と、長年にわたって投資家を欺きつづけてきた反省はこれっぽっちもなく、東京証券取引所が西武鉄道の上場廃止を決めたその日にジャスダック市場への上場意向を表明した。こんな恥知らずを臆面もやってのけようとするのは裸の王様ぐらいのものだろう。東証は上場してもらってこそ収入になるのでインセンティブにはなるが、さすがに難色を示して実現は難しい状態だ。インサイダー取引の疑惑に対し東証は「投資家は個々の上場銘柄を慎重に検討して売買すべきである」という、同じような顛末にたいするシンガポール証券取引所の言い訳めいた談話を発表しなかったのはせめてもの救いである。

 暗黒大魔王の堤前会長はどうしているのだろうか。いちどだけ会合に出ていた映像を見たがそれほどやつれた感じはなかった。コクドの36%を握る筆頭株主である以上は、今でも隠然たる影響力を残したままなのだろうか。西武グループ経営改革委員会(委員長・諸井虔太平洋セメント相談役)の事務局にはコクド出身者は排除され、西武鉄道やみずほコーポレート銀行など主力3行の実務担当者で固められている。非上場のベールに包まれたコクドを中心としたグループ全体の相関図を作り上げるのは並大抵のことではないだろう。まず実行しなければならないのは堤氏の持ち株の放出である。そのためには堤氏と諸井委員長のトップ会談がぜひとも必要である。しかし、諸井委員長は今月始めの記者会見で「方向性が決まらないと会っても仕方がない」と半身引いていた。いずれ年明けにでも会見は実現することになるだろうが、貫禄負けの会見にならないように願い。

 インサイダー取引の疑いがきわめて濃厚な自社株の売り払いについては、求められていた買戻しに1月末までには応じる見通しである。前の状態に戻すということは持ち株比率が違法な状態に戻るということになるのではないだろうか。また、買戻しを強く求めていない企業や個人株主への対応はどうなるのだろうか。この点がよく分からない。

 一日も早く証券取引法違反でコクドが刑事訴追を受け、伏魔殿の実態が白日のもとにさらけ出される日が待たれる。

                平成16年10月31日  追伸 一場投手問題

 前号で「本当に285万円を返したのだろうかと貧乏人の私は疑ってしまう」と書きましたが疑いは事実でした。10月28日に一場靖弘投手は都内で記者会見を行い「憲章違反を恥ずかしく思う」と語り「当初は不安で眠れなかったが」嘘をつけ。「プロ側の説明にいつしか違反の意識が薄れてしまった」と悔やんでいた。しかし「読売の200万円は返したが横浜、阪神のお金は預金している。近く返済したい」とも話している。日本学生野球協会常務理事の長船事務局長は一部の事実だけを強調して結果的には虚偽の説明で一場氏を擁護していた事になる。また、今まで返さなかったのをはたして返すだろうかという疑いが増すだけである。


                平成16年10月23日  一場靖弘 明大投手問題

 明治大学野球部の一場投手に対する金銭授受が再び持ち上がり、横浜・阪神の両オーナーが辞任した。皮切りとなった巨人の渡辺オーナーに続き、インサイダー疑惑の堤西武球団オーナーの辞任と合わせると、わずか2ヶ月の間に日本プロ野球界のオーナーが4人も交替する事になる。

 一場投手の問題で最初に激震がはしったのは巨人の渡辺オーナーの辞任であった。同じく今回の横浜・阪神も同じ日に球団側が別個に記者会見を開いて発表した。スクープ記事が発端ではないところがいささか気になる。いずれの場合も内部調査の結果判明したという説明である。巨人で問題が起きた時に横浜・阪神ともに調査はしたが、そういう事実には到達しなかったと釈明している点も同じである。それが今回はなぜ判明したのだろうか。先の巨人の時もきっかけは何だったのだろうか。横浜の砂原オーナーのもとには匿名の文書が届いていたと言われている。9月には形ばかりの調査でお茶を濁したのだから今回も握りつぶせたのではないかと思うが、それが出来ないほど核心をついていたのか、マスコミなどの切迫した追及をかわすことが出来ないと判断したからなのだろうか。これは渡辺オーナーの辞任についてもあてはまる。この時は誰もが怪物は退治しなければとか、誰かが首に鈴をつけなければと考えていた矢先の唐突な辞任発表でホッとして疑わなかったが、こんなに続くと変だなと思いたくなる。

 この問題では一場投手は発表された金額だけでも285万円を受け取った事になる。これは日本学生野球憲章で禁じられた金銭収受になるが、この違反に対してはどんな罰則があるのだろうか。公務員ではないので刑事罰を課すことはないだろうが、なんらかの明文化した規定があるのか無いのか私は知らない。これに関して報じられていたのは、9月6日に日本学生野球協会の審査室会議で取り上げられる事になっていた。その前に、日本学生野球協会常務理事でもある長船事務局長は「既に退部し部員登録は抹消されている。金銭もすぐに返した。一場君の将来を考えると処分しない方針」と述べていた。罪を憎んで人を憎まぬまことに温情あふれるお言葉である。このように身内に甘い体質が問題先送りを生み、後で大損こいたケースは枚挙にいとまがない。本当に285万円を返したのだろうかと貧乏人の私は疑ってしまう。

 これは氷山の一角でありスカウトやその他の人脈の人が選手を食事に誘い、その帰りに食事代、栄養代、車代などの名目で渡す「10万円は常識を超えているという認識はなかった」ほど常態化していた。世の不条理に呻吟し苦悩する哲学科の学生などはとっくに絶滅している。悪く言うつもりはないが、まして体育系の学生にはそんなことは無頓着。皆でやれば悪くないとすぐに現状容認の思考回路を築き上げるであろうことは容易に想像できる。これだけ汚辱にまみれていても一場君はできれば野球人生を送りたいとおっしゃっている。

 それを援護するかのように。9月6日の審議室会議では日本大学野球連盟から一連の経過を報告なされた後、「一場投手は既に退部しており、日本学生野球憲章に基づいた処分が行われた」として上申しなかったために、この日の会義の審議案件にすらならずに処分は課せられなかった。いったいどんな処分が行なわれたのだろうか。ちなみにこの日は高校野球の不祥事9件(飲酒、喫煙、暴力制裁など)にたいする処分が行なわれた。長船常務理事は「一場投手が1人の明大生として明大野球部の練習に参加したり、合宿所に住むことは問題ない」(共同通信)とほざいていた。

 こんな人たちが日本の野球をだめにしているのだろう。




                平成16年9月17日  ジェンキンス氏出頭

 誰かが書くだろうと思っていたが寡聞にして聞かず。思い切って書きます。
 脱走兵の元米陸軍軍曹ジェンキンス氏が1円の見積金額を提示した日航機、世間の批判を恐れて5万円程度の随意契約で政府がチャーターしたジャンボ機で7月18日に到着した。それに先立つ7月8日に曽我ひとみさんは中山参与とともにジャカルタに向けて出発し、夫、ジェンキンス氏の到着を待った。

 翌9日にジェンキンス氏は二人の娘とともに平壌から到着した。この飛行機も日本政府のチャーター機だが金額は知らない。タラップを降りる足取りも、曽我ひとみさんとの再会のキッスもしっかりとしたものだった。空港内を歩く映像も流れたが、ブリーフケースを提げて歩く姿は敏湾のビジネスマンを思わせる颯爽としたものだった。

 ジャカルタ滞在中にいろいろの工作が行われ、治療のために来日するスケジュールとなった。そのころから司法取引のアイデアが流れ出した。これは日本にはない法制度で、強いて言えば緊急避難に相当するのではないだろうか。つまり、失うよりも大きな利益をもたらすのであれば不法行為の罰を軽減するという法思想である。北朝鮮滞在中に得た情報を提供し、それが価値あるものであれば脱走罪を不問にして不名誉除隊にするといいうものだ。価値あるものかどうかは米軍当局の価値判断に基づくので、ある程度の融通が利くのだろ。

 そのためにはまず治療目的での来日が前提条件になる。闊達な足取りで日本の土を踏んでもらっては困るのだろう。いくらそうだからといってあの猿芝居はひどすぎる。ジェンキンス氏がジャカルタ郊外のスカルノ・ハッタ空港からくだんのチャーター機に乗り込む姿は痛々しいほどの老人になっていた。杖にすがって歩くのもやっとという状態だった。羽田空港に到着した時の映像はまだひどい。曽我ひとみさんたちに両脇を抱きかかえられるようにしてマイクロバスに乗りこんでいた。誰がジャカルタで杖を準備したのだろうか。曽我ひとみさんが離日の時に持っていた様子はないし、現地のマーケットで買いととのえることもできないだろう。いわゆる外務省のロジ担あたりが調達したのだと推測する。お膳立てもその筋あたりだろうか。

 案の定、入院先の東京女子医大は8月3日に「精密検査の結果、緊急に手術などの治療を要する状態ではない」と文書でコメントを発表した。

 独立法務官との面会などの紆余曲折の末、9月11日にジェンキンス氏は家族とともにマイクロバスで神奈川県相模原市の米軍基地、キャンプ座間に到着した。憲兵隊長のポール・ニガラ中佐の前にしっかりとした足取りで進み出ると、背筋をしゃんと伸ばした直立不動の姿勢で挙手の礼をとり「私はジェンキンス軍曹です。ここに出頭しました」と報告した。その間、20秒ほどは敬礼の姿勢をとったまま身動きひとつしなかった。1ヶ月そこそこでよぼよぼジジイから現役軍曹に豹変する離れ業を演じさせられたご本人も苦笑していることだろう。

 蛇足ながら付け加えると、米軍では屋内外を問わず脱帽していても挙手の礼をする。旧日本軍隊では着帽せずに挙手の礼をとることは非礼であった。屋内では必ず脱帽し30度の角度で視線をやや上にとったお辞儀をしなければならなかった。屋外では着帽が原則であるが、もしかぶっていなければお辞儀であった。


                平成16年9月1日   赤垣源蔵涙の別れ

 第28回夏季オリンピックのアテネ大会では日本の選手たちが大活躍した。前回のシドニー大会の様子から今回もたいしたことはないだろうとたかをくくっていた。それが番狂わせも中にはあったが金メダルを16個もとったのは見事である。とくに野球の銅メダルは驚きだ。出発前のキューバとの試合は1分1敗だった。だが引き分けも見たところでは負け試合だったと思う。ヨーロッパやアジアチームとの試合はともかく、アメリカやカリブ海諸国には勝てないだろうと予想していた。とくに松阪の気力には賞賛を送りたい。だが、このチームをなぜ長嶋ジャパンと呼ぶのかわからない。壮健なころに長嶋氏が監督に就任し、その経歴と人脈でチーム戦力の中からゼニにはならないオリンピックにプロ選手を引っ張り出す功績があったからなのだろか。選手を借り出すための儀式として、南郷町で春季キャンプ中の西部ライオンズにも、宮崎のダイエイ・ホークスにも長嶋氏がわざわざ挨拶に訪れていた。つまりヤクザの仁義のようなものである。その功績を称えた称号なのだろうか。

 オリンピックの試合中、ブルペンには長嶋監督のユニフォームが吊るされていた。しかもこれ見よがしに後ろ向けの背番号3番をを出していた。あたかもそこに長嶋監督が臨場し、試合の一部始終を見守り采配を振っていますよといわんばかりである。これでは忠臣蔵だ。赤垣源蔵は討ち入り前夜に兄を訪ねたが不在、兄の紋服を衣紋掛けに通して鴨井に吊るし、あたかもそこに兄がいるかのごとく持参の酒を酌んで涙の別れを惜しんだ。その時でも源蔵は着物の身ごろを前にしていたよ。これを後にしては芝居にならない。

 予想通り監督は不在のままコーチが代行した。わたしは以前にもこの欄で書いたが、事実上監督の任を果たせないとわかった時に新監督をたてるべきであった。テレビの報じるところによると長嶋ジャパンが帰国した時に長嶋氏は成田のホテルまで出向き選手たちと握手したそうである。普通に歩けて喋れるようになったというニュースは前にも聞いたように思うが、握手の映像が流れなかったのはなぜなんだろうと勘ぐってしまう。

 いくら現場ががんばろうとしても、統轄する大元ががたがたしていては出来ない相談というもの。プロ野球の混迷が選手たちにも有形無形の影響を与えている。高い参入障壁を巡らし、その中のオーナー会議だけですべてを取り仕切ろうとする。しかもそれの会議自体が密室であり、往事の田中角栄のようなワンマンの顔色をうかがいながら決まっていく組織になっていた。このような閉鎖的な企業が衰退していく構図はこの10年間に枚挙のいとまがない。

 たとえば東京ドームが発表する入場者数には根拠がない。ジャイアンツだけではなくどこの球団の発表でも同じらしいが、係員が目測して推計するそうだ。当日券売上の集計に手間取り一人単位までの発表は難しいと言う。しかし、メジャーリーグやJリーグではちゃんと発表しているので、出来ないのではなく、正確な数字をつかんでフアンサービスに努めようという意識がまったく働かないのだろう。東京ドームの入場者数の発表は5万5千人の時が多い。所轄の小石川消防署に届け出ている収容人員はイスと立ち見の合計でも4万5千3百72人である。署では発表どおりに入っていれば問題だが、そんな様子はないという意見である。大相撲も入場者数は発表せずに大入り満員の幕が、このごろはだいぶ回数が減ったようだが、場所中に何回かは垂れる。どちらも絶頂期にあぐらをかいていた点が似通った産業のようだ。

 新規参入の希望者を見下す人はいなくなった今、これを後白河上皇にせずにコミッショナー組織がじゅうぶんにその機能を発揮して、新生プロ野球を発足させてほしいものだ。



             平成16年8月12日  おかしな高裁判断

 三菱東京ファイナンシャル・グループとUFJグループとのとの統合交渉をめぐって、交渉差し止めを命じた東京地裁の仮処分決定を東京高裁が取り消した。住友信託とUFJが交わし独占交渉権を含む基本合意書の法的拘束力を認め、UFJ側の解約通知の法的根拠を否定した上で「双方の信頼関係が悪化し、溝を埋めることは困難な状況」を追認しての決定という。

 カネボウの身売り問題では後から高い買い手が現れ、恥も外聞もなく鞍替えした出来事に懲りて、UFJ側から約束が反故にされないように申し出て付け加えた条項がこの独占交渉権である。法理論的には、双方が交わした基本合意書に法的拘束力があり、UFJ側の一方的通告には拘束力がないとの判断が示されると、導き出される結論は一つである。しかし、高裁はこの結論に反する決定を行った。状況を見極めてその状態でもっとも現実的な打開策と判断したことが高裁の決定文から窺える。

 大津事件というのが明治24年(1891)5月に起った。親善訪問中のロシアのニコライ皇太子が滋賀県大津市で警備の巡査にとつぜん斬りつけられて負傷した。法理論的には傷害罪であり、最高刑は現行刑法(明治40年制定)では懲役10年である。当時は無期懲役であったらしい。昭和23年に削除された「皇室に対する罪」第七十三条を適用すれば、たとえ未遂であっても「危害ヲ加エ」ようとすれば死刑であった。政府は大国ロシアに遠慮してこの条文を適用するように司法当局に圧力をかけた。時の最高裁院長児島惟譲はこれを拒否し、条文に従い無期懲役の判決を下した。刑法総論の講義の最初にこの話をして司法の独立を説いた教授の顔はいまも忘れない。

 今回もこのようなことがどこからともなく起らなかったのだろうか。今日の日経の3面に『三菱東京の幹部がUFJ側に「高裁の決定が出たらすぐに記者会見を開いて基本合意を発表しましょう」と提案した』とあたかも高裁決定を既定事実のような取り方をしていた。ウラが取れないので確言はできないが疑いは残る。

 下世話の例えでは、結婚の結納も取り交わして式場の準備万端整い、当日になって花嫁がもっといい結婚相手が見つかったからといってドタキャン。ウエディングドレスのまま、新しい相手の許に駆け出していくあの映画の一場面のようなものである。憤懣やるかたない婿殿はおおそれながらとお上に訴える。大岡裁判なら粋な取り計らいもあるかもしれないが、東京高裁は法理論よりも現状追認を優先しと言わざるをえない。この場合は婿さんが慰謝料を請求することになるだろうが、高裁はこのことを予測してUFJ側に75億円の担保を条件にしている。

 ドタキャンされた婿さんはそれでも「わたしゃ諦めないわいな」と最高裁に提訴した。それほどの女でもないのに両方から手を引っ張られてUFJは女冥利に尽きるというもの。わたしは断然ドタキャンされた婿さんに同情する。あんな女を嫁にしても、ゆくゆく立派な家庭が築けるはずがない。きれいさっぱりと諦めて慰謝料をたんまりとふんだくり、もっといい女性を見つけるほうが幸せの近道というものだ。




                平成16年7月12日  戦いすんで日が暮れて

 参議院選挙が終った。自民党は改選議席には及ばなかったが善戦した。わたしの予想はもっと少なく、40議席少しだろうと踏んでいた。いつもの小泉流のやり方で挽回したと思っている。つまり、社会保険庁の改革人事に民間人を起用して意欲を示し、曽我ひとみさんと夫や娘たちとの再会のお膳立てを、投票日直前に実現させた。この援護射撃で10議席ぐらいはかさ上げされたのではないだろうか。しかし、北朝鮮は何かやると必ず代償を要求する国である。5月の蓮池・地村夫妻の5人の子供を帰国させるにあたり、米と1千万ドル相当の医薬品を与えることになっていた。そういえば、この援助はどのように行われたのか一向に伝わってこない。今度のジャカルタでの再会には、北朝鮮からの航空機を日本側が提供している。それ以外に何か代償を与えていないのだろうか。近ごろ流行りの後出しじゃんけんのように、この選挙が終った後に出てこないだろうな。

 昨夜の投票締め切り後にNHKで自由、民主の幹事長と、青木参院幹事長のインタビューがあった。安部幹事長の顔を見ていると、瞳の揺れ動く様子で苦しい言い訳をしているのが、手にとるように分かる。藤井幹事長はしっかりと見据えて動じることなく、たとえ心の中が正反対であっても見透かされないだけの貫禄を示していた。青木幹事長は古狸そのもので、視線をカメラにはほとんど向けず、5時の方向を見ながらしゃべっていた。

 開票速報を見ていると北海道の2人選挙区で、悪名高き鈴木宗男が第2位に浮上したことがあった。宮崎県の県議選挙でも似たようなことがあったが、これとはレベルの違う国会議員選挙である。たしか、2年前にあっせん収賄罪で逮捕され、公判中のはずである。去年の衆議院選挙でも立候補の動きを見せたが、病気を理由に取りやめた。見込みがないから諦めたのだと思っていたが、今回は出馬したのでこれが本心だった。よく分からないのだが、刑が確定するまでは収監されているはずである。ところが保釈の制度があるので、これを利用していれば被選挙人となることができるのだろうか。このまま進めば当確になりそうで胸糞が悪く、そのまま寝てしまった。一夜開けて朝刊を見れば見事に落選していたのでホットした。しかしまあ、北海道の有権者は、とうんざりするほどの得票を得ていた。

 テレビの選挙報道では当選者の映像が流れていた。選挙事務所で後援者たちの万歳三唱のお決まりのシーンである。この時の当選者の態度には二通りある。万歳の大合唱に深々と頭を下げて感謝の気持ちを示すのと、ともに万歳三唱に加わるタイプである。前者はこれまでの一方ならぬ尽力によって、ようやく栄冠を勝ち取ることができた。その努力に対しての心からの謝意を示している。後者はこれまでの戦いの苦しさを分かち合い、その苦労の末に果実を得た喜びを素直に態度で示している。お辞儀型はどちらかというと古いタイプの光景であり、最近は万歳型が主流を占めるようになっている。どちらにも一理があり片方が悪いとは思わないが、わたしはどうも古風なお辞儀型が好きである。


                平成16年6月26日  アテネ五輪野球代表選出の怪

 昨25日に日本代表編成委員会から野球の日本代表24選手が発表された。この選手人選については、前回と同様に巨人偏重だと女房は不満である。テレビはコーチ名までは挙げていたが、監督については何も触れなかった。以前に長嶋茂雄氏が日本野球団監督に選ばれていたが、不幸にして脳梗塞発作で倒れてから、リハビリ中の現在に至るまで、その英姿は報道されたことはない。

 日経新聞のスポーツ欄を久しぶりに開いてみた。長嶋監督は【「選手たちは責任の重さに負けることなく『フォー・ザ・フラッグ』を合言葉に、アテネの空に日の丸を掲げてくれると信じている」とのコメントを発表。同監督が指揮を執る可能性については長船騏郎・代表編成委員長は「本人は参加したいと言っている」と話たが、最終判断の時期は明確にしなかった】と伝えている。

 スポニチのサイトでこれに関する記事は、長嶋コメントについてもっと詳しく書かれているが、発表の形式などには触れていない。その記事は五体満足、弁舌爽やかな人が述べたように見受けられる内容である。朝日新聞では「長嶋茂雄監督体制のまま五輪に望むことも改めて発表された。現場で指揮を執ることができるかどうかは五輪直前までに判断する。現場に復帰出来ない場合は3コーチの中から監督代行を立てる」とあった。産経では「7月10日までに決断してもらう。無理なら(13,14日の)壮行試合指揮を誰に執ってもらうか、監督の意思を確認して3コーチの中から指名する。外部から呼ぶことはないと長船委員長は長嶋任せであることを強調した。スポーツ報知は「現場復帰へ意欲、病床から指名、主将・宮本」という見出しのもとに書かれている。ただ、それに続く記事で「長嶋監督は関係者を通じて日本代表編成委員会の長船騏郎委員長(80)に電話で連絡をとり、2つのメッセージを発信した。さらにフアンにたいするメッセージ(日経紙の記事と同じ)を代筆してもらって、それをコミッショナー事務局に送付した」とある。

 これらの記事を総合すると、長嶋氏は監督として采配を振るう意欲を見せている。しかし、体力の面で確実性はない。不可能のときは氏の意向を尊重して3人のコーチの中から代理監督を指名する。その可能性についての判断材料は、直接電話口には出られず代わりの人に話してもらう。書類を書くこともできないので代筆が必要だという身体機能である。体力・気力共に優れt運動選手を監督する能力は期待せずに、お飾りにしておくつもりかもしれない。

 予想されるスケジュールは7月13、14日に東京ドームで壮行試合をキューバと行うことになっている。アテネでの野球開幕はオリンピック開会式が行われる8月13日に2日遅れの15日である。これからすると選手団が日本を離れるまでの期間は1ヶ月あまりしか残されていない。はたして長嶋氏にオリンピック競技の監督が務まるのだろうかという懸念がつきまとう。

  長嶋氏のリハビリ中の映像が流され、りっぱに監督の重責を果たせる能力を持つまでに回復しており、先のコメントを読み上げる姿でも流されたのであれば安心できる。発作を起こして緊急入院してから1ヶ月ほど後の4月13日に専門施設に移ってリハビリに専念しているので、比較的経過は良好のようである。しかし、リハビリ効果が出て健常者なみに回復したとしても、体力、知力共に運動競技の監督としてのレベルにまで戻れるかという点でははなはだ疑問である。この点は誰も分かっているのだけれども、ネコの首に鈴をつけようとする人がいない。日本人特有の、功績があった人には花道を飾らせてやりたい。あろいは、情として忍びがたいという温情的な心情が前面に出ている。JOCは編成委員に任せっきり。プロ野球コミッショナーは口出す筋合いではないとホッとしている。編成委員会は押し付けられて問題先送り。

 長嶋氏側はこんな調子だから自発的辞退は期待できない。あるいは秘策があり、直前に劇的に回復した姿を披露して、アピール効果を狙っているのであればいいのだが、引き際を誤って老醜を晒すことだけは、氏のこれまでの功績を考えるとどうしても避けたい。日本のため、本人のために泣いて馬謖(ばしょく)を斬る人が必要だと思っている。




                平成16年5月25日  ほんまかいな、再訪朝を評価するとは

 今朝の新聞各紙は今回の小泉首相再訪朝に関する世論調査の結果が掲載している。これによると再訪朝について積極的と消極的の割合は逆転しているが両者を含めて効果ありと評価する数字が軒並み65%前後を示している。これは以外だった。ひねくれ者の私は世論誘導のために数字を操作したのではないかとさえ疑ったほどだ。だが、そこまでひどいことはしないだろうと自らを慰めた。それは、冷徹な経済論理だけで動く株式市場が政局の波乱を嫌って暴落する代わりに、小幅ながら上昇したからである。

 今回の訪朝ではおおかたの反対意見を押し切って、首相のトップダウンで決定された。そのさきがけは4月初め山崎元副総理と平沢議員が中国で北朝鮮高官と会談した。これを総理は知らないととぼけていたが、この訪問には米25万トンの手土産を持たせていた。山崎氏たちが独断でこんなことができるはずがなく、首相が盟友に事態の打開を託したのである。これをすっぱ抜いた日本テレビに飯島主席補佐官がニュースソースを明かさないかぎり、今回の首相訪朝の同行取材を認めないと恫喝するお粗末な一幕もあった。この時から25万トンの米支援は既定事実となって走り出したと報じられている。

 ずっと以前から北朝鮮が残留子供たちを帰国させる条件としてあげていたのは、親たちを一旦は戻すとの約束違反に対する北朝鮮のメンツの回復の意味で、親または政府高官のピョンヤン空港までので迎えと、しかるべき経済援助であった。政府の最高責任者が出向き、形ばかりの90分会談を行い、米に加えて1千万ドル相当の医薬品の供与というおまけまでつけた。以前に中山恭子内閣官房参与は北朝鮮側から拉致被害者の家族について「1人当り10億から20億円」の要求がなされていることを明らかにしていたが、今回の援助はその金額に相当するという見方もある。

 また、小泉首相は訪朝前に最優先事項は拉致家族の帰還であるとも述べていた。私はそうは思わない。拉致被害者は4百人とも言う人がいるが、全部ひっくるめてもたかだか2百人程度ではないかと思っている。北朝鮮は核爆弾を3〜4発保有していると言われている。爆発実験をしていないので実戦に使用できるものかは不明だ。運搬手段のテポドンは日本全土を射程内に収めており、これも命中精度については判らない。だが、潜在的な脅威であるからといっておろそかにはできない。もしこれが現実の脅威となれば数万、数十万人の被害者が予想される。差し迫った目先の拉致問題が俗受けするからといって、愚衆迎合のパーフォーマンスには反対する。あくまでも一国の為政者として、最大多数の国民の生命と安全を守る義務がある。この意味からも、顕在化していないからといって、核とミサイル問題を軽視してはならない。あくまでもこれが最優先事項であるべきだ。

 ジェンキンス氏の問題についても、首相は金日成との会談時間に匹敵する1時間以上を費やして説得したようだ。彼が帰らなければ子供たちはもちろん残る。それが分かっているからこその口説きであったようだが失敗した。なんとか連れ帰ってからアメリカに訴追しないように働きかけるつもりかもしれないが、これは日本の身勝手というものだ。氏は自分でも言っているように脱走兵である。しかもその後、北朝鮮の反米活動、前線での脱走の呼びかけ、反米映画にアメリカ人の悪役として出演するなどの前歴がある。世界中のどこの軍隊でも脱走は一番重い軍律違反ある。とくに前線での脱走は銃殺と相場が決まっている。ましてブッシュ大統領はイラク人捕虜虐待問題を抱えて、軍の規律強化に取り組まざるを得ない立場にある。なぜなら大統領再選の当落線上を浮き沈みし始めている原因の一つが、捕虜虐待という軍規問題であるからだ。大統領再選が最大課題になっている時に、国民や国防総省から非難されるような恩赦などできるはずがない。

 1997年7月にダッカ空港で日本赤軍が日航機をハイジャックした。時の福田赳夫首相は「人命は地球よりも重い」なんて言っちゃって、もちろん本当にそう思ったわけでもないだろうが、それに代わる理由付けが浮かばなかったのだろう。要求された身代金を払い、超法規的措置によって投獄中の赤軍メンバーを釈放した。これによって世界中から非難されたが、ブッシュ大統領がジェンキンス氏を恩赦すれば、これと同じことをするわけで落選間違いなし。

 初めから北朝鮮の出していた条件をのむのだから、会談が丁丁発止、紆余曲折をたどるはずがない。文書化したピョンヤン宣言ですら店ざらしになっているのに、口頭での調査再開約束など当てにするほうがおかしい。言い値どおりの身代金を払うのだから8人か帰国するのがあたりまえ。それが5人に減ってしまったが、今まで見たこともない、予備機とやらに乗せて取り返してきたという印象にも繋がるので、今度の世論調査は上昇したのだろうか。そうであれば、年金未納問題でどんどん低下していた支持率をなんとかしなければならないという、首相の目論見どおりの結果を導き出したことになる。私はこのとつぜんのトップダウンの決定が、1994年に細川首相が政権の浮揚を狙ってとつぜん深夜に記者会見を行い、国民福祉税構想をぶち上げた。あまりにも唐突で、わずか4日後に撤回し、政権はこけた。私はこれと同じように、再訪朝で政局は波乱万丈の局面を迎えるだろう。これで夏の参院選はがぜんおもしろくなるとわくわくしていた。

 どうも小泉首相のほうが役者が一枚上だったようだ。



                平成16年5月12日  皇太子殿下の記者会見

 皇太子殿下はヨーロッパ3カ国歴訪を前に10日、東宮御所で記者会見をされた。その会見の中で雅子妃殿下が同行できないことに触れて「雅子はこの10年、自分を一生懸命、皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが、わたしの見るところ、そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。それまでの、雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」とじゅうぶんに文意の練られた原稿に目を落としながら語られていた。

 私は最初、だれがこれを言わせたのだろうかと考えた。つまり、雲上人ともなると自由などなく、指図されるままに動くものだと思っていたからである。その後の展開を見ていると、どうも爆弾発言の様相をとっている。民放テレビは盛んに取り上げているが、12日の全国紙朝刊では朝日で社説の半分に取り上げていただけで、読売、毎日、日経には出てなかった。ウエッブサイトでは午後3時の時点で読売と毎日が取り上げていた。朝日は欧州3カ国歴訪の旅に出発の記事だけである。

 知らぬ顔だったNHKが取り上げたのは12日夕方のニュースである。この前に宮内庁の林田東宮太夫が緊急記者会見をひらいて、この問題の釈明を行ったので、仕方なく、もちろん出た方も仕方なくだろうが、というように見える。この会見画面はチラッとしか見なかったのだが「人格の否定」については、現在はまったく無いとは断言しなかったが、過去にはあったと認めている。その他については「皇太子が話された以上の背景はわからない」「体調が悪くなる前に適切な対応をすべき」など、要するに「ワカリマッシェン」「シリマッシェン」という答弁の繰り返しだった。

 そもそも天皇家は代々数百年にわたり広い意味での皇族や公卿たちの間で婚姻を繰り返してきた。だが、広いといっても優生学的にはきわめて狭い範囲である。その弊害は覆うべくもなく、代々夭折する天皇は多かった。明治天皇は正室、側室を含めて5人の女に15人の子供を産ませたが、その内11人は早世した。男子は4人生まれたが三男の嘉仁親王だけが存命した。しかし、誕生直後に脳髄膜炎にかかり、決して健康にはならなかった。学習院も中学1年までしか行くことがきず、成人してからも真っ直ぐ歩くことも、まともに喋ることもできなかった。幸い子作りの道だけは残されていたようで、4人の男子に恵まれ、第1子の迪宮(みちのみや)裕仁親王が摂政のあとに皇位を継承した。

 天皇家の遺伝的欠陥を修復する唯一の道は、これまでよりも広い範囲から皇太子妃を迎えることが必要だと認識されるようになった。これが昭和天皇の皇太子、明仁親王に平民からはじめて皇太子妃に選ばれた正田美智子さんである。世紀のご成婚として官民あげてこの快挙を喜んだ。しかし、数年後に幸せの絶頂にいるはずなのに、見るも無残にやつれ果てた美智子妃殿下を見たとき私は驚いた。どうも宮中というところの世間の常識が通用しない、数百年の間に積み重ねられてきた伝統としきたりが美智子妃殿下にのしかかっていたのだと思った。その上におんぶに抱っこしてよろけさせたのが、宮中女官たちではないだろうかと推測した。

 こんどの事件で、こういう傾向が決して無い訳ではなかったと思えるようになった。今後どのような展開になるのか予想もつかないが、皇太子を見るかぎり、雅子妃殿下を守り、宮中伏魔殿の中に渦巻いている悪しき伝統に立ち向かっていくだろうと期待している。



                平成16年4月11日  3人の人質釈放

 あまりにも早い展開に戸惑っている。何を書くかが決まると、それをどう書けばよいのか乏しい脳味噌を掻き混ぜて練る。それに対する手元やポータルサイトの資料集めに時間が取られる。人質殺害の悲惨な結末が70%と予想していたので、もう少し時間的な余裕があるだろうと思っていた。ところが思いもかけない釈放のニュース。ほとんど推敲の時間のないままのぶっつけ本番になってしまった。そのために当事者やご家族の気持ちを逆なでする非情な表現になるかもしれない。この点をあらかじめお断りしておく。

 バクダットが陥落した直後のイラク市民はアメリカ軍を解放軍として歓迎した。北部イラクはシーア派住民が多く、フセイン政権下でも比較的厚遇されていた。だから冷や飯を食わされていた南部スンニ派の人々はこれでやっと圧政から逃れることができると狂喜した。ところが1年経った現在、シーア派はもちろん、スンニ派も反米武装闘争にむかい、その両者が連携する動きさえ見え出してきた。こうなるとアメリカ軍は現有武力だけでは対抗出来ない。鎮圧しようとすれば住民皆殺ししか方法がないからである。ちょうど旧日本軍が中国戦線で行ったような三光作戦、焼き、奪い、殺さなければ人民の海に隠れた便衣隊を殲滅できなかったのと同じ構図である。さすがにこれは出来ないので、ファルージアでの街の封鎖・鎮圧作戦を放棄して、アメリカ軍の方から一時停戦をもちかけ、封鎖を解いて撤退する成り行きである。戦術的な時間稼ぎかもしれないが、外面的には明らかな敗北である。

 なぜわすか1年でこうも変わってしまったのか。イラク人たちがアメリカのやろうとしていることがイラク民族にとっては許しがたい行為だと判断したからである。つまりアメリカは石油を求めて攻撃してきた侵略軍と見抜いてしまったから、民族解放闘争の様相を呈してきているのではないだろうか。3月に放映されたNHKスペッシャル「奥克彦大使 イラクでの足跡」の中で奥氏に与えられた任務はアメリカが戦後のイラク統治をどのように進めようとしているのか。そして日本が独自に出来る復興支援の具体策を探ることであった。奥氏はアメリカの占領当局、復興人道支援局(ORHA)内部に入り込んでイラク戦争の本質がどこにあったのかをつかんだ。アメリカの狙いは「明らかにまずイラクの石油を温存する。次に生産体制をアメリカのコントロールの許に置く。それが戦争の最初からの狙いであった。だから大量破壊兵器が見つかるかどうかということにはあまり関心がない」と断言している。

 このことはアメリカのイラク復興事業はテキサス州(言うまでもなくブッシュ大統領の地元)のハリバートン社、ルーツ&ケロッグ社、べクテル社だけに入札参加の資格を与えて独占させている。そしてこれらは石油関連の企業であり、副大統領チェイニー氏が政権参加まで経営者であったのがハリバートン社とくればだいたいの察しがつく。イラク復興事業というのは世界第2の埋蔵量を誇るイラクの石油をアメリカの意のままに操る体制を築き上げることである。バクダットで電気、水道、道路、病院、学校などの社会インフラの復旧に、アメリカ企業が汗を流している姿を見たことがない。この本質をようやくイラク国民が見抜いたかからこそ、自分たちの石油を簒奪する侵略者としての抵抗運動が燃え上がったのである。

 この戦乱の中に紛れ込んだ日本の民間人が、一番弱い環として狙われたのも悲劇である。麻生総務相は「渡航自粛勧告が出ているのを無視して行った本人が悪い」という意味の発言をしていた。確かにそうかも知れないが、寅さんのセリフじゃないが「それを言っちゃあお終いよ」である。人質の一人、今井紀明さんは弱冠18歳、ジャーナリスト志望ではっきりとした問題意識を持って、平和運動や環境問題に取り組んでいた。今回は劣化ウラン弾の被害実体の調査が目的と聞く。高遠菜穂子さんはバクダットのストリートチルドレン救済活動に身を投じていた。郡山総一郎さんはフォトジャーナリスト。喩は悪いが、死肉に群がるハイエナのように戦乱の匂いを嗅ぎつけて世界中から集ってくる命知らずの面々である。シャッターチャンスに恵まれ、少しばかりの蛮勇と情報収集力があればタイム誌の表紙を飾り一躍有名人となることさえも夢ではない。それによって報道写真家としての地位と名声、それに伴う経済的利益を受け取ることができるのである。

 人質が無事釈放されて日本中が沸きかえっている中、この人たちと最初に接触するのは外務省の役人だろう。政府が一番恐れているのはこの人たちから自衛隊派遣を否定する発言が出ることである。事実のもたらす映像の印象は強烈である。ちょうど日朝会談で生存5名死亡8名という衝撃的なニュースが伝わって、それ無視できないように世論が大きく変わたこと同じである。そうなると小泉政権の存亡に関わる問題であり、なんとしてでも阻止しなければならない。そのためには真っ先に一番弱い環であるフォトジャーナリストの郡山さんを洗脳する作業に注力することだろう。もちろんそれと平行して残りの二人にも記者会見前までに、充分なレクチャーを試みるであろうことは充分に予想できる。


                平成16年3月27日  魚釣島上陸

 尖閣諸島の魚釣島(中国名釣魚島)に24日中国人活動家7名が中国の領有権を主張するために上陸した。沖縄県警はこれを不法入国として逮捕し、那覇に連行した。

 政府閣僚は口をそろえて「毅然とした態度」で法に従い取り扱うと主張していた。ところが中国外交部の礼泉報道官のトーンが強まってくるにつれて、これが「冷静に」と変わってきた。26日には入国管理局に引渡して強制退去させてしまった。この間の検察当局などの談話は「総合的に判断して」の処置であった。歴史的に中国が魚釣島を実効支配した事実は無く、70年代になってから、海底石油資源の可能性が現れたころから領有権を主張し始めたのが現実である。その上に、どうも灯台などの破壊行為があったようだが、器物損壊の有無もわざと不問のまま不法入国だけだと、すべてに目をつぶって強制退去させている。

 つまり、中国と事を構えたくない。どんな難題を持ち出されるか予測もつかないから、腫れ物に触るように追っ払ったのが真相ではないだろうか。ディズニーランド見たさに成田空港から密入国しようと企て、身柄を拘束した金正日の息子、正男とその家族たちを、ろくすっぽ調べもせずに送り返したのと同じである。どうも思考停止に追い込まれているようだ。政府関係者には事実を正確に把握し、その真実をしっかりと見極めて、論理的に問題を解決しようとする誠実さが足りないようだ。前例と事なかれ主義が優先して、虚偽と隠蔽で処理する体質の現れではないだろうか。

 瀋陽大使館駆け込み事件に対する中国政府の絶対に非を認めようとしない強弁、日本側のネギ、イ草、生しいたけのセーフガード発動に対する報復関税によって受けた日本の工業製品の打撃などで、中国恐怖症に陥ってしまっている。理非を弁別し粘り強く外交交渉によって解決しようとする気力を持ち合わせてはいない。

 最後には国交断絶してもというぐらいの気構えがあれば、もう少し違った対応の仕方が現れるのではないだろうか、たとえ、中国と領有権で武力衝突にまで発展しても、中国軍には侵攻能力は無い。過去に金門島侵攻を2度企てて失敗している。どちらも台湾の空軍、海軍に完膚なきまでに叩きのめされて敗退してから、その能力はまだ増強されてはいない。上陸作戦は諦めてミサイル攻撃をするにしても、数百キロの短距離ミサイルM9、M11はどちらも単頭式で誤差が3百メートルもあるのでほとんど脅威にはならない。また、アメリカは魚釣島が日米安全保障条約の適用対象に含まれると公式に表明している。ただ、領有権争いにも立ち入らないとも言明している。このような現実条件を冷静に分析すると、検察で起訴し、有罪判決処分をちらつかせながら、粘り強く交渉する道筋が見えてくるのではないだろうか。

 長崎国旗事件というのがあった。昭和33年(1958)5月、長崎市の浜屋デパートで日中友好協会長崎支部が主催して中国切手、手芸品の展示即売会が行われた。その会場に掲げられていた中国国旗を、右翼活動家が引き摺り下ろし足げにする事件があった。なにも東京元麻生の中国大使館前にデモ隊が出て、警備の警官たちは静止もせずにただ見守る中で中国国旗を燃やしたわけではなかった。だがこれに対し中国政府は直ちに反応し、日中貿易の中断を表明した。当時、中国の広州で行われていた交易会の成約をすべて破棄した。その後2年半にわたって中国貿易は途絶えていたのである。これに比べると川口外相の抗議は蚊の泣くようなものである。

 大津事件というのもあった。明治24年(1891)5月、日本訪問中のロシア皇太子ニコライ殿下が滋賀県大津市で警備の巡査に斬りつけられて軽傷を負った。大国ロシアに配慮した政府は「皇室罪」(死刑)を適用すべしと司法当局に迫った。これの対して着任早々の大審院長(現在の最高裁長官に当る)児島惟謙は三権分立の信念を貫き、法の定めるとことにより「謀殺未遂」(無期懲役)の判決を下して司法権の独立を保持した。検察当局は爪の垢でも煎じて飲んでほしいが、これは今どき無理というものだろう。政府任命権者の意向を忖度することこそが官界遊泳術の基本を心得ておいでになる。その証拠に、1月に下した2001年7月の参院選1票格差の上告審で下された最高裁判決は、最大5.06倍の格差があっても合憲である。6人の裁判官が違憲としたが、5人は弁護士などで裁判官出身は1人だけであった。ところが「不平等は看過できなとは言えない」と合憲の意見を述べた5人はすべて裁判官出身である。さすがに気がひけたのか「次回も維持されれば違憲の余地」とした合憲組の4人は検察官2名、行政官、学者各1名であった。

 まあ、今日びこんなもんでっしゃろ。


                平成16年3月12日  公判停止

 2月23日、業務上過失致死罪に問われ、第一審で無罪判決を受けた元帝京大副学長の安部英被告の控訴審で、東京高裁は刑事訴訟法第314条@の規定に基づき、心神喪失状態による公判手続きの停止を決定した。同法の規定には「その状態の続いている間は」という制約がある。今後、心神喪失の状態が無くなれば再び公判を開くことができる。しかし再開されることはまず無いだろう。

 10年ほど前には、しつこく食い下がるカメラマンに殴りかからんばかりだった。この元気爺さんが87歳になってボケてしまったのだろうか。これで指導的医師の過失責任がうやむやのまま終ってしまうのでは、薬害エイズ被害者やその残された家族たちはやりきれない思いだろう。わたしは真相究明を求める声がわき起り、メディアも無視できなくなるだろうと期待していた。とことがそのまま音沙汰なし。きれで一件落着となれば、遺族の人たちは必殺仕置き人にすがりたい気持ちだろう。

 ほんとうに心神喪失なのだろうか。外部からこれを確かめる方法はない。だが、仮病を設定することはよくあることだ。たとえば、軍国日本の指導者を裁く1946年の東京国際軍事法廷で、A級被告人の大川周明が気の狂った振りをした。シャツをはだけただらしないかっこうで、合掌しながら何かぶつぶつとつぶやいていた。とつぜん、一段下に座っていた同じ被告で元首相の東条英機のいがぐり頭をピシャリと叩いたのだ。もちろんその時わたしは16歳の紅顔可憐な美少年?、そんないきさつを知ったのはずっと後のことだった。ニュース画面でカメラマンたちは、何かやらかすかも知れないというより、ハプニングのシャッターチャンスを決して逃すまいと待ち構えていたというほうが正しい。つまりGHQ(連合軍最高司令部)あたりから情報がリークされていた感じである。彼は免訴となって釈放された。精神病院に入院中の長い期間にコーランの日本語訳を完成させたのである。これが気違いのすることかと思った。

 昭和60年(1985)1月に福永衆議院議長が、議会中央正面の一段高い天皇陛下の席に進み出て、開会の辞をお願いしてから下がる議会開催のリハーサルがあった。その時後ずさりして階段を下りなければならない。これは天皇陛下に尻を向けてはならないからだ。皇居で行われる叙勲でも、首相が介添えをして陛下が勲章を授与する。それを押し頂いて下がる時も同じく後ずさりする。「そんなカニの横歩きの真似ができるか」と言って叙勲を断った硬骨漢がいた。その後、テレビでは進む時は映すが下がる画面は、宮内庁を意識して自己規制しているのか省いているようだ。この福永議長の時はその動作がうまくできなかったために議長職を辞任した。別に辞任しなくても参議院議長が交代することもできる規定になっているのに、どんどんと辞任に進んでいった。芝居じみた後味の悪い結末だった。

 また、うらが取れないのでわたしの記憶だけで申し上げるのをお許しいただきたい。1976年にロッキード事件が起り、日本で初めて首相が弾劾された。後日、衆議院予算委員会かどこかで、全日空の若狭徳治会長のような要職者が証人あるいは参考人として事情聴取を受けた。その人は病をおして発言席に立ったということになっていたのだが、発言の途中にたびたびよろけた。あわやというところで手をついて必死の発言、その痛々しさが逐一テレビで流されて世の同情を誘った記憶がある。その後入院したという話も無かったように思うが、これも芝居じみていた。それやこれやでひねくれてしまい、こんどの心神喪失も、ほんまかいなと、素直に受け入れることができなくなっている。

 そもそもエイズ薬害は、ミドリ十字社製の非加熱血液製剤の危険性を、知り得る立場にある人たちが使い続けることに加担したことによって引き起こされた薬害事件だ。なぜ使い続けたのか。それは在庫があったからで、廃棄する経済的損失を回避するためだった。それに協力することによって経済的利益を得る人たちの仕業である。もともと、ミドリ十字自体が、健康を維持し、人類の発展に寄与するというような高邁な理想の基に設立されたものではない。この会社の前身である日本ブラッドバンクを設立したのは内藤良一元軍医中佐である。彼は石井四郎元軍医中将の部下で、番頭格として軍務を取り仕切っていた。その軍務というのが悪名高き731部隊である。この別名石井部隊は満州(現中国東北)のハルピン市郊外で細菌兵器の研究を行い、中国人捕虜を人体実験に使っていた。敗戦の時、いち早く捕虜を処分し、施設を爆破して朝鮮南部に逃げ延びてきた。そこでアメリカ軍と交渉し、研究成果を提供する見返りに安全と免責の保証を受けて帰国している。

 敗戦後の日本の有名製薬会社顧問、国立大学医学部や医科大学の教授、公・私立研究所員などには731部隊の幹部たちが多数参加していた。この分野が非常に閉鎖的、権威的な体質を持ち続けている遠因の一つなのかもしれない。戦後日本の血液事業には細菌兵器開発で培った真空乾燥技術がたいへん有益であった。内藤良一は厚生省に働きかけ、同じ731部隊出身の北野政次を取締役に据え、自らは会長として日本ブラッドバンクを設立し、それをミドリ十字へと発展させたのである。このような暗い過去を引きずった人たちがトップにいた会社ということと、エイズ薬害とは無関係ではないだろう。最後になるが、石井四郎元中将は帰国後、新宿で旧陸軍関係の建物を利用して旅館を経営していたが、昭和34年(1959)喉頭がんで亡くなっている。享年67歳であった。


                平成16年2月14日  ピョンヤン交渉

 外務省の田中均外務審議官と藪中三十二アジア大洋州局長がピョンヤンを訪問し、12日には北朝鮮の金永日(キム・ヨンイル)外務次官と、13日には姜錫柱(カン・ソクジュ)第一外務次官との本格協議に入ったが、拉致・核問題についてのお互いの立場を「激しい」ではなく「厳しい」応酬で述べあっただけに終った。これまでの北朝鮮の交渉態度からとうぜんの予想通り、拉致問題についての具体的な進展はなかったようだ。ただ、外国貿易法の改正について北朝鮮側は激しい反発を示したところをみると、北朝鮮の弱みがどのあたりにあるのかも透けて見えてくる。外交交渉であるから逐一全部公表はできないだろうが、姜錫柱第一外務次官が交渉のテーブルについた意味は大きい。お互いの腹の内を探りながら、水面下で今後もぎりぎりの交渉が続けられていくのであろう。

 以前に田中均が北朝鮮と正式交渉の場にのぞんだのは小泉総理が訪朝したあの時である。首脳会談のお膳立てを秘密裏に整えたご本人であり、その忌まわしい結末と直前に掴んだ情報の秘匿から、一躍悪名高き外交官の烙印を押された本人だ。この時は首相官邸のお墨付きをバックに隠密行動をとり、10ヶ月におよぶ水面下での交渉の末に実現した首脳会談である。この事を外務省の局長以上が知ったのは、これらのメンバーで構成する幹部会の席上であった。しかもそれは福田官房長官が日程を公表するわずか2日前のことであり、その時にはすでに共同声明の文案まで出来上がっていた。ほとんどの幹部たちにとっては寝耳に水である。しかも、こういう大問題は省全体で取り組むべき性質のものであるにもかかわらず、その前例をまったく無視して行われ、省内でこれを知っていたのは当事者以外はほとんどいなかった。このあまりの独断専行に省内には突き放した空気が広がっていった。

 お手並み拝見と見守っていた結果が8人死亡、5人生存という結末に省内には「ざまあみろ」というアンチ田中ムードが広がり、その後の後の始末を省内で結束して解決しようという方向へは進まなかった。田中にしてみれば、アメリカの方針とは明らかに反する単独交渉を公然と進めれば、必ず横槍が入って潰されてしまうのは目に見えていたからとった行動である。しかし、彼の秘密主義は体質的なものでもあった。北朝鮮との太いパイプを誇示して「ミスターX」と、スパイ映画もどきの名前をひらけかしていた。この人物は宗日昊外務副局長と目されているが、後になって省内でほんとうにそんな人物がいるのか、幹部の目の前で電話させられたそうである。

 ここで解からないのは、省内でも浮き上がり、首脳会談の惨憺たる結果からみても大ポカである。民間会社であればとうぜん網走出張所へ左遷される運命が待ち構えているはずだ。ところが彼は当時のアジア大洋州局長から局審議官をへて、現在は外務審議官である。このポストは事務次官に次ぐ地位であり、栄転ということになる。5人の拉致被害者を帰国させることができた功績というのだろうか。それとも降格人事になると、この首脳会談にゴーサインを出した首相と官房長官、とくに飯島主席秘書官と連携しながら官房長官が仕切って進めたこの会談。その成果によって政権内での存在感と発言力を強め、別の立場で拉致問題と取り組んでいる阿部官房副長官を蹴落として、次期総理の椅子を狙うステップにしようと目論んでいた。ところが予想外の結末を迎えたこの椿事で、福田官房長官ご本人のイメージ低下を防ぐためだけに行われた人事なのだろうか。

 今回の田中外務審議官の人選は北鮮側の要望によるものである。北朝鮮としては気心の知れた田中人脈を利用して交渉を有利に導きたい下心からであろうが、外務省としては一人で行かせると何をしでかすかわからない。田中氏とは犬猿の仲である竹内事務次官は藪中氏を監視役として同行させたのではないだろうか。

 イラクに次ぎイラン、リビアと核問題でアメリカ側に屈服する国が出始めている中で、北朝鮮もパキスタンと核爆弾製造技術とミサイル運搬手段のバーター問題もあるので内心穏やかではない。来る25日からの6カ国協議で今までのような態度をとり続けることは、難しい情勢になりつつあることも充分認識しているであろう。今回の日朝交渉は北朝鮮が少しでも有利な条件を獲得するために放った曲球に過ぎない。つまり6カ国協議の場では日本側から拉致問題を取り上げずに済むような環境を作り出すことで、核問題を少しでも有利に導こうとする北朝鮮の思惑から開かれたものである。もちろん日本側もこのところは充分にわきまえて交渉に臨んでいるのであろうが、今を流行りの「毅然たる態度」を有効に使ってほしいものである。


              平成16年1月24日  先遣隊派遣

 陸上自衛隊の先遣隊がクエートからイラク南部のサマワに日本時間20日未明に到着した。開けて21日、臨時の宿営地であるオランダ軍のキャンプ・スミッテイ前で、12日に現地の人たちで結成されたばかりの「日本友好協会」の歓迎を受けた。

 日本で先遣隊が隊旗を掲げて出発する映像を見ているとなかなか頼もしい。とくに隊長の顔がいい。髷を結い、袖なし羽織を引っかければ、まさに堂々たる戦国武将として立派に通用する不敵の面構えである。この隊長は佐藤正久一等陸佐だが、どうもこの階級がピンとこない。 陸上自衛隊の一佐は旧帝国陸軍の階級、これはグローバルスタンダードでもる、を使えば大佐(Colonel)にあたる。3個大隊を束ねた3千人の連隊長である。世が世であれば、畏くも天皇陛下から連隊旗を下賜された大部隊長である。いずれ数百人規模になる部隊の隊長を務めることになるのだろう。わたしは最初、この人たちの中から尊い犠牲者が出て「醜の御楯」となり、日本の政治の大きな変革の人柱になるかもしれないと思ったが、いざ出発する人たちを見ているとこれを恥じた。ぜひとも同胞として無事の帰還を祈りたい。

 そもそもこのイラク派遣に至るまでの長い道のりは、言いくるめとなし崩しによる既成事実の積み重ねの過程であった。たとえば、1950年の警察予備隊から保安隊、警備隊を経てようやく自衛隊になったが、あくまでも規模名称は「隊」である。軍事的には数万人の規模になると「隊」とは呼ばずに「軍」と呼ぶのが普通である。しかし、これはあくまでの攻撃の「軍」ではなく自衛の「隊」であるという建前である。「特車」がようやく「戦車」とまともな名前で呼ばれるようになったのは1961年に制式化された「61式戦車」からである。護衛艦もまた然り。ジェーン海軍年鑑にははっきりと初期の護衛艦に対し Destroyer 駆逐艦と記載していた。現在のイージス艦はその性能からしてほとんど巡洋艦か戦艦クラスである。だがたとえインド洋やペルシャ湾で任務を遂行しようとも、専守防衛だから護衛艦となる。

 この論理は現在も使われており、安全保障条約はもう日本防衛のためではなく、太平洋地域全体の平和と安全を含んだ概念になっている。だが、アメリカはこれだけでは不満であり、はるかに超えて英国軍と同じように、世界中のどの地域でもアメリカが軍事行動を起こしている処で共に戦ってくれる自衛隊を望んでいる。これの対する障害となるのが集団的自衛権の行使を阻む日本国憲法である。歴代首相は憲法改正が出来ないのでなし崩し的に既成事実を積み重ねていく方法を選んでいる。これが92年6月のPKO協力法に始まり、96年4月の日米安保共同宣言から97年9月の日米防衛協力のガイドライン、99年5月の周辺事態法、01年10月のテロ対策特別措置法を経て昨年6月の有事関連三法、7月のイラク復興支援特別措置法にいたる流れである。

 アメリカの望むとおり「ショー・ザ・フラッグ」「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」、旗を掲げてイラクの地を踏んだ自衛隊の中で、陸上自衛隊の行うであろう復興支援活などは、アメリカはショーウインドーとしての役目ほどしか期待していないだろう。政府高官も人道復興支援ばかりを強調しているが、本心からそう思っているのだろうか。わたしはむしろ航空自衛隊の行う空輸支援、これは武器携行の兵員輸送から、武器・弾薬ではないと箱の中身まで確認のしようのない食料・医薬品の輸送まで、まさに軍事補給業務そのものである。補給活動が軍事作戦を展開するうえでどれだけ重要なものであるかは、これを無視して1944年に行われた旧帝国陸軍のビルマ(ミャンマー)・インパール作戦の失敗により、第15軍の3個師団を基幹とした15万人の将兵が3万人にまで壊滅した歴史から見ても明らかである。だから空・海自衛隊の行う補給活動はアメリカ中央軍にとっては力強い援軍である。また、陸上自衛隊の宿営地が戦闘地域に巻き込まれてしまうと、小泉首相の言うように「任務終了、ハイさよなら」と敵前逃亡にも等しい行動がとれる訳がない。現在でも戦闘地域と非戦闘地域の区別もつかないのに、戦線が入り乱れてきた最悪の場合には「しんがり」としての任務を押し付けられる可能性も絶無とは言いきれないのである。

 先遣隊は駆け足2日間での現地調査を終わり、報告要員は調査前から期待されていた「支障なし」という結論を携えて帰国した。この報告を踏まえて公明党と協議し、小泉首相の最終決断?により派遣命令が発令される手筈になっている。これらの儀式を仰々しく執り行う真意は、政府、自民党や公明党が、もし危惧していたような事態が発生して、死傷者が出た時の責任回避の予防線となるからである。裏を返せばそれだけ危惧意識が高いということでもある。だがそんなことは素振りにも出さず、人道復興支援を強調してすべてを有利に解釈した状況判断のもとに行け行けどんどん。

 このたびのイラク自衛隊派遣はまさにルビコン川を越えて戦闘地域へ赴くのであり後戻りがきかない。これが今後の日本の行方をどのように変えていくものかを見守っていきたい。



                平成16年1月10日  小泉政権の使命

 陸上自衛隊先遣隊と航空自衛隊本隊の派遣命令が出された。公明党の神埼代表自身がイラクを視察し、サマワ滞在3時間半で安全を「確認」するというパーフォーマンスを交えて着々と布石がうたれている。少し前に首相はカタールの衛星テレビ局、アルジャジーラのインタビューを受けた。この内容は30分以上にわたったアラブ圏で放映されたが、首相は「自衛隊は戦争に行くのではなく、イラク復興のために行く」と強調し、人道支援に「なぜ軍人が必要か」という問いには「テロリストの活動があるため」と答えていた。アメリカをはじめとする外国軍隊や関連の民間人にたいするゲリラ攻撃がやむ気配がない。伝えられる現地の映像を見るとバクダットの街角の子どもたちは、パレスチナの子どもたちがイスラエル兵士に向ける憎悪とおなじような反感を抱いていることが分かる。もちろん子供たちは親を見習っているだけでで、圧倒的多数が反米もしくは嫌米感情を抱いている。こうなると毛沢東がとったゲリラ戦の基本のように、人民の海に隠れたゲリラ戦士は、思うときに思う場所で思うような方法で攻撃を加えてすぐに深海に沈んでしまうので、まったく手の打ちようがない。

 このような情勢の中に自衛隊が武器を携えて行くのである。いくら小泉首相が平和のためと言っても衣の下の鎧は隠しようがなく、これではキリスト教徒と長年渡り合ってきたイスラム教徒が心から親愛の情を抱くわけがない。特にメソポタミヤ文明を育み、数千年にわたる戦乱の歴史の中をしぶとく生き抜いたチグリス・ユーフラテスの民は、日本という国は形はどうあれ実質的にはアメリカの属国であり、いざとなるとアメリカの側にたってわれわれに銃を向ける占領軍であることに変わりがないと思っているのは間違いない。

 陸上自衛隊の行う給水活動にしても施設内で川から引いた水を処理し、有刺鉄線の外に蛇口を出してそこまで汲みに来させるだけで、給水車で施設外の街頭に出かけて給水する予定はないそうである。そのほかの病院、学校、インフラ設備などの施設外活動にはじゅうぶんな護衛をつけ、不審車輌には無警告で小火器はもちろんのこと、84ミリ無反動砲や110ミリ対戦車弾を使って排除する予定になっている。これらの戦闘行為の是非はもちろん現地指揮官の臨機応変の判断に委ねられている。この判断について後日問われることがあっても、警察当局が警官の拳銃発砲に対してどんな場合でも「適切な行動」と判断するのとおなじと予想できる。このような状態では「国際紛争を解決する手段として武力を行使」することになるのはまず間違いない。いくら子供たちにボールペンやキャンデーをばらまいても、人心安定にはあまり効果は期待できないであろう。堀や塹壕、有刺鉄線で施設を防御し、入り口に通じる道路にジグザグ防壁を設けても、遠く離れた茂みからのロケット砲や迫撃砲での攻撃を防ぐことはできないので一人の被害者も出ないというのは奇跡に近い。だから綿密な調査で安全の確認をしたにもかかわらず不測の事態発生という言い訳を作るために先遣隊を派遣するので、神崎代表と同じく「安全」のお墨付きが出るのはとうぜんの予想範囲である。

 小泉首相はどんなことがあっても自衛隊派遣という、憲法改正はできなくても既成事実だけは作り上げてしまう方針である。総裁に選出されたころにはこんなことは予想もしていなかった。もっとも、ワールドトレードセンターが崩壊するとも予想していなかったが。いつのころから首相が変わったのだろうか。この人ならばキットやってくれると信じて任せたところ食わせもので、気がついた時にはとんでもないことをやらかしていた、というようなことはよくある。多重債務をなんとかしてくれる地獄に仏と信じて任せたところ、その実態は吸血鬼そのものだったというようなものである。

 9・11の同時多発テロの後、2002年にブッシュ大統領が行った年頭の教書演説で北朝鮮、イラク、イランを悪の枢軸と名指しして、その無力化に全力をあげる方針を明らかにした。その後に条件付でイラクへの軍事攻撃を開始すると宣言するまでの1年ほどの間のかなり早い時期に、アメリカの最高方針がイラク攻撃と決まり、その後に日米のトップレベルでイラク軍事攻撃での日本の役割分担についてのすり合わせが行われたと仮定すると、小泉首相の変化もなんとなく筋道が見えてくる。湾岸戦争の時のように金だけ出せば済む話ではない。どんなことがあっても目に見える形、つまり自衛隊の出兵が決定された。これがその後の最大目標となり、それを実現する手段として衆議院を勝利し、そのためには改革イメージを先行させる。道路公団改革をアピールして目鼻がつくまでは人心をひきつけておけばよい。それも最初は強烈に行い、中パッパの後で火を落とせばそれで充分。

 このように推理すると、小泉首相の指導力が云々され、丸投げ知らんプリを決め込みだした時期と奇妙に符合してくる。そういえばちょうどそのころにハシリュウ激怒事件があった。2001年の暮れ近くに橋本龍太郎元首相が小泉首相と会合し「改革の将来像がないとダメなんだ。廃止・民営化後のビジョンを示さないと意味がない」と暗に改革の後退を示唆した橋本氏に対して小泉首相が「まさにそこなんだよ、リュウちゃん」と応じた。議員歴も長く首相経験者でもあるという自負から、とうぜん上位者としてのしかるべき受け答えが返ってくるものと信じていた龍ちゃんは、それを聞くなり怒髪天を衝き、茹でダコのように真っ赤になってそのまま退席した。「抵抗勢力が本気で怒ればこんなもんじゃない」という恫喝があったのもこのころのような気がする。

 このあたりを境にして小泉首相の政治手法が変わってきたのではないだろうか。つまり抵抗勢力と手打ちが行われたと見る。道路公団改革にしても民間委員など最初からお飾りに過ぎないから、鳴り物入りで改革を謳いあげてもしょせんは泰山鳴動ねずみ1匹、竜頭蛇尾、羊頭狗肉、張子の虎の誇大広告と初めから使い捨てだろう。国交省が委員会案が出来上がっているにもかかわらず、省独自案と見せかけの中間折衷案を公表した段階で落しどころの予想はできた。いやちょっと違う。もう少し首相の値切り代というか糊しろというものがあるだろうと思っていたがそれすらも無かった。

 今年の小泉首相の使命は郵政改革と参議院選挙を乗り切ることである。郵政改革についてはまったく期待しない。参議院では自衛隊問題でもなんでもいいから自民党の惨敗を期待する。消費税率のアップが既定事実のように言われているので2005年の総裁選で小泉氏が選ばれることはないだろう。これからの小泉首相は徐々に死に体になっていく運命と見ている。いや、菅代表から大量破壊兵器の存在について詰問された衆議院予算委員会の席上で「フセイン大統領が見つからないからといって、フセイン大統領が存在しなかったことにはならない」と反駁した。こんな詭弁を弄するようではもう半分死んでいるのかもしれない。


                平成15年12月16日 なんて間が悪いんでしょう

 12月14日付けの本録「大詰めの道路公団改革」をホームページサイトに送信した直後に、女房がテレビでフセインが捕まったニュースが流れていると知らせてくれた。ちょっとばかり早い初夢として、イラク派遣の自衛隊から犠牲者が出て、小泉政権の崩壊へとつながるシナリオを描いてみたが、フセインが拘束されるのと生死不明の状態とでは、現地の事情が大きく違ってくる。

 幾分やつれていた小泉首相も、記者会見に臨む福田官房長官もホッと胸をなでおろしている心のうちがテレビの表情からも窺える。それはそうだろう。出さないわけにはいかないし、出したら出したで犠牲者が出ることは目に見えている。それによってその後の政局がどういう展開になるのか、決して楽観できない状態であることだけは確かである。そこから少しばかりでも抜け出すことができたので無理もない。小泉純一郎という人はほんとうに運の強い人だ。日露戦争で連合艦隊司令長官を選ぶときに、すったもんだの末に運の強さということで東郷第一艦隊司令長官が抜擢された経緯もある。ひょっとしたら、好運に守られて後世に名総理として名を残すかもしれない。

 ところでフセインのやつれ果てたひげ面とあごひげを剃り落とした写真がダイエットスリムのビフォアーとアフターのように並べて全世界に配信された。アメリカ中央軍の、あるいは国防総省のメディア対応はまことにお粗末としかいいようがない。その上にメディカル検査では大口を開けさせ懐中電灯で照らした口の中は、まるでライオンが獲物をほおばっている時のように真っ赤であった。この映像もテレビで流されていた。やはりアングロサクソン流の早く正確にという論理を金科玉条として唯一の基準に据え、おもんばかりの心理のかけらも無い。あのような映像がイスラム教徒にとってどんなインパクトをもたらすのかという配慮がなされていない。

 6百人の特殊部隊を投入した「レッド・ドーン(赤い夜明け)作戦」を立案し遂行するまでには現地軍総司令官から国防長官までの指揮系統による承認がなされているはずだ。もちろん作戦上の細目は現地指揮官の裁量に任されており、臨機応変の対応がとられなくてはならないのは当然である。しかしながら彼を生死に関わらず捕獲するという全世界的な意味を考えると、フセイン拘束の状態をある程度は想定し、その取り扱いについては、全世界のイスラム教徒に対する影響も考慮した対応の仕方を、事前に考えておくべきである。

 その意味ではあのひげ面や検査の映像はもっと後で公表したほうが良かった。いくら血塗られた独裁者とはいえ、チグリス・ユーフラテス文明の末裔として誇り高きイラク共和国民を従えた元大統領である。もちろん軍楽隊の演奏する中を儀杖隊の奉げ銃による栄誉礼で迎えよとまでは言わないが、それなりに身だしなみを整えさせ、整列する隊列の中をしっかりとした足取りで護送車に乗り込む映像を流した場合とでは、その効果はどう違うだろうか。フセイン残党を鼓舞するという逆効果も考えられないではないが、私はむしろ米軍も情けある取り扱いをするのだとうい効果をイスラム教徒に与える影響のほうが、今後の反米感情を和らげるうえで有効だと考える。

 このような心理作戦上の配慮がまったくなされなかったという意味では、今後の米軍統治も決して楽観できないだろう。


                平成15年12月14日 いよいよ大詰めの道路公団改革

 小泉首相は今週にも道路公団改革についての判断を示すだろう。どのような判断になるのだろうか。大体の大筋は浮かんでくるように思える。自民党が私を壊すのか、私が自民党を壊すのかと叫んでいたころの気力は、居心地のよい首相のイスに座ったとたんに消え失せている。しょせんは自民党所属の政治屋が決めることだから期待するほうが無理と諦めるのか、それとも、さすがは小泉さん、新しい日本へと導いてくるれるリーダーだと、もう一度、信頼を寄せるに値する決断を下してくれるだろうか。

 青木参議院幹事長は「今まで国が(建設すると)約束したことは、公団でも直轄でも守ってもらわないと」と錦の御旗でも担いでいるような言い方をしている。国が計画を決定したことは、絶対に守らなければならない約束になるのだろうか。返済を約束した国債ではなく、単なる施行計画である。計画は策定から準備、実行へと進むなかで、状況の変化に応じて変更される運命を当初から担っているものだ。国営諫早湾干拓事業や中海・宍道湖淡水化事業などの、数十年にわたり膨大な国費を費やしながらも計画を変更していった事例には事欠かない。またペイオフ問題にしても、青木幹事長の論に従えば違約の連続ということになる。

 国交省は道路公団民営化問題で、独自の建設促進案と折衷案ながらも一定の建設を義務付ける案(オブラートに包まれてはいるが事実上の建設促進案)を政府と与党協議会に提出した。これを受けて自民党の道路関係検討会はこの折衷案を了承した。石原国土交通大臣だけの判断で官僚の立案作業を認める権能は無い。もっと上の方の少なくとも暗黙の了解を得て初めて出来ることだいえる。なんのことはない、単なる執行機関に過ぎない国交省が立案できる雰囲気があること自体からして、はじめからこの線での落しどころが決まっていたのだろう。どうもこの党内事情を無視して、民営化委員会の改革案を進める状況が生まれる可能性は低いと言わざるを得ない。

 折衷案を政府が取り上げてみんながめでたしめでたしと手締めする横で、民営化委員が今までの苦労はなんだったんだろうと落胆する姿がなんとなく浮かんでくる。こうなると抵抗勢力は一気に勢いづき、これまで以上にあらゆる分野で声を大にして既得権益のなりふりかまわぬ擁護に走るだろう。こうなるともう日本病は全治不能になってしまう。英国が第2次大戦後の衰退を引きずったまま英国病と呼ばれていた状態と同様のステージにさしかかっている。小泉首相にサッチャー首相のような卓越した指導力を期待したが失望の2年間であった。今までのような右肩上がりの経済成長が望めなくなり、その制度や規律が有効性を失っている。旧態依然たるシステムのもとでは効率的な資源の分配が行われていない。このために国家と社会が次第に衰退の道をたどっている現状を分析して、国民全体に個別利益よりも全体利益を優先する道筋、それも社会主義的ではなく民主主義的な自発的、競争的方法で進むべき道、あるべき姿を実現する道筋を、強力なリーダーシップをもって示す指導者の一刻も早い出現を熱望する。

 この時に小泉政権によって自衛隊のイラク派遣だけが「粛粛」と進められていく。その結果、現地であるいは国内でテロによる犠牲者が出るかもしれない。たとえば、C130輸送機がミサイルで撃墜され、分隊規模の「戦死者」が出る。自爆テロで設営中の自衛隊員が犠牲になる。東京タワーの展望台が入場者もろとも吹っ飛び、電波状態が壊滅的となり関東一円のテレビが映らなくなってしまう。アクアラインが水没して甚大な被害が発生するなど、どんな危機的状況が発生するか想像もつかない。

 犠牲となる人たちにはまことにお気の毒ではあるが、この尊い犠牲によって日本の政治状況が大きく変わるきっかけが生まれるかもしれない。危機管理能力の欠如から小泉政権が持たなくなり自民党内が大混乱をきたして分裂状態におちいってしまう。来年の参院選を待たずに衆議院を解散し改めての総選挙によって民意を問い直せという世論が彷彿と沸き起こってくる。どのように世論操作をしてもこの勢いを押しとどめることができないという状態が生まれてくるかもしれない。

 そうなると犬猿の仲である小泉純一郎と石原慎太郎が手を結んで新党結成に動き、自民党が消滅するかもしれない。民主党は絶好の機会と一大キャンペーンをはり、本当の意味での二大政党によって政権を争う状態が生まれてくるかもしれない。

 まだまだ続くが書き出したらきりがない。これはちょっとばかり早い私の初夢である。


                平成15年11月16日 だれも南北統一を望んではいない

 北朝鮮代表は今月14日に国連の小委員会で「われわれは地理的概念から島国日本、日本群島、日本島民とは良識を持って呼ばない」と述べた。これは日本の国連代表が北朝鮮の正式名称である朝鮮民主主義人民共和国、あるいはイニシャルであるDPRKを使わずに北朝鮮と呼んだことに抗議して、4日の会議場で日本を示す英語の蔑称である「ジャップ」を3回も使い議長に注意されたことがあった。その後、日本側が「地理的概念からで、侮蔑的な意味合いはない」と強調したことに対する反論である。日ごろから劣等感を持ち続けていると、ちょっとしたことでも頭に血が上ってしまうものである。

 このところ北朝鮮の核問題については、6カ国協議が12月にも開催する方向で、水面下の調整が行われているようである。ここでは拉致問題はカヤの外。あくまでも2国間協議の場で渡り合うことになるだろう。相手は少しでも高く売りつけようと、手を変え品を変えた変化球を投げてくるだろう。くせ玉に惑わされることなく、毅然とした態度で臨んでほしい。

 朝鮮民族は自分たちの国が南北に分断されている現状を嘆き、一日も早い南北統一を望むのが民族的悲願であり、これは疑いのない真実だと思っていた。だからこそ、北の美女応援団の南北統一スローガンに韓国民が情緒的な反応を示していると受け取っていた。しかし、民衆レベルではいざ知らず、政治指導者のレベルではまったく別である。ほんとうに統一を望んでいるのは金正日政権だけであり、当の韓国政府はたとえ民主的な統一であってもご免こうむりたいというのが本音である。

 以下、軍事評論家の岡田俊次氏の著書「日本を囲む軍事力の構図」から得た知識を混ぜながら述べてみる。韓国国民も最初は統一を望んでいたかもしれないが、東西ドイツが念願の東西統一を1990年10月に成し遂げ後の経過を見ると、韓国に過大な負担をもたらして長い経済的な停滞を引き起こす可能性が非常に大きいと予想される。奇跡の復興ともてはやされた西ドイツは統一によって中部ヨーロッパで随一の国土と人口を有する中核国家となり、これから東に発展するヨーロッパの経済的牽引力となり、ますます発展していくことだろうと期待されていた。ところが統一に伴う経済的負担は当初予想されていたよりもはるかに重くのしかかり、今日のドイツの経済的停の遠因となっている。

 人口で見ると当時の西ドイツが6.500万人、東が1.600万人。西ドイツ国民4人で1人の東ドイツ国民を支えた。ところが朝鮮半島では韓国が4.730万人、北朝鮮は2.230万人で約2対1である。また貧しさもケタ違い。東ドイツは東欧諸国の中でも随一の経済力を誇り、一人当りのGDPも8.000ドル近く、現在の韓国と変わらなかった。ところが北朝鮮は飢餓線上の最貧国であり、これを抱え込んだ時の経済的負担は想像を絶するものがある。

 だから韓国政府は太陽政策で北朝鮮を生かさず殺さずに支えていくほうがはるかに得策である。これはアメリカについても言える。もし朝鮮半島で有事が勃発すれば、駐留米軍の損害はアフガン・イラクの比ではない。北朝鮮の攻撃力はアメリカ本土まで及ばないので、核兵器やミサイルの製造と拡散の阻止をじゅうぶんに行えば、北朝鮮発の武器を使ったテロ集団により自国が攻撃されることはまずない。日本もノドン・テポドンの射程内ではあるが、核攻撃能力はないので、通常弾頭を備え付けても運搬能力、つまり命中精度が極端に低いのでそれほど恐れることもない。もし南北統一が実現すれば、韓国と同じ取り扱いをしなければならならず、朝鮮総連系の在留親族訪問という名目で、数十万人の合法的難民が押し寄せることは目に見えている。中国も統一が実現すれば韓国と国境を接することになる。これは中国にとってあまり望ましいことではない。国境地域に住む朝鮮族が経済的に発展した祖国の現実を目の当たりにして独立運動でも起こされては困る。中国と国境を接するのは極東ロシア、モンゴル、旧ソ連邦のスタン諸国、インド北部、ネパール、ブータン、インドシナ半島諸国など、自国よりも経済的後進国ばかりである。それが一躍、先進的な経済力を備えた韓国と国境を接するのは避けたい。あくまでも緩衝地帯として北朝鮮の現状維持を望んでいることはじゅうぶんに想像できる。

 このような現状からすると、日本政府は核拡散については6カ国と共同歩調を取り、拉致問題については自力で解決するしかない。どの友好国も直接自国に降りかかる火の粉ではないので、リップサービス以上のものを期待するのは無理である。これを解決するためには妥協を許さない原則のもとに、相手方の出方の変化に惑わされることない確固とした視点が必要である。もし安易に妥協しようとすると相手方の思うツボである。

 拉致家族にはお気の毒ではあるが、キッチリとした見通しのもとに正論に基づいた主張を展開してほしいと政府に望む。



                平成15年10月20日 大山(泰山)鳴動なんとやら

 小泉首相が滞在先のバンコクで「もっと知恵を出すように国交省に指示した」と記者団に語っている映像を見た。ヤッター!ようやく丸投げ知らんプリをやめて聴聞茶番劇解決に乗り出してくれたのかと思ったが早トチリ。JR中央線、開かずの小金井踏切問題のことだった。

 17日の聴聞は公開を決めておきながらなぜテレビカメラを禁止したのか。それも、公開、カメラとも藤井総裁側からの要求で中止したのなら、ある程度の納得もできるが事実は逆である。禁止した国交省側は「準司法手続きであり、落ち着いて発言、陳述できる環境を確保するため」となんだかよく判らない理由をつけていたが、終ってみると禁止したわけがよく判った。

 聴聞の始まる少し前までの様子はテレビに映っていたが、藤井総裁と並んで席についた弁護士がこれ聞こえがよしに総裁に向かって「政治家の名前を出しますか」と聞いていた。藤井総裁は例のニヤリとした笑いだけで答えていた。こんなことは前もって打ち合わせておくべき性質のものであり、これをわざわざテレビカメラの入っている時に言う理由は一つしかない。

 つまりおかしな事、或いは打ち合わせどおりに、進まなかったらバラスぞという恫喝以外の何ものでもない。自民党も小泉政権も国交省側も戦々恐々としており、これだけはどうしても避けたい。もし万一、テレビカメラでリアルタイムに流れてしまうと、選挙政局中に時限爆弾が破裂してしまったような収拾のつかない事態になってしまうからだ。

 国交省側はもっと切実な理由がある。藤井総裁に太刀打ちできるわけがないと、始まる前から尻尾を巻いていたのだろう。昔にもこういうことはよく起っていた。不正を暴く吟味役は暴かれる城代家老よりもずっと下役である。しかし、「役目によってお尋ねいたす」と切り出してからは、びしびしと取り調べていったものである。これに比べると数人の弁護士を交えた藤井総裁側と、一人で対峙した山本政策統轄官ははるかに後輩にあたり、役目がら狩り出されてしまった不運を嘆き、藤井総裁側の弁護士にまくし立てられると心臓どきどき、口の中はカラカラ、あらぬ様子で耳のあたりに手をしきりにもっていき、見る見るうちにペットポトルが空になったそうだ。午後になって藤井総裁が卓を叩いて藤井節をがなり立てた時には心臓がひっくり返りそうになっていたのだろう。ことほど左様に国交省は無能ぶりをさらけ出してしまった。これを察知した小泉首相がいち早く援護に乗り出してくれたと早合点した私がバカだった。


                平成15年10月15日 これは見ものだ、公開聴聞

 道路公団の藤井総裁解任劇ががぜん面白くなってきた。10月5日の石原国交相との会談を終えて出てきた総裁は「わたしは薩摩人だから地位には恋々としない」とマイクに告げていた。とうぜんこれは辞職の決意表明だと思っていたが、翌日になると総裁は「石原氏がわたしの説明に『納得出来ない』と一方的に見解を述べたことは改革に汗をかく道路公団職員、民間からの先生方、扇前大臣の名誉を守るためにも了承出来ない」と辞表提出を拒否した。

 会議で憤然と渡り合い、旗色が悪くなるとカラ咳をして体調不良と退席までした民営化推進委員会のメンバーの一人、作家の猪瀬直樹氏はたしか民間人だったが、上の発言からはこの人も含んでいることになる。"毛の生えた心臓”とはこういうのを言うのだろう。

 12日に石原国交相が民放テレビに出演して、5日の会談の成り行きを説明する中で、「総裁は、道路族議員の名をイニシャルで5,6人挙げ、『自分が面倒を見てやった』とか『自分が建設省時代に国有地の払い下げに絡んだ疑惑があった』と述べた。総裁みずからが明らかにすべきだと求めると、『そんなことをしたら死人が出る』と拒否した」という。

 こんどは14日になると、藤井総裁が弁護士を通じて聴聞の公開を要求した。なぜなのだろうか。12日の石原発言に自分に有利な点を見つけたのだろうか、それとも前からの予定の行動だろうか。石原発言はいわば伝聞なので、事実の有無、内容の正確さ、前後関係などの真偽を証明するものがいざといざとなれば必要である。会談は省内で行われたので、国交側で録音されているだろうとわたしは推測する。相手側の了解なしに録音したものが法廷での証拠能力を問われるかもしれないが、それ以外の場合には事実として受けいれられる。これは住専問題で農水省と農協側との密約が農協側の録音テープの存在を示唆して譲歩を勝ち取った経緯からも頷ける。

 藤井総裁の弁護団はここに何か有利な対抗手段があることに気がついたのだろか。国交省が公開を発表した以上はテレビカメラの前で堂々とやりあってほしい。藤井総裁がほんとうにあんなことを言ったのだろうか。要人であれば腹の中にしまって墓場まで持っていく内容である。探られたら痛い腹を抱えている人たちはこれが公になることを防ぐために、高級料亭で密かに
対応策を話し合っていることだろう。自民党、小泉政権にとってもこれが事実として公開されると、自民党そのものの体質が白日の許にさらけ出されるので、来るべき選挙に重大な影響を及ぼし、場合によっては民主党に政権を奪取されるかもしれない危機に立たされている。できればこれには蓋をしてしまいたいところだが振り上げたこぶしをいまさら下ろせない。心の中では大反対であるが、しぶしぶ公開と言わざるを得ないのだろう。公開に対する福田長官のよそよそしい返答ぶりからもなんとなくそういう筋が窺える。

 小泉政権は進んでも退いても、選挙の洗礼には良い結果をもたらさない公開聴聞の始末に困り果てていることだろう。これが藤井総裁側の狙いかもしれない。このこじれにこじれた茶番劇をうまく収めるために政権、痛腹、藤井の3者が内々に話し合い、公開聴聞では出来レースを演じて幕引きを狙う筋書きが浮かんでくる。このときには衆議院予算委員会での藤井総裁の発言態度を思い出しておくと参考になる。

 はてさてこのドラマ、どのような結末を迎えるのか今から楽しみである。


                平成15年9月25日  小泉第2次改造内閣

 22日の月曜日に閣僚名簿が発表された。竹中氏が留任したのでびっくりした。総裁選後に党三役が決まり、去就が注目されていた山崎氏が副総理に移った。青木・森両氏の強い要請に負けて幹事長留任が果たせなかった代わりのポストだ。安部新幹事長との役割分担がどうなるのだろうか心配だ。もっとも、外見上の印象はボソボソとしゃべる山崎氏よりも安部氏のほうがはるかに弁舌さわやかで、小泉総理の一言一言、言葉を選びながらマイクに向かう姿よりもずっといい。

 このように押し切られそうな情勢で、竹中氏の前評判はポストをはずされるか、良くてもどちらかの兼任を解かれるというのがおおかたの見方だった。これが杞憂に終わり、両ポスト兼任で金融改革路線が踏襲される見通しだ。さぞかし金融界の雲の上では「話が違う違うではないか。払った金を返してもらえ」とごねているかもしれない。いずれにしても留任は大歓迎である。望むべくは、閣僚が抵抗勢力に立ち往生した時には、総理は丸投げ知らんプリを決めこまずに、間髪を入れず援護射撃をして指導力を発揮して欲しいものである。

 一人、私はどちらかというと抵抗勢力の側に立つのではないかと思っていた人も入閣している。劇薬療法で取り込んだのか、手の内でコントロールできると踏んだのか、あるいは両氏の強い要請を断りきれなかったのか、名門の出ではあるが口をゆがめて喋る悪相のご仁である。さっそくインタビューに答えて郵政民営化の公約には慎重な見方を示し、ちょうど藤井道路公団総裁のようなのらりくらりとした答え方をして、少しでも遅らせようとする心情が窺えた。もっともこれに対して首相は「公約にできる」と一蹴したが。

 もう一人、派手な服装で総理の右隣に座る厚化粧の婦人を見なくてすむようになったのも気持ちがいい。もと芸能人だから官僚の描いた筋書きを、セリフにしてしたり顔でマイクに喋るのなどはお手のものだろう。自分で判断しなくてすむのだから楽なものだ。だから藤井総裁更迭には最後まで消極的だった。省内ではいい大臣だったかもしれないが、大多数の国民、少なくとも私にとってはイヤな大臣だった。

 これで抵抗勢力はかなりの打撃を受けたようだが、しかし消滅してしまったわけではない。青木氏は亀井氏が怒り狂った心境をようやくわが物とすることができたかもしれない。ある人は毒饅頭を食ったほうが良かったかもと悔やんでいるかもしれない。まあ、今のところは騒いでも仕方がないと、しばらくは様子見を決め込むだろう。来るべき総選挙の顔として小泉純一郎をとことん利用し、その後の勝った時と負けた場合の反撃の戦略をゆっくりと練り、臥薪嘗胆、今に見ておれと反撃のチャンスを窺っていることだろう。


                平成15年9月7日  将軍様が濡れてらっしゃる
 今月の3日に北朝鮮では日本の国会にあたる最高人民会議が開かれ、金正日総書記が憲法上の国家最高のポストと位置付けられている国防委員長に選出された。これは最初から決まっている儀式を執り行ったに過ぎないが奇妙な光景が目にとまった。壇上に上がった総書記が拍手を返した後、こげ茶色の豆辞典のような本を掲げた。すると議場の全員が同じ本を掲げて一体性を示した。

 これは以前にも見たことがある。中国版の「失われた10年」と言われる1960年代の文化大革命のさなか、紅衛兵たちが掲げていた赤い毛沢東語録である。毛主席が姿を見せると人民は熱狂しながら毛語録を打ち振って忠誠心を示した。彼がいない時もこれを掲げると、あたかも水戸黄門の印籠のように正当性を獲得していたのである。毛語録に懐疑を示すことは反体制の証明であり自滅以外の道はなかった。

 毛沢東は数多くの論文を発表し演説も行っていた。しかし、金正日や父親の金日成が発表した論文は寡聞にして聞かず、会場でも金正日は黙して在るのみ。語禄に収容するようなものが果たしてあるのだろうか。もし無ければアレはいったい何を収めている冊子なのか。これが憲法などの法令集でありその尊守を誓うポーズであればこれほどの茶番劇はない。

 もちろん死後に毛沢東神話は崩壊し、歴史は語録を掲げた混乱の10年に否定的な評価を与えている。その経験があるにもかかわらず同じ偶像崇拝的な儀式をあえて行う北朝鮮の国のあり方に疑問がわいてくる。そんなことは外野のたわ言で、北朝鮮側はわれ関せずと唯我独尊の道をひた走るだけ。こんどの6カ国会議では中国やロシアからも見放されようとしている。

 先日終った韓国のユニバーシアード大会中に名物美女応援団が突然バスを止め、目にとまった北朝鮮歓迎の横断幕を引きずり降ろした。そこには南北首脳会談の金大中元大統領と金正日総書記が握手をしている写真が印刷されていた。この掲げ方がいけないというのだ。偉大なる将軍様のお写真はしかるべき敬意を表した額に収め、赤い飾りで縁どりしておくものらしい。「将軍様が雨に濡れていらっしゃる。おいたわしい」と涙ながらに抗議してその写真を掲げて行進していた。

 この物神崇拝の心理は異常である。ところがこれに似たことが60年前のわが国にもあった。小学校には奉安殿と称する建物があり、その中には天皇・皇后両陛下のご真影が納められていた。紀元節などの祝日には校長がモーニングに白手袋姿で紫の袱紗に包まれたご真影を講堂まで、あたかも両陛下そのものであるようにうやうやしく運んでいた。また、当時は物が不足していたので新聞紙といえども貴重である。ゴミに出すなととんでもない。アルミの弁当箱を包んだ新聞紙には黄色い煮汁が染み出していた。生鮮食料品の包装、果ては汲み取り便所の落し紙にまで使っていた。

 天皇陛下が大元帥の軍装で白馬にまたがり閲兵するお写真、天皇・皇后両陛下が正装して並び立つお姿などが新聞に掲載されることがある。古新聞になってもそのお写真の載った紙面を粗略に扱ってはならなかった。包み紙などに使わずにしかるべき敬意をもって焼却処分するように仕込まれていた。尻拭き紙に使うなどは不敬のきわみであった。美女応援団の涙の抗議を見ながらこんなことを思い出した。

 さて、万景峰号がまたやってきた。あれだけ嫌がらせの検査を受けてもちょっと抗議しただけでやってくるのは、9月9日の建国記念日に使う物資がそれほど欲しいということなのだろうか。偉大なる将軍様に献上する好物のメロンも含まれているのだろうか。この招かれざる客を止める方法を探ってみたい。検査に合格すれば国際法上拒否する理由が見当たらないと言うが、法律の解釈と適用は千変万化するものである。白を灰色や限りなく近い黒にしたり、またその逆も決して不可能ではないことは、1票の格差をめぐる最高裁の判決を見れば納得できる。

 北朝鮮の船はこの他にも月に10隻近くが日本海側の港に入港し、中古自転車を煙突のそばまて満載して出港している。これらの船を全部入港拒否しても、日本の経済的損失は獲得する利益よりもはるかに少ないだろう。それならばなんとか口実を設けて北朝鮮籍の船を全部入港拒否する方法を探り出せないのか。たとえば、数隻の北朝鮮の船が座礁してもその撤去について船主は責任を果たさない。地方自冶体は漁業関係の損失を防ぐために泣く泣く巨額の撤去費用を負担している。この事実を取り上げて、北朝鮮政府が責任をもってその費用を負担しないかぎり、同国の船舶が日本の港湾施設の使用するのを差し止めると通告したらどうだろうか。

 また、今回の入港時に日本側の抗議団は金正日と金日成にバツ印をつけた写真を印刷した布を掲げていた。これをもっと大々的に取り上げ、黒枠の大きな写真をこれ見よがしに掲げてはどうだろうか。恐らくこれを見た朝鮮総連の出迎え陣は殺気立って小競り合いになるだろう。あわよくば万景峰号の乗組員も加わってくれればいうことはない。これがテレビ電波に乗って全世界に伝われば、労働新聞や国営テレビでは収まらず北朝鮮政府が強く抗議し、引っ込みがつかないまま日朝関係は緊張の極にたっするだろう。やられているばかりではなく、日本側からも危機を演出することによって、北朝鮮の譲歩を引き出すことは出来ないだろうか。これは瀬戸際論で危険極まりなく、テポドンの洗礼を受けるかもしれない暴論である。抗議団が布に印刷した写真というのがミソで、プラカードにすれば警備に引っかかるるのを恐れたからだろう。だから、大きな写真などは持ち込めない相談なので見た、夏の夜の夢である。




                  平成15年8月24日  美女応援団

 すったもんだの末に、韓国プサンのキメ空港に北朝鮮の美女応援団が到着した。選手、役員2百人に対して3百人の総勢はいずれもえりすぐりの美女たち。しかし、この団員たちは政府によって生活が保障され、職業、学業の一切の面倒をみてもらい、政府の思いのままに操られている群像に過ぎない。北朝鮮はタフネゴシエーターだ。いつゴネだすかもわからないと、腫れ物に触るように取り扱わせるための手駒である。今度もドタキャンすれすれの脅かしを使い、ノ・ムヒョン大統領から遺憾の意の表明を引き出すと一転して参加した。こういう駆け引きは毎度のことだが、その手駒に過ぎない使い走り応援団がいくら美女ばかりだといいて、熱烈歓迎するのは北の思うツボにはまるだけだろうと思う。

 韓国の人たちは空港ロビーに現れた応援団に、アメリカ、日本の選手団が入場行進をした時に彼女たちが沈黙したように、冷たい視線と無言の出迎えができなかったのだろうか。どうも韓国男にはわが国の「東男に京女」のように「南男北女」という信仰にとりつかれ、そのためにフアンクラブや追っかけまでして熱狂するうちに「美女応援団症候群」にかかり、ふ抜けになってしまったのだろうか。もっとも、核があっても運搬手段を持たないのでわが国は安全だと強硬手段をとるアメリカ、ノドンの射程距離にあり、核はともかく生物・化学兵器で攻撃される可能性のある日本、「ソウルが火の海になる」と恫喝された韓国との間には、北朝鮮と接する態度にも温度差が生まれるのもとうぜんのことかもしれない。

 しかし見事としか言いようのない一糸乱れぬ応援パフォーマンスには頭が下がる。リーダーの手の動きのままに装具を使って鮮やかに色合いが変わるのはじつにリッパ。記念日ごとに偉大なる大将軍様に日ごろの成果を披露し、一言たりともお褒めのお言葉を賜りたいと、言語に絶する練習をくり返すお国柄だからできるのであろう。

 このありさまを見て、わたしはチャップリンの「独裁者」という1940年に作られた映画のシーンを思い出した。独裁者とはヨーロッパの架空の国家トメニアのヒンケル総統のことである。この国は第1次世界大戦の敗戦国であり、塹壕戦で戦う兵士のヘルメットはドイツ型である。しかも、将校のはてっぺんに槍の穂先のような飾りが付いたプロセイン型とくればどの国を指しているのか一目瞭然である。ひな壇に並んだ将軍たちを背にして、広場の群集に向かって演説するヒンケル総統はちょび髭を生やしたヒットラー総統と瓜二つである。トメニア国の紋章はペケを上下に重ねた形だ。この象徴的な紋章はナチス・ドイツの総統親衛隊エス・エスのSの字を稲妻型に図案化して上下に重ねた襟章をもじっている。

 ヒンケル総統は大群衆に向かって熱弁を振るっている。その言葉は架空のトメニア語であるが、イントネーションはドイツ語そのものである。ひとしきり語りつづけた後に総統は間をおいてポーズをとった。するとひな壇の将軍たちは一斉に熱狂的な拍手をおくる。もちろん群集も盛大な拍手と歓声をあげている様子が伝わってくる。やがて総統は「待て」というように右手を挙げ、手のひらが目のあたりまできた時にひらりと一振りした。その瞬間、将軍たちの拍手はピタリと収まったのでる。何度もこの仕草がくり返され、最後には拍手を促すポーズにもなってしまった。この一糸乱れぬ将軍たちの有様に、北朝鮮の美女応援団が重なってしまったのだ。

 ヒットラーが権勢を誇っている時にあえてこの映画を作ったチャップリンは偉いと思う。と同時に、60年ほど前のわが国も、トメニア国や北朝鮮とあまり変わらない状態であったことも思い出してしまった。整列する群集に演説者が「恐れ多くも」と言えば、大元帥陛下について語られる前置きであるから、間髪を入れず不動の姿勢をとって威儀を正さなければならなかった軍国日本の姿である。


                平成15年8月15日  随想2題 水戸黄門 西部警察

 今日も涼しい。お盆のかきいれ時に海水浴場はがら空きで業者はさっぱりだ。夏物商戦も芳しくなく、北海道ではストーブが店頭に並べられた。東日本以北は冷夏の凶作が心配されている。不作でまた以前のような米騒動が起こるだろうか。2匹目のドジョウを虎視眈々と狙っている向きがいるかもしれない。平成5年(93年)に町の米屋さんから内地米が姿を消し、輸入米と抱き合わせで泣く泣く捨てる米まで買わされた恨みを執念深く憶えている人がいるだろうか。

 この年の内地米の収穫量は783万トンであり、政府が緊急輸入した外国産米は254万トンで、合計すると平年の収穫量を上回る。泥縄式の輸入で輸出業者にいいようにあしらわれた結果、品質に対する評判が悪く、売れ残りを捌くために抱き合わせに走った米屋さんが多かった。

 しかし、この時に消費者が合理的に対応し「内地米は要らない。タイ米を食べる」と宣言してチャーハンだけで辛抱すれば、また別の現象が起こったかもしれない。もし今度も米不足が起こるようなら、マスコミや流通業者の口車にのらないように対抗する気構えが欲しいものだ。

 93年の米騒動について平成6年(94年)に書いた「水戸黄門はいずこに」をエッセイ欄に掲載しておきますので、ご一読くださればたいへん光栄です。


 8月12日に名古屋でテレビドラマ「西部警察」のロケ中に出演者の池田 務(24)の運転するスポーツカーが見物人の列に突っ込み、5人が重軽傷を負う事故が起きた。その後、14日のスポーツ紙が報ずるところによると、昨日、集中治療室に入っている1人を除く4人の病室を見舞った石原プロ社長の渡 哲也と池田本人は、部屋に入るなり土下座したという。いささか芝居じみてはいるが、しないよりも誠意が汲みとれる。また、13日に名古屋のホテルで行われた記者会見に臨んだ渡 哲也は、質問する記者に対して必ずその人の目を見てキッチリと返答していたとテレビが報じていた。

 記者会見で思い出すのは道路公団の藤井総裁が8月8日に記者会見し、幻の財務諸表があったと発表した。この人は予算委員会の参考人質疑の時も、財務諸表は無いと答えた記者会見でも、終始一貫して目を伏せていた。今度の会見でも初めから終わりまで(テレビで見るかぎり)目は伏せたままだった。そのあげくに自らこそが「構造改革の尖兵」だと大見得を切った。もっとも、「見得」というのは目の玉をひんむく所作なので、この人に関してはあてはまらないだろう。

 この年になると、人の顔を見ているとかすかな目のくもりや表情のかげりで、本音を言っているのか、単なるリップサービスかの見分けはつくようになる。ところが目を伏せて話す人にはこの手は効かない。欧米では人の目を見ずに話す人は後ろ暗い心の持ち主とみなされ、まったく相手にされない。

 「尖兵」云々と言った時には効果を考えてか声を荒げていた。わたしはこれを聞いて、上に媚び下に厳しく、先輩、同僚、後輩を蹴落とし押しのけて立身出世を計るタイプの人と思った。こんご仁がしかるべき官僚として有終の美を飾り、公団総裁として君臨できる日本の官の在り方が正されるべきではないのだろうか。


                平成15年8月1日   業務改善命令

 金融庁から大手銀行に対して第1回目の業務改善命令が出ました。いよいよ銀行はのっぴきならない瀬戸際に立たされています。この次ぎに第2回目の業務改善命令が出されると経営責任が問われます。退職慰労金にも大きく影響するのでこれだけはどうしても避けたいのが頭取たちの本音です。

 ああ、あのころは良かった。柳沢金融担当相はよかった。「いいよ、無理しなくても。できるだけの範囲内で努力してくれたら、こちらでなんとかするから」と親身になって考えてくれた。その親切があだになり「不良債権を半減させるのには7年かかるとつい口を滑らせて世界をあ然とさせたこともあったが、しかしあの人は親切だった」 こんなぼやきがどこからともなく聞こえてくるようです。

 新聞報道では「政策転換するなら小泉支持も」と抵抗勢力が言っているのは「竹中金融担当相を交代させろ」という意味だと伝えている。重要閣僚のポストが党人以外で占めていることに対する嫌悪感からなのだろうか。「ハゲタカファンドに売り渡すのか」「あんたそうなったら責任を取れるのか」といった感情的な反論は出来ても、経済・金融問題について理路整然と反論し、まともに金融相と論争できる自民党員がはたしているだろうか。

 表面では民間出身者が金融相のポストを独占しているのがけしからんそうだ。失政の責任者に祭り上げて無理やりにでも引きずり降ろそうと懸命になっている。「けしからん」に対しては「なんぬかしてけつかるねん」と大阪弁でやり返したいところだが、ここはぐっと堪えて「へん、けしが辛けりゃ唐辛子が隠居すらい」と江戸っ子の啖呵をきっても、いまどきこんな古風な言い回しは党の長老様でも理解できずにポカンとしていることだろう。

 自民党の抵抗勢力がなにがなんでも竹中大臣を辞めさせようとしていることと、頭取たちが柳沢氏を懐かしんでいることとの間には見えない糸で繋がっているような気がする。このように見ると長老たちを含めた党人たちの言動の意味がなんとなく見えてくるからだ。


                平成15年6月17日  内閣改造で誰が変わるのだろうか

 福田官房長官が記者会見で秋の総裁選後に内閣改造が行われるかもしれないと匂わせた。青木氏や森氏の顔をたてるパーフォーマンスかもしれないが、現在の閣僚の中にも居て欲しくない人は何人もいる。一内閣一閣僚という呪縛をいいことに、官僚の筋書きのままに省益代表を務めることを至上命令としている人たちのことである。

 国土交通省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省などの官僚たちの陰湿な骨抜き作業、これを支える族議員たち、その後ろに控える業界団体などが一丸となった既得権益擁護の大合唱。このために失われた10年を過ぎても新しい日本の未来像を描くことができず、国民の大多数が将来に希望がもてないのである。この閉塞感をなんとか払いのけたい。この重圧感をなんとか払いのけたい。

 経済という言葉は中国の古典にある「経世済民」からきている。最大多数の最大幸福を実現する手段であるはずの政治が、一部の少数を代表する人たちの声高に惑わされて、その目的を見失っているのが日本の現状である。農水省がFTAの締結を食料安保を大義名分に強く反対しているが、その大部分をなす農業人口は2000年2月にはわずかに312万所帯であり、その52.9%が65歳以上の高齢化産業である。したがって、GDPに占める農業生産は1960年の9.0%から2000年には1.3%へと大幅に減少している。どんなに多く見積もっても、農林畜水産業とその出荷関連団体の総人口は2千万人を超えることはないだろう。6分の1の日本人の利益を守るために、残りの1億人の人たちが犠牲になっている。しかも、世界市場における日本の工業製品の競争力を長年にわたって毀損していくのである。これは後世に悔いを残す「乱世済農」の政治に他ならない。

 閑話休題。小泉内閣の女性大臣は罷免した田中真紀子氏を入れると5人になるが、どうも女選びが下手だ。といっても小泉首相を責めるつもりはない。だいたい男に女を見る目などある訳がない。女性を尊重するなどという社会的行動をとるようになったのはたかだか数千年ほどのことである。ホモサピエンスからヒト科に属する前人類のホモエレクトスや、はてはチンパンジーと枝分かれして地上に降りた8百万年前に遡ってみても、オスがメスを選ぶことなどいっさいなかった。つまり、オスにメスを見る目などもとから備わっていなかったのである。オスの行動パターンは自分の遺伝子を少しでも広くばら撒くためには手当たり次第、いっさい選り好みなどせずに突撃していたのである。これに対しメスはしっかりとオスを選んでいた。このオスは後世に立派な子孫を残すための遺伝子を持ち合わせているかどうかを見極める目を、その遺伝子の中にしっかりとインプットされていたのである。これが少しぐらい文化というオブラートに包まれたからといって、わずか数千年の間にオスの識別能力増進に役立つはずがない。だから田中真紀子氏をはじめ、扇千景氏、森山真弓氏、川口順子氏や遠山敦子氏を大臣に選んだ小泉首相を責めるつもりは毛頭ないが、しもし今度の内閣改造で坂口厚相や大島農相と共に留任させ、竹中平蔵氏を再任しなかった時は責めるぞ。



                平成15年5月18日  シュワチャンのトウルーライズ

 1994年にアメリカで「トウルーライズ」というアクション映画が公開された。もちろん日本でも上映されたが、マッチョマンのアーノルド・シュワルツネッガー扮するところのしがないコンピューターセールスマン、なにを隠そうその実態は政府の秘密エージェントに属する敏腕諜報員である。崩壊後のソ連から核爆弾が流出し、アラブ・テロ組織によって合法的な輸入品に紛れ込んでマイアミ付近の島に運ばれた。それを超人的な活躍によって見事に阻止するというストーリーである。

 アメリカが最も恐れているのは北朝鮮で完成されたであろう核爆弾がアラブ・テロ組織によって米本土で使われることである。北朝鮮がかりに有効な核爆弾を完成していたとしても、その運搬手段であるテポドンの射程はアメリカ本土までは届かないであろうと思われているが、決して予断は許さない。

 しかし、同盟国である韓国と日本は安全であるとは言い切れない。おそらく現在のノドンの射程距離は北九州から山陰地方までよりは格段に延びて、東京などの太平洋岸まで届くだろうと推測されている。かって南北会談の席上、北朝鮮代表は「ソウルが火の海になる」と恫喝した。韓国にとっては38度線以北の北朝鮮砲兵陣地から通常火砲や地対地ミサイルによる攻撃はとうぜん予想される。日本は向けられたノドンになす術も無い。

 アメリカにとって東京やソウルが火の海になったとしても、アメリカ西海岸のシェラネバタ山脈の森に、仮に北朝鮮のミサイルがヒョロヒョロと飛んできたほどの脅威とも本心で感じないだろうが、盟主である以上は極力回避する方策を講じなければならない。つまり、間髪を入れずピンポイント攻撃で脅威となる砲撃陣地郡を壊滅させる予防的攻撃が必要である。この準備が整った時こそが選択肢として残されている、平和的話し合いに代わる武力攻撃の時期であろう。

 盧武鉉(ノ・ムヒョン)韓国大統領の訪米では12日にニューヨークに到着したが、ブッシュ大統領と会談したのは14日の夜である。ほとんど3日間待たされたことになる。これは外交儀礼上は冷ややかな対応ではないだろうか。会談の結果は平和的解決の確認をアピールしているが、アメリカは強硬な態度へと変わりはじめている。ラムズフェルド国防長官は北朝鮮の体制そのものに言及し始めている。NPOが連れ出した北朝鮮核開発担当者の議会証言が日程にのぼり始めてもいる。

 ブッシュ大統領の最大の目標はきたるべき大統領選挙で再選されることである。湾岸戦争には勝ったが経済で破れた父親の轍は絶対に踏みたくない。ところがどうもアメリカの経済が芳しくない方向へと進んでいるようだ。連邦準備理事会(FRB)は景気中立型から景気配慮型へと軸足を移している。卸売物価や鉱工業生産も連続して低下している。経済などの国内情勢が悪くなれば為政者は国民の目を外にそらして、華々しい外交成果を見せつける道を得て選びがちである。まさかアメリカがこんな古典的な方法をとるとも思えないが、いちおう頭に入れておく必要があるだろう。

 ひとつ気がかりなのは、原油と金の価格が思ったほど下がらないことである。イラク戦争が短期終結した場合は、世界経済に悪影響を及ぼすほどの高騰はないと言われていた。米国際戦略研究所(CSIS)はイラク戦争が短期に終るシナリオでは、初期に原油価格は1バレル36ドル付近まで上昇した後に間もなく低下し、今年の4-6月期には25ドル付近、第3四半期には21ドル付近まで下落すると予測していた。確かに開戦確実となった2月下旬には37ドル台となり、開戦すると上げ止まり、戦争終結が確実となった4月下旬には25ドル台まで下がった。ここまでは予想どおりだが、ふしぎなことにその後ジリジリと値を上げ、直近の5月16日には29ドル14セント(いずれもニューヨーク・マーカンタイル取引所WTI原油先物価格)で引けている。また、東京での金地金の先物取引価格も2月の初旬には1グラムあたり1.400円台を付けたが、開戦後の3月下旬には1.300円台に、そして4月初旬には1.200円台まで下がった。しかし、その後は上昇に転じ先週金曜日の終わり値は1.343円であった。どちらにも共通している値動きは開戦前に高値となり、開戦で止まってから一旦下がり、その後に値上がりし始めたということである。

 商品の価格は需要と供給の様々な要因が複雑に絡み合って決まっていくものなので一概には言い切れないが、戦乱と関係の深い値動きのする原油と金の価格変動は注意深く見守る必要がある。


                    平成15年4月14日  地政学的リスク

 イラン戦争をきっかけに新聞などで「地政学的リスク」という言葉をよく目にするようになった。なんとなく局地的な戦乱やテロによってグローバルな経済的な混乱が予想されるという意味に使われているように思われる。

 「的」と形容詞として使うことによって、本来の意味からかなり拡大された範囲まで含まれているようだ。こんな使い方をされると地政学、なかでも海洋地政学の父と目されているアルフレッド・マハンはさぞかし棺の中で苦笑い、といっても彼が亡くなってから90年以上経っているので、遺骸はすでに白骨化して顔面表情筋は失われている。だから苦笑いというような高度な表情はつくれない。仕方がないのでシャレコウベの歯をカタカタと鳴らして笑っていることだろう。

 もともと地政学で論じられているのはユーロとアジアにまたがる大陸、二つの地名を合わせたユーラシアこそが世界の中心となる地域である。このハートランドを制する者が世界を制するという理論を展開している。世界の国家の中には大陸に根拠をおく大陸国家と、海に活路を求める海洋国家とがある。両者はそれぞれの足らざるところを補おうとする。すなわち大陸国家は海を目指し、海洋国家はリムランドに上陸してハートランドを目指そうとする。三方が海に囲まれ一方で大陸と地続きになっている半島はその両者の力のせめぎあうところである。古来よりヨーロッパ、スカンジナビア、バルカン、インドシナ、朝鮮など半島と名のつく地域に戦乱が絶えないのはそのためである。

 海洋国家であるアメリカも日本もハートランドを目指し、その足がかりとしてリムランドの中国を狙った。とうぜんのことながら、日本の戦略はいずれこの中国をめぐってアメリカと戦うことになるだろう。小国の日本はこのまま戦っても勝ち目はない。どうすれば勝てるか。アメリカに太刀打ちできるように国を大きくするしかない。そのために朝鮮を植民地とし、中国東北地方を取って満州国という傀儡政権をつくり、これらの地域の資源と労働力に日本の資本を加えて重化学工業化して国力を蓄え、来るべきアメリカとの戦いに備えようとした。

 ここまでは戦略として間違いではなかった。もう少しゆっくりとこれらの植民地経営に専念して工業生産力が増大するまで待たなければならなかった。ところが軍部は国内で事件を起こして政治的発言力を掴むと慢心し、中国内陸部へと戦線を広げていった。こうなるとそこを狙っているアメリカは黙っていない。少しずつ両国の関係がギクシャクし始める。作用と反作用でこれがますますエスカレートしていき、ついにアメリカは日本に対して中国からの撤退を要求するようになってきた。

 この要求を突っぱねるとアメリカとの戦争になるが、勝ち目のないことは誰の目にも明らかであった。こういう場合、声高に唱える積極論に面と向かって反対はしづらいものである。心の中で慎重に事を運びたいと思っていてもなかなか言い出せない。積極論とは「日清・日露の戦いで、祖父や父たちの尊い血によってあがなわれた朝鮮と満州はわが国の生命線である。これを放棄することは靖国神社に祀られている祖先の英霊に対する裏切り行為である。こんなことは絶対に容認できない」。 この主戦論に反対して、今は我慢して引き下がるべきだという戦略的見通しをもった人がいなかったのだろか。たとえそう思っていたとしても、正面きって主張する人はいなかったようである。確たる勝算のないままに戦争に突入していった。

 そのあげく満州、朝鮮、南樺太のみならず、固有の領土である千島列島までも失った。国内では沖縄が戦場となり、内地の大部分の都市は焦土と化した。広島と長崎に原子爆弾が落とされ、戦争が終ってみると2百万人を超える犠牲者がでた。日清・日露戦争の戦死者が15万人以下であることを思えば、引き際を誤った代償としてはあまりにも大きすぎる。

 いっぽうのアメリカにとっても誤算があった。日本という競争者を蹴落としたので、後は国民党政府との蜜月のもとに中国を経済的属国とし、そこを足がかりにしてハートランドを目指すつもりであった。ところが大量の武器援助や顧問団の派遣にもかかわらず、国共内戦では八路軍が国府軍を破り、中華人民共和国が誕生してしまった。この結果、中国をリムランドとしてハートランドを目指すアメリカの戦略は挫折し、中国は強力な競争相手になってしまった。

 その後、リムランドとしてのベトナムでも失敗し、だんだんと足がかりを西に移しきたあげく、こんどのイラク戦争になったというのが地政学上の帰結である。次ぎはイランとシリアを制し、カスピ海回廊から徐々に北上してハートランドを手に入れようと目論んでいるという見方も、あながちうがちすぎではないと思っている。



                    平成15年3月21日  多臓器不全

 今月の8日に田植えの一番乗りがありました。16日の日曜日にもあちらこちらの田んぼで田植えが行われていましたが、もうほとんど終ったようです。水面を渡る風に心細げに揺れている小さな苗も、ふた月もすると青畳を敷きつめたような稲田に変わってしまいます。時期が来ると田起こし、水張り、 肥やり、田植えとみなが一斉にやりだします。千年もの間、村落共同体の中で変わることなく続けられてきたこの風景が、なんとなく現在の大手銀行の状況にオーバーラップしてしまいます。一行がやりだすとそれっとばかりに大型合併に走り、資本増強も右へならえ。ATMの値上げは独禁法を意識してさみだれ式だが根っこで繋がっているのは見え見え。

 それでも資本増強は待ち望んでいたことだからいいかと思っていたら、証券会社を幹事にしての公募形式ではなく、支店長たちを走らせて取引先から調達したのがほとんどらしい。なんともはや、化けの皮がはがれて株価急落、増資分はたちまちふっ飛んでしまった。

 農林畜産業の盛んな宮崎県に住んでおりながら言うのもなんとなく気がひけるが、芳しくない業態という意味でも農業と銀行は右へ倣え体質が似通っている。現在の日本で急を要する改革は金融部門である。だれでも判っている改革案の公的資金投入は銀行の強硬な反対でなかなか実現しない。それをスムースに実行できる特効薬はある。バブル崩壊からの全期間に在任した経営陣の責任を一切問わないことを制度化すると一発で利くだろう。まことに情けないが大手銀行の経営者はこの程度の代物である。

 農業もまた然り。中心はあくまでも米作である。1千万人にも満たない農家を保護するために、1億人以上の第2次、第3次産業従事者とその家族に犠牲を強いている。南郷町の穀倉地帯では耕運機や田植え機、コンバインなどが動き回っている。何十ヘクタールあるのか知らないが、数百ヘクタールでないことは確かだ。この農地を一軒ずつに小さな農機類を備えた数十、あるいは百を超える農家が耕作している。この耕地を数家族、できれば1家族だけで経営できないだろうか。農機に投資する金額を百倍にすれば能力は千倍以上になるので規模の利益を追及できる。だが、これを実行すれば自民党がもたなくなるので絶対に実現しないだろう。

 政策として、農業立国か産業奨励かのどちらかに重点を置かなければならない。日本列島は両立できる地理的条件に欠けていることは明らかである。耕地面積が国土の13%しかない日本の地形を考えると1億を超える国民の食料をすべて自給するのは困難だ。ところが自民党は農業を手厚く保護している。これは戦後しばらくの間の農業人口が60%を超えていた時期に成立した政治の基本構造をそのまま持ち続けているからだ。その間に農業団体が集票マシンとしての旨味を知り、自民党と持ちつ持たれつ、他人から巻き上げた果実を分け合っている。独立しているはずの最高裁から1票の格差は4.98%までは合憲であるという判決を得て(出させて)いる。最も透明で合理的な議員定数は人口比例で自動的に配分が決まる制度である。ところが人口形態が逆転した現在でも、農村票に厚く報いる選挙区制度のもとで自民党と農業団体が共存している。

 以前、シンガポールを旅行した時、街の米屋さんで売っていた米の最上級品は1キロ70円だった。そのころ魚沼産コシヒカリは10キロ6千円を越えていた。もちろんインディカ米だがこれは生産者にとってそれほど重要ではない。オーストラリアの米農家は輸出先によってインデカ米にも、ジャボニカ米のコシヒカリにも簡単に切り替えることができる。ちょうど農業議員が「一粒たりとも輸入させない」といきまいていたころだが、一粒たりとも米を生産していないシンガポールで売られていた米の値段があたりまえであり、日本の値段が狂っている。現在もミニマムアクセスを越える輸入米には4百%超という信じられないような関税をかけて、大多数の一般消費者の負担のもとに少数の農家を保護している。農業議員の言い分は食糧安保であり国土保全であるが、米以外の食糧自給率は安全保障どころか、2000年の統計では小麦で11%、大豆5%、トウモロコシに至っては0%である。73年にアメリカが大豆輸出制限をちらつかせただけでパニックになったことからみても、米だけの食糧安保という大義名分の説得力はまったくない。

 自由貿易協定(FTA)交渉で大島農水相は「市場原理だけでなく農業の多角的機能にも配慮が必要」と、なんだか訳のわからない言い回しでかたくなに拒否している。唯一、わが国がFTAを締結できたのは農業という産業分類のないシンガポールだけであるのは情けないというよりも滑稽である。アメリカによる米ドル圏、ヨーロッパのユーロ圏に並んでアジアの通貨圏で日本円を半基軸通貨に据える機会はすでに取り逃がしてしまっている。アジア全域を網羅した通商経済圏、アセアン+3(日・中・韓)の成立に向けて、将来を展望した中国は着々と準備を進めている。この交渉の中で農産物開放の道は避けて通れない。かたくなに拒否の姿勢を続けていくかぎり孤立化は避けられず、工業製品の販路拡大に向けての大きな障害になるの目に見えている。現在はなんとか優位を保っている日本も農産物の輸入規制を撤廃しないかぎり、いずれ工業製品の分野で中国や韓国に取って代わられて、ますます衰退していくのは確実である。先に述べたように日本が主導的立場に立つ機会はすでに逃がしている。三尊仏のように中国如来の両脇に韓日菩薩が控えるのか、中国と韓国が並び立ち、その一段下に日本が立つのか、あるいは、玉座に座る中国の脇に宦官として韓国が佇立し、日本やその他のアジア諸国が拝跪する構図になるのだろうか。もし日本がこのまま進べば最後の姿に成り下がってしまうのかもしれない。

 機能不全という言葉がある。この言葉から連想される状態は、組織の中でどこか具合の悪い個所があり、これが原因でその組織の機能自体が充分に働かない。しかしその結果として組織全体が毀損されてしまうという概念はないように感じる。現在の日本の置かれている状態はこれだろうか。むしろ2つ以上の臓器が不全になり、そのために組織の有機的結合が保てずに崩壊する。つまり死に至る多臓器不全という表現のほうが日本の現状をよく表している言葉のように思えるのである。

 まさか日本が無くなってしまうことなどあるはずがないと思いたい。教育水準も高く均質で勤勉な日本民族が地球上から消滅することなどありえないと信じたい。しかし、国が滅び民族が離散した数知れぬ墓標の並ぶ歴史街道をわれわれもまたを歩んでいることを忘れてはならない。日本はアジアの中でいち早く封建制から資本主義に移行することで、近代国家へと飛躍して比較優位を保つことができたのである。百年前の明治や、50年前の先達たちにこれができたのに、今の日本ではなぜできないのだろうか。

 小泉をつぶすか自民党をつぶすかとわめいていたころはまだ希望がもてた。今はあたりを見廻しても明確なビジョンと戦略を持ち、強力なリーダーシップによって現状を変えてくれると期待できる人はいないが、このままではダメなこともはっきりしている。野党の中では菅代表ならやってくれるだろうと思いたいが、手放しに安心はできない。共産党はクリーンな政党らしい。農民や中小企業、労働者の味方のような素振りだが、ひとたび政権を握るとポルポトのように豹変しないとも限らない。どこから見ても金太郎飴みたいだし、入党年次の序列が厳しい官僚的体質もあるようだ。小沢党首はよけいイヤだし、社民党は村山政権でこりているが、その後の新しい展望が示されていない。トヨタの奥田社長は「私が総理であれば閣僚には就任の時に辞表を預かる」とか「日本版USTR」を提言するなど、政治にまんざらでもなさそうである。ひょっとしたら案外これがダークホースかもしれないと思ってしまう。ちょうど過激な発言で民衆を扇動したヒットラーが政権を握ったように、われわれもまた前途に希望を失い、藁にでもすがりたい気持ちになっているからだ。

 いつもいつも愚痴ばかり言っているのは老い先の短い年寄りの僻みだろうか。せめて生きている間に、新生ニッポンの息吹きを聞きたいものである。

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                 平成15年3月8日  切迫するイラク攻撃

 早ければ来週の11日にも米・英・スペイン共同提出の対イラク武力行使容認の新決議案に対し、国連安全保障理事会でなんらかの決定が下される見通しである。アメリカは非常任理事国のうちで態度不鮮明の国に対して多数派工作を行っているが帰趨ははっきりしない。おそらく査察続行の決議がなされるのではないだろうか。
 しかしアメリカはこの決議に関わらず攻撃を開始すると言明している。これはイラクに無条件の武装解除を求めた決議1441があるので大義名分はたつ。それをスムースに実行するために常任理事国に拒否権を発動しないように水面下での交渉を行っている。もしこれに失敗して拒否権行使という事態になれば、いくらアメリカといえども世界の世論に真っ向から反対してあくまで武力攻撃を強行することはできないだろう。

 アメリカからみれば、第2次世界大戦後のヨーロッパの安全保障のために北大西洋条約に加盟して冷戦下のソ連から守ってやったのに、東からの脅威がなくなれば手のひらを返したように盾突くフランは頭に来るだろう。それにドイツとロシアが加わってヨーロッパの力を見せつけようとするだけによけいに苛立つのも無理はない。

 しかしもし、国際世論から総スカンをくらって振り上げたこぶしの降ろしようがなく立ち往生してしまえば、これまでに費やした膨大な戦費が無駄になり次期大統領への道も閉ざされてしまう。父親はイランで勝ったが経済政策で破れた。息子は9・11の同時テロでは勝ったがイランで負けたことになる。これを防ぐために拒否権行使という事態だけは絶対に避けようと懸命の工作をするだろう。

 反対派の最先端をゆくフランスにしても、イラクにある自国の権益を保持することが最重要課題であり、ロシアにしてもまた同じである。どちらも1991年の湾岸戦争とアフガニスタン攻撃の後には、この地域でのアメリカのプレゼンスが増大し、このまま座視すればいずれカスピ海地域での石油権益についての影響力も低下してしまう。これを防ぐために現在の自国のプレゼンスを誇示しておく必要があるという条件闘争的な側面も見逃すことができない。

 したがって、それなりの配慮を非公式に示すことで拒否権の発動という事態の回避だけは成功するだろうと思う。その結果イラク攻撃は実行されて短期間に終了し、アメリカ主導のもとに民主的と称する政権が樹立されるだろう。アメリカは湾岸戦争にもアフガニスタン攻撃にも、そしてまた今度のイラク攻撃にも成功してますます傲慢になり、イスラム国家の間に不信の根を広げて「文明の衝突」へと進んでいく道が開かれていく。

 これをいちばん喜んでいるのは漁夫の利を得る中国だろう。できるだけぎりぎりまで態度不鮮明で土壇場にアメリカに同調して恩を売り、着々と国際社会での地位向上を目指そうとするシナリオが考えられる。百年単位でみればいずれキリスト教文明とイスラム教文明の対立は必至で、その時に中国は東アジアを中心とした儒教文化圏の盟主として、キャスチング・ボートを握る国を目指すことができるからである。


                                    平成15年2月14日 どうすりゃいいんだ思案橋!

 義理チョコにさえもありつけないジジイの愚痴を聞いてください。またまた金利の話です。このクソ面白くもない話を性懲りもなく取り上げるのは、この金利水準が日本経済の実態を示しているからです。前回に述べました長期金利の指標である新発国債の金利がついに0.765%まで下がってしまいました。さすがにあまりにも変だ。ひょっとしたら国債もと考えだしたからかもしれませんが、2月7日の週末には0.84%に戻して引けました。

 国債がどんどん発行されて市場にあふれると値段が下がるのは、需要と供給の原則から当然のことですが、それにつれて金利が上がってしまいます。こうなると経済は停滞してしまいますから、政府が歳入以上の歳出のために無制限に国債を発行できない歯止めになっております。

 これとは逆に、安全だからと皆が国債を買おうとすると品薄になって値段が上がり、それにつれて金利が下がっているのが現状です。つまり長期金利が下がるということは、国債が有利な投資先であると考える人が多いということの現れです。銀行の普通預金金利が0.01%であるのに比べれば確かに有利です。しかも国が保証している限り期日には確実に額面どおり百円が支払われるのは間違いありません。しかし、その時には国債で葉書1枚買えない物価水準になっているかもしれません。その上に日本という国家さえも信用できないと思う人たちも出始めております。

 1月末にダボスで開かれた世界経済フォーラムの年次総会に、わが竹中金融・経済相も出席しましたがその滞在時間は僅か3時間でスイスからとんぼ返りしました。竹中氏をはじめ日本からの出席者は口をそろえて再生に向けての決意を述べましたが、それに対する世界の反応は薄く、会議の中で日本のことはあまり問題にはなりませんでした。これは世界の賢者たちが日本はよくやっている。任せておいても大丈夫だと思っているからではありません。日本はダメだ。いくら言っても効き目がないので放っておこうという諦めムードになっているからです。

 世界中から見放されつつある中でも、金融の世界ではこの危機を逆に金儲けの機会に利用しようとする動きは避けられません。信用のないところには危なくて金を預けられない。日本銀行は絶対安全だと思っているのは日本人だけです。もう外銀は日銀に預金するのを避けるようになり始めております。行き場のなくなった円を有効に利用するために、預かってくれるなら費用を負担すると言いだすところが出てきました。つまりマイナス金利の出現です。主に金融機関どうしが利用するコール市場で、外銀が5百億円を一晩借りてくれると0.01%の金利を払いますというオッファー(申し出)がありました。つまり、5百億円借りると、翌日の返済の時に1万3千7百円ほど引いて返せば良いのです。その期間がだんだんと長くなり、2晩になり2週間へと延びてきました。しかもこのマイナス金利の状態が1ヵ月近くも続いております。これにはからくりがあり、外銀が円を調達する金利はマイナス0.1%ほどです。だから0.01%のマイナス金利を払っても0.09%の儲けになります。この貸し借りは外銀どうしが多かったのですが、信用力のある邦銀にも広がり始めております。

 これが当たり前になってくると、普通預金をしても金利を払わなければならない時がくるかもしれません。もうすでに一部の銀行では口座管理料という名目で、金額の少ない預金に対して手数料を取るところもありますが、これはマイナス金利の性格をもっております。もしこれが当たり前になりますと金融の混乱と経済の停滞は現在の比ではありません。

 これを憂慮したのか、日経新聞は2月9日付けの社説でマイナス金利の定着を取り上げ「きしみ」と表現しました。建物などが「きしむ」のは倒れる前兆です。日本ビルディングがワールドトレードセンタービルのように土煙の中に崩れ落ちるイメージが浮かんできます。こんな事だけはどうしてもご免こうむりたい。なんとか防ぎたいのだがその手立てがないわけではありません。あります。そのコンセンサスはすでに出来上がっております。ただ実行できないだけの話です。

 日本の高度成長を成し遂げた原動力でもある日本型のシステムが、スピードと透明性を待った意思決定を必要とするグローバル化した現在に合わなくなっています。法律や制度などの固定的な定めが、社会の進歩に遅れて合わなくなるのはいつの時代でも同じです。この時に決断と実行力ですばやく現状を変更してこそはじめて次の飛躍を成し遂げることができますが、これが欠けると没落していく運命が待ち構えていることは歴史が証明しております。

 現在の日本ではこの古くなった構造や制度を改革しなければならないのは皆が判っております。ただ、総論賛成、各論反対で、この改革によって不利益をこうむる既得権益の部門からの抵抗により、骨抜きになったり頓挫したりの繰り返しです。いつこの改革が実現するのかの見通しがまったく立たないところに、現在の日本が置かれている閉塞状況があります。

 前回の「七人の侍」で取り上げました「己のことばかり考える奴」は他人をも巻き込んで滅ぼしてしまうやからです。この連中がまだまだ多く、陰険姑息そして執拗に改革を妨害しているので、いっこうにトンネルの出口が見えてきません。黒船による明治維新、敗戦による公職追放で若い指導者が現れて新しいシステムにすばやく切り換えたように、強い力で改革を実現することができないだろうか。このような新しい理念と情熱と実行力を持った指導者を切望するのだが、ざっと見渡しても現在の顔ぶれの中に見出せないのはあまりにも情けない。

 わが日本民族がそんなに資質に欠けるとは絶対に思いたくないのだが。
 ああ、どうすりゃいいんだ思案橋!


                                    平成15年1月25日 「七人の侍」から学ぶもの

 長期金利の指標である10年物新発245回国債の金利が瞬間風速的に0.8%を切り、24日の終値は0.81%と辛うじて0.8%台を保っています。1%の大台を切ってから僅か3ヶ月にしかなりませんが、投機資金はこの先しばらくの間は、設備投資や株式投資に資金が回らないだろうと見ています。反対に商品市況では素材価格は金や石油を始めとして高止まりの状態です。しかし、国内消費はだんだんと減っていく見通しですし、国際間の貿易量も増えそうにはありません。つまり、新しい工場は作らない。今までより製品価格は高くなる。売値を上げたくても値上げが難しい。こうなると企業の収益は悪化していく。これでは株は買えないということの現れです。

 どうも現状は昭和20年の始めごろの日本か現在の北朝鮮のように何をやっても裏目に出て、とどのつまりのどん詰まりに入りこんでいきつつあるようです。これを直すのは正しい見通しを持った政治指導者が国民を納得させ、強力なリーダーシップをもって現状を変えていかなければなりません。小泉政権発足の当初は、この人ならばとみんなが熱い期待をもって見守っておりました。それが2年経った今では週間誌に「マルナゲドン」と揶揄される始末です。

 小泉首相は23日の衆議院予算委員会で、民主党の菅直人代表の質問に答えてついにボロを出してしまいました。もともと委員会や本会議での質問と答弁はあらかじめ決まっております。それは、政府の事務方が質問予定者を廻り、前もって質問内容を聞き取り答弁の原稿を準備する、いわゆる「質問取り」という慣行がまかり通っているからです。

 ところが菅代表は質問取りに応じず、ぶっつけ本番で質問しました。初めのうちは笑顔で答えていた首相の顔が公約違反を厳しく追及されるにつれて険しくなり、売り言葉に買い言葉とは言いながら「この程度の公約違反は大したことではない」と口を滑らせてしまいました。小泉降ろしを狙っている抵抗勢力は、やったりとばかりにほくそえんでいることでしょう。

 ちょうど私が退院した11月の終わりごろの道路民営化委員会がごたごたしている時に、首相は私が選んだ「七人の侍」は身内で斬り合いなどしないし、立派にやってくれるはずだと言いました。つまり、立派に野武士を退治してくれる人たちだと言いたかったようでした。小泉首相が「7人の侍」が好きなら、この映画の中から大いに学ぶ点があると思います。少し長くなりますが、劇中のセリフを披露しながら考えてみます。シーンは軍師の島田勘兵衛が現有戦力と地形から導き出された防衛線の外側に残る三軒の家を見捨てる苦渋の決断の後、その中の一軒の百姓とのやり取りをシナリオ風にまとめてみました。

  村の広場で百姓たちが竹槍を持ち、侍を隊長にして幾つかの分隊に分かれて整列している。勘兵衛が川向こ
  うの家の家族はみんな村に移るように告げる。川向こうの百姓の一人が隊列を離れ、竹槍を投げ捨てて吐き
  捨てるように叫ぶ
 百 姓:けっ! バカバカしくて話になんねえ。おう、橋向こうの者はみんな来う! みんな! だけれ自分
     のうちぃ捨てて、ひとのうち守るためにこんなもん担ぐこたぁねぇ。おらたちは、おらたちだけでう
     ちぃ守るだ!

  五人の百姓が従い、竹槍を捨てて川向こうへ行くために防護柵の方へ向かう。その後ろ姿に
 勘兵衛:(激しい口調で)待て!
  百姓たちはギョッとして立ち止まる。
 勘兵衛:竹槍を拾え。隊列に戻れ。
  激しく命令する。百姓たちは恐ろしさに立ちすくむ。勘兵衛は大刀をすらりと抜き放ち、足早に防護柵と百
  姓たちの間に廻り込み行く手を遮る。その動きに押されて百姓たちはへっぴり腰で逃げ回り、ついに竹槍を
  拾い上げて一目散にみんなのところへ帰っていく。勘兵衛は黙ったまま大刀で整列を指し示す。各隊長が激
  しくせきたてて整列させる。
  勘兵衛は指揮台に上がって刀を納め、全体を見渡して一呼吸間を空ける。そして声を張り上げる。
 勘兵衛:離れ家は三軒、部落の家は二十だ。三軒のために二十軒を危うくはできぬ。また、この部落を踏みに
     じられて離れ家の生きる道はない。いいか、いくさとはそういうものだ。己のことばかり考える奴は
     己をも滅ぼす奴だ。今後、そういう奴は・・・・・・

 勘兵衛は絶句しています。この後に続く「容赦なく斬る」という言葉は心のうちに留めておいたのでしょう。

 ここで離れ家を既得権益、部落の家は危機的状況に陥っている日本の現状と置き換えてみると、さしずめ、離脱百姓は抵抗勢力ということになります。己のことだけを考えて全体と顧みず、ついには己をも滅ぼす人たちです。勘兵衛は”断じて行えば鬼神もこれを避く”という気迫でせまったから、抵抗勢力はひるんでしまったのです。今の小泉首相は「大胆かつ柔軟に」と唱えるだけの木偶人形のようで、とてもこんな気概はありません。

 ちなみにこの離脱百姓は、後の戦いの合間に離れ家が野武士に焼き払われ、住民たちが柵に取りすがって嘆き悲しんでいるのを見て「みんな、持ち場さ帰えれっ!」と叱咤しています。これは日産のカルロス・ゴーン社長が示した改革案に、出来ない言い訳が次々と出てきたが、彼は強い意志と徹底的な話し合いで的確な筋道を説いて納得させ、日産13万人がひとつに纏まって彼に従っていく構図と同じである。

 現在の日本の閉塞状況を打破する方法が決してないわけではないし、また、暗闇のなかでどちらに進めばいいのか判らないわけでもない。ただ、的確な見通しと意見の集約に努力をいとわず、全身全霊を傾けるだけの気迫と持続力を持った政治指導者が現れるかどうかにかかっている。


                                    平成15年1月4日  大本営発表は正しかった

 昨年の12月8日は太平洋戦争の始まった日だが、60年以上前の事ともなると日経新聞では記事にもならなかった。この出来事についての疑問を平成13年12月9日付けの本欄で述べましたが、これは私の間違った思い込みでした。日米開戦は真珠湾奇襲によって始まったと当時から思い込んでおりました。敗戦後に判った大本営発表はインチキだということも重なって作用し誤解しておりました。

 昭和16年(1941)12月8日午前7時のラジオ臨時ニュース「大本営発表、帝国陸海軍は今8日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」というのは正しかったのです。私はハワイの真珠湾がなぜ西太平洋になるのか疑問を抱きました。しかし、本欄でも述べていたように当日の午前11時50分に「本8日早朝マライ(マレー)半島方面に奇襲上陸作戦を敢行せり」との大本営発表がなされていました。この上陸作戦が行われたのは午前1時半で、真珠湾攻撃が始まる1時間ほど前のことでした。このころの大本営は勝ち戦だったので嘘をつく必要はまったくなかったのです。

 この開戦時間経過を教えてくれたのはハーバート・ビックス著「昭和天皇」の下巻です。ちょうど今読み進んでいるところが昭和16年後半の開戦にいたる部分です。これによると12月8日午前1時半にマレー半島のシンゴラ・コタバルに上陸を開始して、その3時間後には終了していた。いっぽう、ハワイ真珠湾には午前2時半頃に攻撃を始めて1時間ほどで終わっている。ろくすっぽ調べずに疑問を呈し読者を惑わせた罪は「重かつ大」であります。これは当時の東條首相が演説で大受けを狙った言葉ですが、近ごろどこかの首相が良く使っている「柔軟かつ大胆」をもじったものです。ここに謹んでお詫び申し上げます。

 この「昭和天皇」は2001年にピューリッツア賞を受けた力作ですが、われわれの知らされていなかった天皇家の事柄にも言及しています。たとえば、明治天皇は皇后を含む5人の女に15人の子供を生ませたが、生き残ったのはわずかに4人だけで、男子は3男の嘉仁親王だけであった。しかも嬰児の時に脳髄膜炎にかかり、その後、顔つきは普通ではなく、まともに喋ることも、真っ直ぐに歩くこともできなかった。それでも皇統を継ぐべき男子は彼一人であったので大正天皇となった。

 即位してからポツダム宣言を受諾するまでの昭和天皇の業績については、軍部の独走を押えられなかったが、聖断によって宣言の受諾を決定する指導力を発揮したというのが定説であった。これに対してビックス教授は詳細な資料と日本人研究者の成果をもとに真っ向から否定し「他人をどれほど犠牲にしようとも、みずからの地位を懸命に守ろうとした点において、昭和天皇は現代の君主のなかでもっとも率直ならざる人物のひとりだった」とその戦争責任を追及している。

 これについては最近に、外務省がしぶしぶ発表した昭和20年9月に行われた昭和天皇と連合国軍最高司令官マッカーサー元帥との第1回会見の公式記録では、戦争となる結果を見たことは「自分ノ最モ遺憾トスル所デアリマス」となっている。これを産経紙は「責任言及」と評価し、朝日、読売、毎日の各紙は否定している。一般に流布されていたのは「自分に全責任があり、この身はあなた方にゆだねる」という意味のことを述べて、復興資金に役立ててくれと皇室財産の目録を差し出した。これに対して元帥はたいへん感動し、占領軍と皇室の良好な関係の基礎になったという美談である。

 後半の文言は今回発表された文書には見当たらない。実際は述べられていたが、事の重大さに事務方が削除したという説明である。事務方の判断だけで削除できるような性質のものではないことだけは確かである。この部分が本書でどのように記されているのか、また、今上天皇が皇太子の時のお妃候補にはじめて平民から選ばれた。これは「開かれた皇室」のためか、外からの血を入れないと「数百年にわたる皇室の近親結婚の結果が遺伝的な問題となって表れることを恐れた」かについても教えてくれるであろう。そのついでに、美智子様がご成婚後数年で見る影もなくやつれ果てた理由も判るかもしれない。


                           平成14年10月16日

 時間がなかったので本稿を午前零時過ぎに、ぶっつけ本番で書いております。したがって、文脈の荒いところや、誤字などがあるかもしれませんが、お許しください。

 昨日の午後2時過ぎに拉致被害者5人を乗せた政府チャーター機が羽田に到着し、タラップを降りてきた。その顔つきは一様に穏やかで、喜びと懐かしさの表情を見せてくれたのにホッとした。見たところ全員の中で肥満者と禿けはいなかった。同じように胸に金日成バッジをつけているので、まだ向こうの体制に人間であるとの意思表示も示していた。これはまだ監視体制下にあるということだろうか。

 夕刻6時半から記者会見が行われが、これにはがっかりした。まず、開催に先立って会の主催者が挨拶をしたが、家族が残されている微妙な立場を考慮して、事前にマスコミ各位にお願いしてご了解をいただいているとおり、節度ある取材をお願いすると、事実上、よけいな事は聞くなといわんばかりの申し出も気に入らなかった。

 私は記者会見で帰国者がどう言うのか、その表情に興味を持っていた。金日成将軍様万歳と唱えるか、一日も早い家族全員の帰国を望んでいると訴えるか、あるいはその中間になるのか、記者たちの質問に答えるその言葉づかい、表情などから真実を読み取ることができると踏んでいたからだ。

 ところが主催者挨拶の後、一言だけ述べてそそくさと退場してしまい、あとは家族の感想を述べるだけのしらけた記者会見に終わってしまった。主催者側は今事を荒立てるよりは、滞在中にゆっくりと心の準備をしてもらってからの発言のほうが良いと考えたのかもしれない。

 人質を取られているようなものだから、思う事を言えないのは当たり前だという見方もある。じゅうぶんに説得力のある理由だとは思うが、今となっては北朝鮮に人質カードを切ることはできない相談ではないだろうか。これだけ、残留者がはっきりしてしまえば、この人たちを闇から闇に葬れば、国際社会の中で完全に孤立してしまい、たとえ友邦のロシアや中国の協力も得ることが難しくなってしまうばかりではなく、喉から手が出るほど欲しい日本の経済援助さえも消し飛んでしまうからだ。こうなると、北朝鮮の国家存立自体が危うくなってしまう。

 それよりも、耐えがたきは耐え、忍びが瀧はしのんで、恥も外聞もなく日本の援助獲得のために、家族全員を含めて早期帰国実現の日本政府要望に応えようとするだろう。こういう計算と取引を今までずっと行ってきたのが北朝鮮の体質であることは、援助と引き換えに全世界の国々と交渉してきた事実が物語っている。

 日本政府にしても日朝会談直後には、国交正常化のなかで拉致問題もその他の経済援助問題、安全保障問題と並行論議の枠組みを作ろうとしていたが、あまりにも激しい国内世論の前に、拉致問題解決を最優先課題として取り組まざるを得なくなっている。

 だから、出きるだけ早く拉致被害者に本心を語らせ、北朝鮮の実情を日本国民に広めて世論を喚起し、家族全員の帰国と、その他の行方不明者の事実確認、工作船などの活動の絶無を約束させ、その監視体制を協定によって確立するように、政府を動かす方向に向かうべきではないだろうか。

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                  平成14年10月6日
                    日朝正常化交渉?

 佐渡島で拉致された曽我ひとみさんは外務省の拉致調査団が行った面談聴取の中で「敬愛する将軍様のご配慮により」と答えている。突然に袋をかぶせられて無理やり連れてこられた。その上、いっしょにいたはずの母親の事はわからない。拉致者が証人となる恐れのある母親を残すはずはない。とうぜん船には乗せたが、穀潰しの老婆は要らないと海に捨てることぐらいはやるだろう。そんな境遇をたどりながら、洗脳されたとすればすざまじいが、普通であれば本心から出た言葉とはとても信じられない。

 金正日は「将軍様」だが、父親の金日成は「首領様」と呼ばれていた。なぜ、ミスター・プレジデントとか、小泉首相とかの役職や名前で呼ばれないのだろうか。おそらく、直接に名指しする事を憚る心理が働いているのだろう。これはなにも北朝鮮に限った事ではない。わが国も60年程前はこんな状態だった。昭和天皇などと呼び捨てにするる事などとんでもない。そんな言葉を吐けばたちまち密告されて、特高警察にしょっ引かれてしまう。だからいくら少なくても天皇陛下と呼んだが、実際にはそれさえも控えられていた。どう伝えたのかというと「恐れ多くも」と枕言葉がつく。この言葉が出ると、聴衆は座っている場合は背筋をピンと伸ばして威儀を正し、整列している時は「休め」から「気を付け」の直立不動の姿勢をとって敬意を表さなければならなかった。なぜなら、この後には皇室に関する言葉がくるという前触れであった。その後には「上御一人(かみごいちにん)におかせられては」と現人神である事を間接に表して告げられていた。直立不動の姿勢は話者が「戻れ」とか「休め」というまで続けなければならなかった。軍国日本はこんな状態であったが、北朝鮮も似たようなものである。そういえば、国営テレビのアナウンサーの重々しい口調は、まるで戦時中の皇室関連のニュースを報じるアナウンサーとそっくりだ。

 政府関係者はこの問題の今後の進展について、口を開けば「国交正常化交渉の中で」と答えている。拉致被害家族の解決前の正常化交渉はしないという訴えにも馬耳東風である。すでに拉致の扱いを本交渉の分科会の中の一つと、安全保障協議の2本立ての枠組みの中で処理しようと、事務方の協議を進めているようだ。もちろん、本交渉の分科会の一つは経済協力であり、これが本命だとすぐに分かる。


 なぜこのように正常化交渉を急ぐのか。当面の日本において最も重要なのはノドンミサイルの廃棄である。日本全土を射程に入れているので、これが使われると例え通常弾頭でも、その損害は拉致被害13人どころの比ではない。日本政府は金正日の凍結という言葉だけで、まるで鬼の首でも取ったようだ。しかし、無期限凍結ということが未来永劫ではあり得ないと同様に、解凍についても期限が無いという意味では北朝鮮に主導権があり、なんの保証にもならない。韓国との間に交わされた金総書記の約束は、遅々として進まないという意味でも信憑性は薄いといわざるを得ない。ミサイル問題は残念ながら日本の手には負えない。日韓はもっぱら後方支援に廻り、強力なブッシュ政権を全面に押し立てて、強引な査察で解決するほうが、ずっと確実であり、また、安上がりでもある。

 残る問題は拉致、工作船、そして国交回復である。この国交回復こそが、北朝鮮のもっとも望んでいるものだろう。といっても、国際協調を望んでいるからではない。極東アジア地域で北朝鮮にとって経済援助を望めるのは、もう日本しか残っていないというのが切実な問題である。2千2百万の人口で百万人の軍隊を養っている農工業生産は停滞し、経済は疲弊しきっている。このままでは金政権の維持すら難しくなりつつある。7月から価格政策を変更した。実物価格に公定価格をさや寄せしなければどうにもならない所に追い込まれていたからだ。賃金は20倍に上がったが、諸物価はそれ以上に上昇して生活は苦しくなっている。供給システムを改めずに価格だけを変えたので、いずれ激しいインフレに見舞われる情勢である。新義州に経済特区を設けて外貨獲得の最前線にしようと目論んだが、任命した長官が汚職、脱税容疑で中国側に拘束されて早くも暗礁に乗り上げている。北朝鮮にとって日本の援助が喉から手が出るほど欲しいのだ。だから、大韓航空機爆破事件は頑として否定しても、日本の拉致と工作船問題は恥も外聞もかなぐり捨てて認め、日本を交渉の場に引きずり込んだのが、こんどの日朝主脳会談の真相である。

 恐らく今後の北朝鮮は、拉致カードを、ちらつかせ、小出しにしながら、できるだけ多くの援助を引き出そうとたくらむことだろう。もちろん日本側もこれは承知の上で交渉に臨むであろうが、今までの外務省の対応を見ていると、心細いかぎりである。

 日本側にはいま述べたほかに、多額の援助を与えてまで国交正常化するメリットはあるのだろうか。あるとすればそれは経済援助そのものだろう。数千億円とも1兆円を超えるとも言われている援助は、有償、無償を問わずタイドになる。つまりひも付で日本製品の販路拡大に役立つ筋書きである。これはけっこうなことだと思うが、いままでの政府援助が本当の意味での経済効果を日本にもたらしたのかどうか疑問である。つまり、遠くはスカルの時代のインドネシア、近くは国後島の宗男ハウス。正確な金額は忘れたが、プレハブ建築に毛の生えたような宗男ハウスに億を超える予算が使われたはずである。この意味では政府援助というものは値段があってないに等しい。例えば、台湾の新幹線、あるいはドイツのリニヤモーターカー方式と激しく競り合って、受注にこぎつけるであろう中国の北京・上海間の新幹線のように、価格、品質、性能、信頼性などの面で激しい競争に晒され、血の滲むような努力の成果という面が、政府援助ではまったく見られないからである。こんなことばかりに頼っていては、この価格差に群がる利権を育てるだけで、空洞化しつつある日本の製造業の実力が、へなへなとしなっていくような気がしてならないのである。

 しかし不思議な事に、自民党の議員の中にこの臭いを嗅ぎつけてハイエナのように群がる利権漁りの様子が伝わってこない。むしろ、拉致連のように拉致解決前の国交正常化中止の声すらある。こんどはもっと上品に振舞う第2、第3の宗男議員たちが、深く静かに潜航して工作中なのか、それとも、ドンの間で分配がすでに決まっているからか。あるいは、もうそんな事はまったくなくなってしまったのだろうか。


                    平成14年10月1日
                     小泉改造内閣

 昨日の午後、小泉改造内閣の顔ぶれが決まった。いちばん以外だったのは竹中平蔵経済相が留任のまま金融相を兼務する人事だ。柳沢金融相の留任の噂が伝えられ、反対に竹中経済相の更迭を求める声が高まるにつれ、目先の現象だけを大きく取り上げて、とりあえず小手先で回避しようとする従来からの党内思考にはホトホト愛想が尽きていたが、この声に流されてしまうことがないように祈っていた。

 これにも惑わされず、柳沢金融相を事実上更迭して竹中経済相に兼務させた発想は、意外性と同時に金融改革を推し進めて行くという強力なメッセージでもある。この意味では小泉首相の今回の組閣を大いに歓迎する。その他の留任されなかった人々もとうぜんだと思うが、派手なおばちゃんも含めて、もっと辞めてもらいたい人もいるが、この際ぜいたくは言わない。

 これで金融改革が進むと受け止めた株式市場は大きく値を戻すだろうと思っていた。ところがこの組閣ニュースが流れた午後の少しの間だけ値上がりしたがすぐ下げ基調に戻り、終値は147円15銭安で引けてしまった。これは以外だったが、今日の終値も昨日に増して221円3銭安であった。ニューヨーク・ダウ工業30種の大幅安につられたせいもあるかもしれないが、むしろ、この後にやってくるであろう大量の倒産と失業などの痛みを予想すると、そうやすやすと安心できないということだろう。それは鉱工業生産指数の上昇トレンドが鈍り、日銀短観も前回と比べると4ポイントの上昇だが、改善幅は前回の20ポイントに比べると大きく後退し、直近の景況感がかなり後退しつつある事の現われでもある。これはアメリカの景気見通しが暗く、東南アジアを含めての輸出増大が見込めなくなっている状況を織り込んでいるからだ。

 今後これらの不安を払拭し、金融改革と同時に広範囲のセーフティネットを張り巡らせて、経済界に自信を取り戻させるような強力な施策を期待したい。今こそ日銀との良好な関係を構築して、共同で政策を推し進めて行く環境が整いつつある。増減中立などという徴税側の論理を一掃し、法人税を含む大幅な恒久減税を実施すべきである。また、株式資金の導入を図ると言いながら、3月と9月にカラ売り規制を強化してうわべの膏薬張りで一時凌ぎをしたが、すぐに効き目がなくなる事ははっきりしている。同時に難解な税制で株式市場から個人の退場を促すような行為も早急に取り除くべきである。


                    平成14年9月20日
                   日朝国交正常化交渉

 今夕の民放ニュースで小泉政権の支持率がこんどの交渉によって上がったと報じていた。「エッ、ほんまかいな」と思った。わたしは17日夜、これで支持率は急落し、場合によっては小泉内閣は総辞職に追い込まれるかもしれないと思っていた。まあそうなればそれでもよいかと思っている。やるやると言いながら出てくる政策はほとんど氣の抜けたビールのようなものばかりになっていたから期待はしていない。その後を継ぐ政権は自民党の崩壊を早めるだけだと踏んでいるからだ。ところがあに計らんや民意は小泉政権を望んでいる。

 こんどの国交正常化交渉は完全に北朝鮮のペースにはまっている。会見場で小泉首相が導かれ、北朝鮮側とおぼしき人物に指差されて所定の場所に立たされた。そこへ金正日総書記が隋臣立ちを引き連れて現れ握手した。これは明らかに謁見のスタイルである。普通はこの逆の場合が多いと思う。「上様のお成りいー」という声に平伏する大名たちの前に、脇室から太刀持ちの小姓たちを従えて現れ一段高い上座に座る将軍の江戸城大広間の姿を思い出した。このような設定を受け入れた事務当局の弱腰をまず非難する。もし行き当たりばったりの出たとこ勝負でやっつけたのであれば職務怠慢である。

 午前中の会談前に首相は拉致者のうち8人が死亡したという情報を知らされ、強い口調で詳細の解明を求め再発防止を要求したという。昼食の休憩の席で安部官房副長官は交渉中断を進言し、首相もそのつもりになったと報じている。ところが午後の会談で金総書記が拉致について言及して謝罪するとこの考えは霧散してしまったようだ。向こうの思う壺なのかもしれない。

 小泉首相は記者団の質問に、死亡日時を知らされたのは午後の途中であったか、終了後であったか記憶していないと答えていた。その後の報道で会談終了後、調印前であった事が分かっている。こんな事を即座に答えられないとは情けない。恐らく結果が拙かったので答えをはぐらかせたのだろう。共同通信社の記者が「特殊部隊の行為であれば、これは国家が関与していた事実を認めた事になり、それに対する責任追及」について小泉首相に尋ねた。この時点では一番核心をついた質問であったが、「これからの交渉の場で行う」とだけ答えて逃げている。

 わたしは死亡者リストが判明した時点で調印を保留すべきであったと思おう。もちろん、国交正常化は極東アジアの平和と経済発展のために避けては通れない問題であるから決裂させてはならない。これから数千億円、あるいは1兆円を越えるかもしれないタイト援助を行う予定である。これは日本製品の輸出と同じ効果を持つので、日本の経済にとっては新しいマーケットを開拓する捨て金になったとしても、タダ食いされた60万トンの米の無償援助よりは意味がある。この経済援助が期待されるからこそ韓・中・ロの周辺諸国がこぞって歓迎の意を表しているのである。だから何も急ぐことはない。たとえ帰国が深夜か未明にずれたとしても、予定を変更して第3次会談を行い、安否情報、死亡情報の詳細を確認してから調印を行うべきである。

 阿部官房副長官は死亡日時の発表を見合わせたのはアジア大洋州局であると非難し、留守家族に死亡日時を電話で伝えた担当者は「(死亡日時については)政府から家族に言わないように止められていた」とお互いに責任のなすりあいの泥仕合を演じている。諸悪の根源は外務省か。世紀の会談ともいわれる晴れ舞台に臨んでも緊張感は無かったのだろうか。最初のトップの出会いの設定も拙いし、田中アジア大洋州局長が到着と同時に首相と離れて別室に移り、北朝鮮アジア担当の馬第4局長に「死亡8人、生存5人、該当者無し1名」と告げられて呆然とした。「死亡の経緯を徹底的に調査」するよう求めたのに対し、馬局長は後で渡すと告げて席を離れたそうである。協議後(田中・馬協議か、小泉・金協議か、恐らく前者)北朝鮮の通訳が日本の通訳に1枚のペーパーを渡したが、これが朝鮮語で書かれた死亡年月日も記した非公式リストだった。このリストの翻訳が終わったのが午後の首脳会談の途中だったと外務省は説明する。この「協議」とあるのは田中・馬協議を意味していると思うので、1枚のペーパーを朝鮮語から日本語に訳すのに3時間以上かかった事になる。文法的に同じ日朝翻訳はソフトを使えばこの程度のものは素人でも5分以内にできる仕事だ。それを専門の通訳がだらだらと3時間以上費やしたとは恐れ入る。まるで昭和16年12月8日の日本側の最後通牒をタイプライターで打つのに時間がかかり、真珠湾攻撃後に手渡したようなものである。その後は死者の多さに動揺し、共同宣言署名前に死亡年月日を把握していながら、それを問題視する声は出なかったと報じている。「恐れ入谷の鬼子母神」こちらも声が出ません。

 このように瞬時に状況を把握し、適切に行動する訓練も習慣も外務省には無いようだ。これは瀋陽の亡命者駆け込み事件の時の対応を見ても分かるが、その後も改善を期待するほうがムリというもの。もともと外交官という華やかな舞台に身を置くことだけが身上で、わずらわしいこと、骨の折れることは一切関わりたくはない、そのくせ鼻もちならぬ特権意識だけは強烈な、お公卿さんと揶揄される体質は今後も改まりそうにはない。その証拠に、拉致被害者の解明は難問題であるから、国交正常化交渉と切り離して赤十字どうしで交渉する方向で調整しようとしている。まことに論外といわざるを得ない。いっそのこと、言われているように外務省は解体し、内閣直属機関の外交部を設置してはどうだろうか。

 わたしがこのように外務省を毛嫌いするのは、わたしの不愉快な経験からきている。それは79年か80年の出来事だが、その頃わたしが務めていた会社は建設重機械(ブルドーザーなど)を輸出する小さな貿易会社だった。香港の子会社の現地責任者が会社の方針に反した販売を行っていた事が判明した。ファイナンスは買主が行い、こちらへの支払いは現金決済という販売方針であったが、内緒でこちらがファイナンスを負担する条件に変えて販売を延ばしていた。つまり購入代金を金融機関が買主に融資し、その返済保証をこちらで行うように変えていたのが発覚した。その処理を担当させられ3ヶ月ほど滞在した。最後の大物物件の支払いが滞り機械は行方不明になってしまった。中国に運ばれると万事休すである。幸い大型トレラーの通る道は1本であるから監視は楽だった。ようやく見つけ出して確保し、日本に持ち帰る事になった。倉庫から港の保税地区まで運ぶ時、元の持ち主が闇の勢力を使って取り返そうとしているという情報が入ってきた。まさかと思いながらも、まだ九龍城という警察権のおよばない暗黒地帯のある頃だったので警備会社を雇い、ヘッジの意味で日本領事館に援助を求めた。

 応対した若い館員2人はのらりくらりと言葉を連ねているが、要するにやりたくないという意味のことをくどくどとまわりくねっているだけであった。業を煮やし「邦人の生命財産を守るのが在外公館の任務ではないか」とねじ込んだ。くだんの館員たちは引っ込み、少ししてから別の男が現れた。言葉のイントネーションから現地採用の職員だと分かった。その人はきっぱりとした口調で理路整然と協力できない理由を述べ、厳しいけれども自助努力するように促した。もともと唯一の頼りではなかったので、私はそのはっきりとした説明に納得した。その時、日本人よりも香港人のほうがよっぽどしっかりしていると感じた。外務省に対する不信の念はこのときから芽生えていたのだろう。


                   平成14年9月14日
                    9.11を迎えて

 アメリカ時間の9月11日の夜、ジョージ W. ブッシュ大統領が自由の女神を背にして格調高い、しかも、しっとりとした口調でスピーチを始めました。大統領のスピーチライターも優れていますが、これをこなす大統領も立派な役者です。またその表情も良くなっていました。

 星条旗をアレンジしたシルクハットをかぶった肥満の白人が燕尾服の裾を跳ね上げ、太い眉に鋭い目つき、いかつい鼻のアングロサクソン丸出しの中年男が、指をこちらに突き出しているポスターを見たことがありました。国家が国民に何かを、例えば増税や兵役志願を求める時のものです。最近の敵意丸出しの顔つきからこのポスターを思い出していたところでした。このとげとげしさが消え、まるで慈父のように穏やかな顔つきでホッとしました。

 後半になるとそれが引き締まり、イラク核査察には断固とした態度を示しました。この時になってわたしは父親のジョージ・ブッシュのことを思い出しました。1991年の湾岸戦争で勝利を収め、圧倒的な支持率を獲得しながら、その後の経済停滞のために人気が落ち、次期大統領のイスをクリントンに明け渡してしまいました。1年前のグラウンド・ゼロの現場で消防士の肩を抱きながらハンドマイクを使っていた息子のブッシュ大統領も絶大な信任を受けておりました。ところが最近の経済見通しが思わしくなく、このままだらだらと来年へ移っていくと、父親の二の舞になりかねない。もちろんそうならないため、目を外にそらせようとしてイラク攻撃を言い出しているのではないことは分かっていますが、なんとなく符合するところもあります。

 そういえば、ジョージ・ブッシュが行った湾岸戦争の幕切れは現在でもわたしには腑に落ちないものがあります。その時に感じたことを一文にまとめております。原稿用紙7枚にもなりますので、退屈しのぎに読んでいただける代物ではありませんが、お付き合い下されば幸せです。

     湾岸戦争で分からないこと    平成3年4月8日

 湾岸戦争は大方の予想通り多国籍軍の一方的な勝利に終わった。この戦争でよく分からないことが2つあった。第1は負けると分かっている戦争をフセインはなぜしたのかということです。第2は多国籍軍、実質的にはアメリカ軍はなぜ戦線を南部に限定して百時間あまりで撤退したのかということである。

 近未来の戦争はレーダーとコンピューターが連動した遠隔兵器による電子戦になるということは、科学雑誌の戦争特集などで頻繁に取り上げられていた。電波・光波兵器で目標を捕捉するとその位置情報は後方の計算センターへ送られ、瞬時に弾道計算がなされて攻撃部門へ伝わり、間髪をいれずに発射される筋道が具体的なイラスト入りで解説されている記事を何度も目にしている。このように秘密でもなんでもない戦争形態について、フセインのブレインがまったく無知であったとは考えられない。数々の修羅場を潜り抜けて、10年の長きにわたって政権の座に留まることができたのは、すばやい、そして的確な情勢分析とその有効な対策を講じることのできるブレインとシステムを持っていたからだとも言える。

 また、開戦に先立って友邦諸国から数多くのアドバイスが寄せられたが、彼は耳を貸そうとはしなかった。なかでもソ連のゴルバチョフはプリマコフを特使として派遣して説得にあたらせたが効果はなかった。この場合プリマコフは「貴国のクエート侵攻は国際法上の明白な侵犯行為であり、国際世論の反発を受けているから、速やかに撤退されるがよろしかろう」というような道義論で説得したわけではないだろう。ソ連から供与された武器とアメリカの電子兵器の水準の差を説明し、勝算はまったくないということを説明して翻意を促したと考えるのが自然だと思う。

 多国籍軍はイラクがクエートからの撤退期限を守らなかったので、予定通りクエートを開放してからイラク領内に進撃した。この戦争で新たに登場したのはハイテク爆撃機と精密誘導兵器に暗視システムなどの高性能兵器群であった。緒戦でステルス爆撃機によってレーダー網と通信系統を破壊されたうえ、通常兵器だけのイラク兵は暗闇から飛んでくる正確な照準の銃砲弾に手も足も出ず、組織的な抵抗も出来ない状態のまま、数十万の損害を出して壊滅した。

 これも予想通りの展開であったが、違ったのはその後の多国籍軍の進撃である。イラク南部の湿地帯を制圧してしまうと、これ以上はイラクの国内問題であるとして、あっさりと兵を引いてしまった。この間約百時間である。わたしは南部の戦略都市バラスを落とした多国籍軍は、敗走するイラク軍を追撃してバクダットまで北上し、フセイン政権を倒して民主的な政府を樹立するまでは攻撃の手を緩めないだろうと考えていた。それだけにこの撤退はまったく意表をつかれた思いである。

 アメリカが従来からとってきた軍略は、例えばベトナム、エルサルバドル、ニカラグア、パナマなど、自国の権益を守るためにはいくら国際世論の反対があっても、傀儡政権を守るためや樹立するために、なりふり構わぬ介入を行ってきたのである。今回は国連による制裁決議案は安保理の拒否権発動もなく成立しており、いわば錦の御旗のもとに行われた正義のイクサである。こんな棚ぼた式ともいえるフセイン政権打倒の絶好のチャンスをみすみす棒に振ってしまった理由はなんだろうか。

 当時のイラク北部ではクルド人の国家建設運動があり、南部には反政府宗教勢力が武装蜂起していた。ブッシュ政権は彼らに精神的支持を表明していたが、これはあくまでもリップサービスだけであった。その証拠にすぐ近くにいた宗教勢力を助けることも、制空権を利用して北部クルド人に軍需物資を援助することもなかった。たとえ使い古した小火器といえども撤退の際に残しておくこともなかった。そのため南北の反政府勢力は残存したイラク正規軍に掃討されてしまった。

 この二つの不可解な出来事はある推論をたてると脈絡がつながってきて意味をもってくる。だがこの推理を立証するものは何もないし、その関連さえもとっぴなものである。しかし、国際政治はまことに不可解なものであり、アッと驚くようなことが起ってもいっこうに不思議ではない。だから一概に荒唐無稽だと退けてしまうことはできないだろう。

 つまり、フセインはたとえ戦争に負けても自分は首相としての地位を失うことはない。政権は安泰で引き続き権力の座に留まることができるという確信を持っていたのではないだろうか。それに対してアメリカはなんらかの保証を秘密裏に与えていたのではないだろうか。こう考えると多国籍軍がイラク南部から早々と撤退した行動も、フセインが忠告を聞こうとはしなかった理由も理解することだできる。もう少し飛躍すると、プリマコフが特使としてバクダットを訪問した真の目的は、ブッシュとゴルバチョフの意を伝える橋渡し役ではなかったのだろうか。つまり、イラク現政権が存続するかぎり反イラン勢力となって、イスラム原理主義を掲げる宗教革命の荒波が、湾岸王権諸国へ波及するのを防止する強力な防波堤としての役割を果たすこごができるのである。そして、コーカサス地方のイスラム勢力、クルド人独立国家運動などのソ連の反政府軍事組織に対する抑止力や、連合国家としての連帯組織を維持する能力を失ったソ連もこれを望んでいた。

 アメリカはこの機会を利用して湾岸産油国におけるプレゼンスを著しく増大させる機会でもある。宗教革命がイランを震源地としてアラビヤ半島に普及し、王制諸国に社会的な混乱が起り、当地のアメリカの権益が損なわれるのを防止するという戦略目的を達成することができるという推論である。

 こう考えると、湾岸戦争であれほどの敗北を喫しながら、フセイン政権の傲慢ともいえる交渉態度も、また、アメリカのイラクの軍事力増大では、核兵器、科学・生物兵器及びその運搬手段の増強についてだけは特に神経質にチェックしようとしている態度も理解できる。


 長々とお読みいただき感謝します。さてこれからはブッシュ大統領は父親のやり残したことを成し遂げようとしています。心のなかでは「父ちゃんがあの時ちゃんとやっておいてくれたら、こんな苦労もなかろうに」とぼやいているのかもしれません。
 いずれにしてもイラクを制圧し、イランは中立、アフガニスタンも支配下に置いているので、これから先はコーカサス回廊の石油・天然ガス資源を自国の影響下に置くためにロシアと熾烈な経済戦争を進めていくでしょう。原油価格が1バレル20ドル以下の水準を保たれるならばロシアのドル箱を取り上げることになり、いずれアメリカの従属的な地位にに置かれる運命となるでしょう。海洋国家としてユーラシア大陸、つまり地政学的なハートランドを制圧することによって世界の覇権を制するために、アメリカが19世紀以来果たしてやまなかった夢を実現するために行動することになるでしょう。

 その時その行く手に立ちはだかるのは中国です。これとどう対決するのか。その狭間に置かれた日本はどう対応すればよいのか。30年先の世界を予測しながら今から準備しておかなければなりません。負け組みについたために国が亡んでしまったのは春秋の中国から戦国時代の日本、あるいはヨーロッパの王国の歴史の中では枚挙のいとまがありません。残念ながらステーツマンと呼べる政治家が皆無の現状がこのまま続いていけば、対応を誤って国が滅び、日本民族の文化と伝統が地球上から消滅する日を迎えることになるかもしれません。

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                   平成14年9月7日
                   5頭目の狂牛病

 今朝の日経新聞に5頭目のBSE牛の記事が出ていましたがどうもよく分からない。「農場のトラックに積み込まれる疑BSE牛(6日午後、神奈川県伊勢原町)」と説明のついた写真もあります。斜めの登り板からトラックの荷台に引き揚げられようとしていますが、前足の右側は手首、左側は肘にあたる部分を登り板についています。つまりヒズメでまともに歩けない状態を示しています。その記事は「計算上は千分の二の確率」と全農系の代用乳製造業者を擁護する農水省の松尾生産技術室長のよく分からない解説を中心にまとめているから、全体はいっそう分かりにくい。どうやら「全容を把握していない」ということらしい。そのほかに、「年間15万頭の死亡牛は検査対象に入っていない」「5頭目の感染牛は食肉用だ」という記事もあるのでよけい混乱する。

 まず、8月23日の日経新聞には「神奈川県の食肉処理場で解体した乳牛がBSEに感染していたと(厚生労働省が22日に)確認した。これは昨年9月に国内で初めて見つかってから5頭目の感染牛となる」と出ていた。8月23日には厚生労働省管轄の食肉処理場で処理された牛が、9月6日には農水省の管轄の農場からトラックに積み込まれているが、この写真の牛はユーレイか?

 前の記事では乳牛となっていたし、それ以前のBSE牛はすべてホルスタイン・メスであった。ホルスタインの雌牛といえば乳牛と相場が決まっているが、今日の記事では食肉用となっている。たとえ乳牛であっても処理場に着いた途端に食肉牛に変身するものらしい。

 また、年間15万頭の死亡牛は検査対象外という記事はどういう意味なのだろうか。処理場で処理される以外に15万頭もの牛が死んでいるということだろうか。それとも食肉用も含めてということだろうか。以前に食肉処理場の防護対策をテレビで何度も流していた。脳みそはもちろんのこと、脊髄液が食肉部分に飛び散らないように設備を整えた解体手順を見せ付けられて安心していたが、かんじんの食肉部の検査はしないのだということになると、お先真っ暗としかいいようがない。もちろん生産者側に立ち、消費者の方を向いていない厚労省や農水省ではないのだから、そんなことがあろうはずがないと思いたい。

 それなら、検査対象外の15万頭の牛は食肉処理場を経由しないといっても、これまた腑に落ちない。こんなにたくさんの牛の死骸の山をどう処分しているのであろうか。ヨーロッパや英国のように、大きな穴を掘ってその中に牛を追い込んで銃殺、焼却した話も、大きな焼却炉を各地に作って一頭づつダビにふしたというニュースもなかった。そういえば、ひところ関東地方で捨て牛が頻発して問題になった事があった。病牛を処理場が拒否したので飼い主は処分に困って捨てたのである。もし、牛がタダで手に入り、それを処分する方法を見つければビジネスになる。闇から闇の食肉ルートができあがるのもフシギではないし、それほど長くはかからないだろう。

 この神奈川県の酪農家は96年12月から今年の8月までに165頭の牛を家畜市場を通じて出荷していた。これらの牛が野放しのまま流通して消費者の口に入っている可能性もある。人間様より1桁少ないが、背番号をつけてもらってはいるが、買ったことがないのでよく分からないが、これで有効に追跡できるのはグラム千円以上の銘柄牛だけではないだろうか。その割合たるや1%にも満たないだろうと思う。

 英国では徹底した対策が功奏して10人程度の発症で収まりそうであるが、このまま進めば日本では平成20年から30年にかけて20代の若者の中から、新変異型クロイツエル-ヤコブ病の患者が続発して大きな社会問題となる恐れが多分にある。


                   平成14年8月30日
                   ピョンヤン訪問

 驚くべきニュースが飛び込んできました。小泉首相が戦後初めて国交のない朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のピョンヤンを来月17日に訪問し、金正日総書記と会談して日朝の懸案事項について話し合うというものです。

 懸案事項の中には国交正常化が含まれることはもちろんですが、北朝鮮が望んでいる「過去の清算」、つまり経済・食糧援助の問題もとうぜん含まれています。これを餌にして拉致問題についての北朝鮮のはっきりとした関与と現状の報告、生存者の帰国などについての確認を求めることであろうと想像できます。

 もし、今までと同じく食い逃げされる恐れがあるならば、小泉首相はのこのこと出かけていこうとはしないでしょう。ある程度のめどが立っているからこそ出かけるのだろうと思います。このように北朝鮮を折れさせることができたのはなんだったのだろうかと想像します。もちろん、北朝鮮を取り巻く国際政治状況はますます不利になっております。アメリカが周辺諸国の同意を賛同を得てイラク攻撃が始まり、それが終わるとその次の矛先は北朝鮮に向けられる可能性は大いにあります。経済状況も末期的で、思い切った物価政策を取り入れましたが、これが成功する見通しは立っておりません。

 このような状況を後押しして、金正日総書記を一歩踏み出させたの原因はなんだろうか。政府サイドの説明では、1年ほど前から水面下の交渉を続けていたと述べております。その頃の出来事といえば金正男たちの密入国事件が5月1日にありました。その時、田中真紀子外相は身分確認をすることもなく国外退去処分にしてしまいました。わたしはこんな絶好の機会をみすみす逃がしてしまうとはなんとも情けない。この人質を切り札にして拉致問題など、北朝鮮が逃げ切れないように使えばよいではないかと切歯扼腕したものでした。

 しかし、これは近視眼的な見方であったようです。肉親を人質にとられた怒りよりも、黙って送り返されてきたことで恩義を感じさせ、交渉のテーブルにつかせるほうが、もっと多くのものを手にすることができるというものです。これをもう一つ後押ししたのが不審船撃沈事件だったのでしょう。もうすぐ引き揚げが終り物的証拠が白日のもとに晒されると、どのような逃げ口上をつくろっても自国の不法行為を否定することは出来なくなります。それならば、その前に友好ムードを盛り上げておけば、国際世論の風当たりも少しはしのげるかもしれないと踏んだのではないでしょうか。

 小泉首相はマスゲームの歓迎に惑わされることなく、国益をしっかりと見据えて交渉にあたり、立派な成果をあげてくれることを期待しております。


                   平成14年8月12日
                   医 療 伏 魔 殿

 帝京大入学金問題で文部科学省が7月26日より「現地調査」に入ったが、金の流について調査しているというニュースは流れたが、その後の詳しい様子はまだ伝わってこない。これは帝京大の提出した報告書は14ページの簡単なものであり「期待したレベルの内容ではなく、社会的な説明(責任)も果たしていない」と厳しく受け止めた結果の調査である。しかし、このようなことは予想できた。帝京大沖永総長は糖尿病入院加療のため証人喚問を欠席したが、その診断書を書いたのは帝京大付属病院の医師である。こんな人を食ったことをやらかすところだから、はじめから期待するのがどだいムリというものである。

 日本医学界は昔から象牙の塔とも呼ばれていたが、この言葉は肯定的な面と同時にその閉鎖的な体質の意味も含まれていた。大学医局、日本医師会はその頂点に立っているといえる。このような社会で金持ちの子弟であれば、能力に関係なく医学部に入学でき、果ては医師免許を取って医師が大量生産されていく。この分だけ医師の質が薄くなっていくのも無理もない。これが長年にわたって続けられた結果が、今日の日本医学会の現状ではないだろうか。

 東京女子医大という心肺手術を日本で最初に行い、名実ともに一流病院で手術ミスがあり、その隠ぺい工作さえも行われた。心肺装置を操作する医師が未熟なために操作を誤ってしまったことが発端ではあるが、その前段階からの連絡不十分もあった。いまどき医師が装置を扱うこと自体がナンセンスで、専門技師が行うのが常識である。ところが、日本で最初に行ったという自負からか、その当時のシステムを変えずにいたというから驚きだ。

 脳こうそく治療薬「塩酸チクロビジン」の副作用で99年7月からの3年間で49人が死亡した。この年に厚生省から緊急安全情報を出して注意するよう呼びかけたが、副作用死は減少しなかった。第一製薬の広川安全性管理部長は「再度(医療機関の)先生方に注意をお願いしたい。使用上の注意の改定などが伝えきれなかったことは反省している」と述べていた。これは、あまり強く呼びかけると、つまり使用上の注意を徹底すると売上が落ちるから、先生方の机の上にペーパーをそっと置いておいただけということだろうか。あるいは、書類を見てもとっさに判断して対策を講じる適応能力が医師たちに欠けていたからだろうか。この注意というのは、薬の処方は2週間に限定し、その間に異常が起きないか注意深く見守り、異常がなければ続けるという程度のものでる。

 以前に世界で使われていないが日本だけで承認されていた薬があった。脳循環・代謝改善剤という薬である。世界の医学界では効き目がないから使わないだけの話である。この効かない薬に10年間で8.750億円が健康保険から支払われていた。この薬を厚生省が承認を取り消したのは98年5である。承認取り消しまでに2年半を費やしたが、そのうえ日本医師会に配慮して1年間の猶予期間を設けたのである。世界の医学界では通用せず、効かないと分かっている薬を使いつづけ、3千億円以上の税金が浪費された計算になる。

 この時の日本医師会の対応は、薬が取り消されて今までどおり使えなくなると、医療現場に混乱をきたすので冷却期間を置けというのである。テレビのインタビューでこのように公言した常任理事は、保険収入の聖域を守るという医師の論理だけで、医療体質の改善とか保険財政の健全化という発想も、患者の側に立つという視点のかけらも窺えない御仁であった。この医師会のゴネ押しのために、8百億円が煙に消えてしまった。「現場が混乱する」ということはどういうことだろうか。その薬が使えなくなると手持ち無沙汰になってバンザイしてしまうということだろうか。どうもよく分からない言葉だ。

 人命を預かる医療現場がこのように荒廃した遠因のひとつに教育問題があり、帝京大のような悪しき習慣が長年にわたって積み重ねられてきたことにもよるだろう。そういえば、非加熱製剤問題で薬害エイズを引き起こした張本人とも目されていた阿部英教授も帝京大副学長だったなあ。

 私も余命はあまり残されてはいないが、できる事なら医者にかからずに死にたいものである。


                                 平成14年7月21日

 テレビで連日報道していたのにピタリと止まってしまったのが、不審船の引き揚げと田中康雄長野県知事失職以後の推移です。引上げ作業は予想外の7月台風が幾つもやってきたので、ただでさえ波の荒い東シナ海では作業どころではないかもしれません。

 田中知事は不信任案可決の後、法定期限の7月15日午後2時に長野県庁舎で記者会見を行い、例のノッペリとした表情で、抑揚を押えた口調で「リーガルプロセス」に基づいて知事の失職を選択したことを発表しました。数日前から観測記事として報道されていた通りの結末となりました。その後、アリのようにたかっていたメディアはぱったりと遠のいたのか、新聞、テレビで報道されることはなくなりました。もちろん、水面下では虚虚実実の働きがあるのでしょうが、こういったことはあまり伝わってきません。

 失職までの一連の動きを見ていると、私にはこの劇の筋書きは田中知事が描いたのではないかという気がしてなりません。不信任案を出さなければどうにも腹の虫が収まらない処へ県議員たちを追い込んでいったように感じます。

 知事に就任してから、いつも胸にヤッシー・マスコットをつけています。失職後にガラス張りの知事室を片付けている画像にはピンクの豚のぬいぐるみが映っていました。また、歩いて10分ほどのマンションにはミルク飲み人形もあるそうです。ぬいぐるみを着たパーフォーマンスや、タレント美女を膝に乗せてシャンペングラスで乾杯しているところを撮影させたり、その奇行ぶりは際立っております。これも古くからの県議会議員たちの気持ちを逆なでします。

 最近の田中知事は県議会と協調しながら、彼らの意見をいくぶん汲んで折れるところは折れ、彼らの面子を立てながら長野県政を行っていく気持ちがまったく消えてしまったのでしょう。そんな時に知事室に現れた県議会の顔役的存在の人たちが、従来の政治手法による有権者の希望実現の手助けをする案を抱えて話し合いに来ても、話をちょっと聞いただけで、それ以上続ける気はまったくなくなったのでしょう。ところが延々と政治を述べる議員たちを前にして「ミルクの時間デチュヨ」とぬいぐるみに哺乳瓶を含ませる知事に怒り心頭に発する気持ちもわかります。ある時は、ガラス張りの外に小学生たちが見学に来ているると、「ちょっと失礼、トイレ」とか言って出ていったきり、子供たちに名刺を配っているのを見せ付けられると、怨念は雪だるま式に膨れ上がっていきます。「ミルクデチュヨ」の時のぬいぐるみがヤッシーかピンクの豚か、あるいはたまたま持ってきていたミルク飲み人形だったのか知りたいものです。

 このようないきさつですから、議長の制止を無視して長々と脱ダム発言を続けて挑発する知事に、県議会保守系会派の面々は堪忍袋の緒が切れて、前後の見境もなく不信任案上程へとなだれを打っていったのでしょう。もっとも、議員側でも見境がなかったわけではありません。このまま来年の任期が切れるまでいると、議席が削減されることが決まっております。それなら半年ほどしか残っていない任期を棄てても、今、選挙を行えば現行法上の議員数で4年間の任期を確保できるから、今しか残されたチャンスは無いのだと踏んだのかもしれません。ただ、田中知事のとる選択肢には議会を解散せずに失職することもできます。おそらくそんなことはないが、もしそうなった時には自主解散をやってやろうじゃないかと自信満々の心意気だったようです。ところがいざフタをあけてみると、一枚岩どころか造反者は出るは、自主解散に必要な8割の議員を確保するめどはまったく立たず、自主解散はあきらめざるを得ませんでした。

 こうなるのは誤算といえば誤算だし、戦略のないまま突っ走った報いを受けた県議会側は防戦一方
です。対立候補として要請した羽田孜親子や、元経済企画庁長官の田中秀征氏やその他の人たちにも固辞され、はては地元の女性弁護士までも頼み込んで入るが芳しくはない。県政会団長の下崎保氏は「団会議で、会派としては擁立に関与しないことを確認した」と同時に「真に改革を進めることができるなど、県政会が県知事に期待する条件を満たすと判断できる人で、本人から要請があれば、会派として推薦していく」と述べていました。まったくバンザイ、お手上げでどうしようもないというところでしょうか。

 これこそ田中前知事の望んでいた事態ではないかと思います。ここまで読んで事を運んだとすれば、並々ならぬ戦略家、悪く言えば策士です。

 来月15日に告示され、9月1日投票の知事選の結末は見えているようですが、その後の県議会とのやり取りがどうなるのか今から楽しみにしております。


                                 平成14年7月5日

 ワールドカップの宴が終わり、日韓双方で共催の成功を喜び合っております。韓国の論調はベスト16入りした韓国チームを応援した日本人に感謝していました。今後はこの絆をいっそう強めて、日韓の良好な関係を発展させていく足がかりにしたいものだという調子です。

 これらの韓国のマスコミは、両国をお互いにパートナーとして共に進んでいこうという姿勢で共通しています。つまり日本を先生とも兄とも思っていないことの現われであります。私としては釈然としないところもありますが、しかし、この見方が正しいところになんともいえぬやりきれなさがあります。

 相手の韓国人はもっとはっきり実感しているのではないでしょうか。韓国の有力紙、中央日報が「揺れる老冨国―日本レポート」を17回にわたって連載し、不良債権、財政赤字、危機意識の欠如、指導者の不在などの病状を分析して「競争を厭(いと)う社会風土こそが病根」であると結論付けています。

 1997年のアジア通貨危機の時に韓国はIMFの支援を受けたにせよ、現在の日本が抱えている不良債権処理の同じ病根と共に、財閥支配の既得権益構造も一掃してしまった。そのために銀行の1/3が倒産し、40%の銀行員が失業したが、それを見事に2年で乗り切って現在の繁栄を獲得した。唯一の黒字行であったハナ銀行だけが国有化を免れたが、多くの銀行が公的資金の注入を受けて経営陣は総辞職した。そのため当時は最年少であったハナ銀行の金頭取は現在では最年長になっている。それだけ経営陣の入れ替えが激しかったのである。

 それにくらべると、金融庁の庇護のもとにいまだに公的資金も入らず、不祥事のために辞任した経営者はいるものの、この10年簡の経営失敗の責任をたった頭取は一人もいない。防衛庁や外務省の処分も軽すぎるし、最近では、テレビ東京がやらかした強盗に事前の情報を金で買い、現場にあたかも居合わせたかのような映像を流した、番組担当者と、金の支出を許可した担当部長の処分は、前者が減給1ヶ月、後者が減給3ヶ月と役職剥奪1ヶ月である。「剥奪」とあるのに期間が付けられているから、これが過ぎれば元に戻るということだろう。形だけの厳しい言葉を使ってはいるが実質はなきに等しい処罰である。どれもこれもモラルハザードが蔓延しているのではないだろうか。

 このぬるま湯体質を韓国紙は「茹で蛙」と表現した。これはアメリカの学者のおこなった実験からきているが、蛙を熱湯に放り込むと、一瞬に蛙は飛び出してしまう。ところが、水に入れて火にかけると、少しずつ温度が上がっていっても、蛙は「いい湯だな」とじっとしている。やがて40度になり、50度、60度と上がっていくが蛙は動かず、最後には茹であがってしまう。このように危機意識が鈍いままでなんの行動も起こさないでいると破滅してしまうぞという警告である。

 韓国に「老冨国」とか「茹で蛙」と言われていることの悔しさをバネにして、なんとか新しい道が開かれてほしいと思っているが、郵政関連法案は腰砕けし、「日本経済再生の戦略」を打ち出すはずの日本経済戦略会議は官僚の抵抗に挫折して意気消沈してしまっております。せめて、田中長野県知事が議会を解散して自分も辞職し、知事と県議選挙を同時に行い、田中知事が再選され、不信任案に賛成した議員の全員を落選させるほどの奇跡が起ったならば、まだまだ絶望せずにすむのだが。

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                                 平成14年6月30日  午後10時

 ワールドカップの優勝戦は大方の予想通りブラジルの勝利に終わりました。サッカーの門外漢である私にとやかく批評は出来ませんが、ドイツはヘディングの拙さも敗因の1つではないかと思います。ドリブルの上手さではやはりブラジルが一歩先んじていました。なんとか危機を脱してゴールキーパーのキックになり、カーンがロングシュートするとほとんどブラジルにヘディング・カットされていました。ドイツはコーナーキックで再三チャンスに恵まれました。身長からいえばだんぜん有利なはずなのに、ほとんどブロックされて得点に結びつけることができませんでした。宮崎でキャンプしていたドイツにどちらかといえば親近感を抱いて応援していましたが、残念な結果に終わりました。

 試合が終わってからのフラジル選手たちの喜びはまさに「手の舞い足の踏む所を知らず」でした。数多くの厳しい戦いを勝ち抜いてきた末に手にした栄冠を喜ぶのはとうぜんのことです。それぞれがブラジル国旗を羽織り、サッカーでは別の名前だと思いますが―グラウンド中を走り回って、選手、監督、コーチが誰彼なく抱き合って喜んでいました。これに対してドイツチームは首をうなだれたシーンが映っておりました。なかでも、”ゴリラちゃん”の愛称をもつカーンがゴールのポールにもたれかかり、黙々とガムを噛んでいる姿が印象的でした。最後にはしゃがみこんで敗北の苦味を噛みしめていました。

 勝手な想像ですが、この時にロナルドが歩み寄って手を差し伸べながら「お互いしんどかったな」ぐらいのことを言えば、これで一つの絵になったのではないかと思います。ブラジルの監督がカーンに何か言っている姿や、監督同士が肩をたたきあっているシーンはありましたが、ブラジルチームがドイツチームとエールを交換するシーンはありませんでした。表彰式は見ませんでしたが、恐らくその後でお互いの健闘を称えあったことと思います。しかし、敗者が打ちひしがれているその時にこそ、勝者が手を差し伸べてお互いを称えあうというシーンがあれば、感激は一層盛り上がるであろうし、テレビ局は涎を流してちょうだいすることでしょう。

 この点、3位決定のトルコ対韓国戦では、試合の後で両者が肩を組み合って一列に並び、観客席に応援の感謝を示していた姿との違いを改めて考えさせられます。西と東の境目のトルコ民族には東洋民族と底流での共感が現れ、サンバに浮かれる陽気なラテン系は体質的にくそ真面目なゲルマンを回避する心理が働いていたのかもしれません。もちろんこれは私の偏見と独断によるものですから、決して正しいものではありません。

 ワールドカップのユーフォリアも終わり、政治と経済の厳しい現実に引き戻されてしまいます。せめて日本チームほどの活躍をしてくれるならば、改革が少しは前進することでしょう。しかし、少しぐらいでは追いつかない崖っ淵に立たされている事実を真剣に考える必要があります。つまり、総選挙に追い込み、自民党を第4党ぐらいに落してしまうほど、国民の意識が変わらなければ難しいと思います。

 キッシンジャー前国務長官、ボルカー前FRB議長などの蔭のサミットで取り上げられt喫緊の課題はアメリカ経済の立て直しと日本の金融改革でありました。表のサミットでは、言ったところでどうにもならないから取り上げなかっただけであることも肝に銘じておかなければなりません。


                      平成14年5月31日

 いよいよ今日からワールドカップが開催されます。6〜7年前だったと思いますが、国際サッカー連盟が日韓の共同開催を決めました。韓国と同列に扱われたことに対しての連盟の決定には内心異を唱えておりました。しかしこの数年の間に、アジアで開催するとすればこの2国のうちどちらかであり、連盟としてはむしろ韓国を選びたかったが、日本の顔を立てて共催に踏み切った心情が理解できるようになりました。それだけ日本が衰退しつつあったのを世界中が理解していたことの現れだったのです。

 折に触れて、国力という面では韓国に追い抜かれていると述べてきましたが、このところの落ち目の日本はサッカーでも、金メダルを一つも取れなかったソルトレイクシティの二の舞になるのではないかと心配しています。なにも優勝決定戦まで残ってくれなどと無理な要求はいたしませんが、せめて2勝して二回戦に進出してほしいものです。

 落ち目といえば、最近の政府のやることなすことへまばかりです。以前に(本欄3月1日)でも触れていますが、まるで昭和20年初めごろの政府のようです。なにもかも手詰まりで打つ手がなく、どん詰まりの状況の中で”貧すれば鈍す”の毎日でした。このことは日経コラムでも、江戸幕府末期の老中など幕閣の無策ぶりと小泉政権とを重ね合わせていました。

 小泉首相を見限ってから半年が過ぎましたが、この頃の首相の言動を見ていても、また、支持率の急落するニュースに接しても、間違っていなかったという思いが日ごと強まるばかりです。

 「麿は存ぜぬぞよ」とでも言わんばかりにビネインネグレクト(優雅な無視)を決め込む姿には失望します。これは、「ちゃんとよく見て判断するように言ってあります」と記者団の質問に答えて常套句を頻発する姿勢のことを言っているのです。万策つきたのか、このところの顔つきにも生気が失せ、なんとなく投げやりの感じがしてなりません。日本という国をどういう方向へ持っていくのかという明確な理念を示すことも、ぐんぐんとそれに向かって引っ張っていく力量も、すべて雲散霧消してしまったようです。

 司令部のない軍団の各部隊が各個に戦術的な突破を試みても失敗することは目に見えています。どこの戦線と部隊に弱点があり、どこを正面に据えて攻撃目標と定め、全力集中して戦線突破を試みるのでなければ勝利の女神は微笑んではくれません。このための方法論は百出しております。どうすればよいのか、それを阻む勢力も見えています。今こそ高い理念と強力な実行力を兼ね備えた指導者が求められています。残念ながら、現在の政治指導者の中にはその資質を兼ね備えた人物が見当たらないのが現状です。

 船長を失って漂流する日本丸の行く手には嵐が待ち構えているようです。


                     平成14年5月14日

 昨日夕方に川口外相から瀋陽事件の調査報告が発表された。事前の予想通り、中国側に連行の同意を与えたことも、謝意を表した事実もないという内容である。福田官房長官は言った言わないの水掛け論にどちらの政府の言うことを信じますかと、まるで日本人なら日本政府の言うことを信用しろと言わんばかりのコメントを出していた。中国側の発表が具体的かつ詳細であるのに対し、川口外相の発表は歯切れも悪く、途中54字中に”きぜん”という言葉を2回も使っていたが、残念ながらあまり説得力あるようには受け取れない。

 発表と事実関係についての疑問点を整理してみたい。全世界にビデオ映像を配信したのは、中国の聯合通信社である。日本のNHKはこれを共同通信社経由で入手している。門扉周辺の出来事は放映されたが、その後の映像は流れてこない。もし、中国当局が撮影場所を突き止めて拘束したのであれば、最初の映像も流れてこないだろうと思う。NGOの支援組織と連携して撮影しているほどであるから、中国当局に寝返ったとも思えないが、その後の中国警官が構内に入る15分ほど後の映像をぜひとも見たいものである。映像といえば、査証待合室にビデオカメラは設置してあったそうであるが、かんじんの録画はなされていなかったという、もしほんとうであれば、まことにお粗末としか言いようのない領事館内の態勢不備もある。

 報告書では2時ごろに事件は起り、5分後に査証担当副領事と中国人館員3人が門に向かった。その時に副領事は北朝鮮からの亡命者であるという事前の認識はなかったという。直近に北京のスペイン大使館への大勢の駆け込み事件など頻発していたので、玄関から門を見てそう感じないほうがおかしい。まして、玄関前と玄関内に2名の男性を中国人館員が捕捉していたのである。ちょうど通り道に居たので知らないはずもないし、その人たちの素性を確かめなかったのであれば手落ちとしか言いようがない。門にたどりついてからの行動は前回に述べたので特に言わない。

 駐在武官は居なかったらしいが、警備担当副領事は居たらしい。最初は門でカラーシャツ男の後ろに隠れるようにしていたネクタイ姿の男がそうだと思っていた。しかし、報告書では門に居たのは査証担当のへなへな副領事以外は中国人館員となっている。それなら、15分後に警備員詰め所で両手を広げて阻止するまでどこに居たのだろうか。

 査証担当副領事が門に着いたのは事件発生の5分後となっているが、映像では1分少しである。しかし、録画テープは編集されている可能性もあるので報告書のほうを信じよう。査証担当副領事が査証待合室まで戻ってきたのは門に着いてから10分後となっている。門を離れる時、そこに居た4人のうち誰も門を閉めなかったのだろうか。本省から調査に赴いた小野領事移住部長は現場検証の時に門扉開閉ボタンを押して調べていた。副領事は門を離れる時ボタン一つ押すこともしなかったのだろうか。他の館員にも指示しなかったのだろうか。これだけの事が起ったのに門を半開きにしたままで、中国警官が構内に入るに任せていたのであろうか。

 常識では考えられないので、中国側が同意を得て入ったという言い分を真っ向から否定できない。査証待合室まで戻ってきた時に、副領事のそばをすり抜けるようにして中国警官が2人の男性を取り押さえたとなっている。残りの3人の館員が門から待合室までの間のどこに居たのか明らかにされていないが、中国人館員は領事館側に非協力的だったのだろうか。そうだとしても、副領事が査証待合室内に中国警官が入ってきた時に、それが無断侵入であればそれこそ毅然として阻止しなければならない。連行を阻止する手段は領事館内であるからいくらでもあったはずだ。なのにそれがなされていないのであるから中国側の言い分に説得力がある。なぜ、国際法を侵犯して無断侵入した警官を拘束しなかったのか。門を閉めて電源を切るだけでそれはできたはずである。門に居た館員の1人は電気担当者だったのだから。


                     平成14年5月10日 午後8時

 下の文章後半に「中国外務省次官」とありますが、これは「外務省報道官」の誤りです。謹んで訂正いたします。

                     平成14年5月10

 去る8日午後、中国東北部の大都市、瀋陽の日本総領事館に北朝鮮人らしい男女5人が逃げ込もうとして、中国の武装警官に取り押さえられるという事件が起った。

 最初の領事館側の発表では路上で取り押さえられたと説明していたが、その後の返答は2転3転し、最後には領事が大連の飛行機事故の処理のために不在であったので、対応に不備な点があったようだと言い訳したらしい。

 その後明らかになった映像を見ると、事なかれ主義の外務省の体質を絵で書いたような出来事である。聯合通信社からの2分あまり映像がニュースで流された。5人が1団となって領事館内に駆け込もうとした。門外の日除けパラソルで立ち番をしていた警官の制止を振り切って男性2名が構内に入り、30メートルほど左手の本館建物へ走り去った。すかさず門内のボックスから中国人らしい警備員が後を追う。その間に警官は2人になり女性3人を門内から押し戻し、引きずり出そうとする。1人は中年女性、もう1人は女の子をおんぶした若い女性で、親と子と孫だろう。もみ合ううちにおんぶがほどけ、おばあさんが必至で抱きかかえて抵抗する。娘は2度、3度と門内にもぐりこむが、最後には押し戻される。おばあさんも少しずつ押し戻されて孫を手放してしまう。3歳ぐらいの女の子は呆然として門内に立ち尽くす。

 この間約1分である。警官が1人増え門内に入って加勢するが効き目が無いのですぐに姿を消す(詰め所に応援の連絡に行ったのだろう)。娘も少しずつ門外に引きずり出され、孫も外に居る。このころから人だかりがして、自動車のクラクションが盛んに鳴らされる。1分20秒ほど過ぎて本館の玄関口から3人の男が出てきた。2人はネクタイ、1人は紫紺のカラーシャツ姿、ネクタイの1人が小走りに近付き、歩調を緩めて事態の成り行きを見守る。最初にとった行動は落ちている警帽と靴、それに青いバインダーを拾い上げることであった。そのころに残りの2人も来たがなにもせずに見守っているだけであった。
はじめは2番目のネクタイはカラーシャツの後ろに立っていた。

 最初のネクタイ男は拾い上げた物をぶら下げて、娘らしい姿に近付き、しゃがみこんでなにか言っているように見受けられた。あるいはそばの警官に言っているのかもしれないが、その態度はとても川口外相が言っているような毅然たるものではなく「こんな事をしてくれちゃー困るんだよな、もー」とでも言っているようだった。

 もちろんそうではなく警官に退去を要求していたのだと思うが、あのような生易しい態度では、幼稚園児でも言うことを聞かないだろう。第一、最初に門内に落ちている外部の物を拾い上げるという行為は、「ここではなにも起ってはいませんよ。なにも見ていませんよ」という逃げ口上の準備行為のようでもある。

 その後3人の女は連行され、15分後には5、6人の警官が領事館内に入り、ビザ発給待合所に逃げこんでいた男性2人を連行したのである。この間の一部始終を向いの建物から撮影していた聯合通信社は男性連行の映像、これこそが事件の核心部分であるが、を配信していない。まさか後難を恐れて中国当局に引渡したのではないだろうと思うが、1日も早く発表してもらいたい。

 この男性2名が連行されるまでの間に領事館内ではなにがあったのだろうか。保護しなかったことだけは確かである。中国人と見分けがつかないと川口外相は言っている。しかし、最近北京で頻発している北朝鮮からの駆け込み事件の事を考えれば言い訳にもならない。この10分あまりの間に保護を最優先するのが当然の行為ではないだろうか。ところが数人の中国警官がビザ発給所までやすやすと入れたのであるから、領事館員は窓口から中へは入れないように鍵をかけて、必至で助けを求める2人には答えず、内側で息を潜めていた様子がうかがえる。不審に思うのは、この時、領事館員は13人中8人居たそうであるが、この中に武官は居なかったのだろうか。武装して無許可に侵入してきた場合には領土の侵犯行為であるから、武力で撃退する権利があるのになぜ行使しなかったのであろうか。もし、隣のアメリカ領事館で同じ事が起これば、必ずM16ライフル銃で撃退しただろう。

 中国当局は先日韓国大使館に駆け込もうとして捕まえた北朝鮮人らしいグループが取調べ中に逃走したと発表した。国際世論に配慮していくぶん軟化の兆しかもしれない。しかし、こんどの事に対する外務次官の説明は「中国当局は領事館の安全を保障する義務があり、それを実行するために敷地内に立ち入ってもウイーン条約違反にはあたらない」という意味の言明をしている。これはまるでサギをカラスと言いくるめるようなものである。

 政府内や各政党内では強硬意見が支配的だが当然のことだろう。靖国神社参拝問題や不審船引き揚げ問題に配慮して弱腰になったり、取引材料に使ったりしないことを望む。

                      平成14年4月23日

 大阪高等検察庁公安部長が逮捕された。最初は競売で落札したマンションの税金を免れるために住民票を虚偽に移したことが逮捕理由であった。その後、暴力団との関係、年間約500万円の家賃収入の無申告脱税容疑などが浮かびあがってきた。

 ところが当の三池前部長は公安部の「調査活動費」の不透明な使途についての内部告発者でもあった。これを口封じするために逮捕されたという声も大きい。検察当局は内部告発についてはうわさとしては知っていたが、逮捕とはなんの関係もないと強調している。

 公安部とはいったいどんな仕事をするところだろうか。警察の表の顔が警備であるとするなら、警備局公安課は裏の顔になる。表と同じほどの金を使いながらほとんどその活動は知られていない。つまり諜報活動の忍者部隊である。悪名高き神奈川県警の共産党幹部宅の電話盗聴事件は明白な犯罪行為であったにもかかわらず、うやむやのうちに不問に付せられたのもこの公安活動だったからである。これと同じく、検察庁の公安部も対スパイ活動、対共産党の情報収集活動などが主な任務ではないだろうか。

 内閣官房機密費や外務省機密費と同じくチェック機能が働かない仕組みになっているので、これまでもこの調査費の不透明さはたびたび指摘されていた。三井前部長は以前からこれを内部告発していたようである。それが24日には在阪のテレビ局のインタビューを受けて放映される予定になっていた。ところがとつぜんの逮捕によって実現不可能になってしまった。とつぜんというのは、これまでならば隠し撮りや押しかけインタビューで、逮捕の前に映像や写真がマスコミから流れるものであるが、今回は悪人面した顔写真だけであった。

 なぜ、告発を公にしようと急いだのか。なぜ、逮捕がそれに先んじたのか。真相はヤミの中である。これはニワトリとたまごの関係のようなものである。最高検幹部は三井が何かごそごそやっているのが気に入らず、身辺を洗わせたらずるずると出てきた。まわりの騒がしさに気付き保険のつもりでマスコミに急接近を計ったが、残念ながら相手のほうが早かったというところが、あんがい真相かもしれない。

 さて、今後の成り行きであるが、三井容疑者は告発を免れることはできず、有期刑に処せられるであろう。ただ、その軽重が問題である。取引が成立して沈黙を守り微罪に服す。出所後はひっそりと、しかし優雅な余生を送ることになるかもしれない。あるいは、あくまでも強情に盾突いて長いお勤めになってしまう。その間に獄死もせず、出所後も交通事故や墜落死、自殺などに遭わずに、メディアに真相の告発を試みるかもしれない。もし、そのころまでに「調査活動費」がまだヤミの中にあれば、大きく取り上げられることになるだろう。

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                     平成14年4月7日

 京都知事選挙の投票日です。各党の相乗り候補が逆風に逆らって首尾よく当選を果たすか、ダークホースが油揚げをさらうか、はたまた、共産知事が復活するのか興味津々。できることなら革新候補が当選して旋風を巻き起こしてほしい。

 自民党はもうほとんど死に体になっているようです。いくら支え棒をかましてもボキボキと折れていくばかりです。その中で小泉首相は挽回に懸命になっております。4日夜、自民党行革本部幹部との会合で、酒の席とはいいながら「総辞職より解散」 を選ぶと啖呵をきりました。一瞬、その場は静まりかえったそうです。

 驚いたことに6日に野中広務・元幹事長が北海道での演説で、「われわれが長年かかってやってきた改革を成し遂げてくれるのであれば、首相は2年でも3年でも続投してくれていい」とぶったそうです。まあ、よく言うよというところですが、野中さんにしてみれば「そんなムチャせんといて」 とシグナルを送ったようです。あるいは反対の意味を伝えようとしていたのかもしれません。「われわれのやり方でやってくれるのであれば2年でも3年でも続騰してくれていいが、そうでなければどうなるか判ってるな」 と恫喝したのかもしれません。

 それにしても後から後から問題続出。秘書公費をピンハネするのは議員の常套手段のようです。それと同じように、官庁に口利きするのも当然の職務と考えている議員がいまだに大多数を占めているのが日本の政治家の姿とは情けない。できれば解散、総選挙を断行してほしい。もういくらなんでも、
地元のためにつくしてくれる先生に投票しようという有権者はいなくなっただろう。都市部の無関心層も気持ちを改めて投票所へ足を運ぶだろうと思うのは、まだまだ希望的観測が過ぎるのかもしれない。今度の衆議院選挙で自民党が第1党になるようであれば、「杉作、日本の夜明はまだ遠いぞ」と鞍馬天狗は嘆くことでしょう。

 武部農水大臣は続騰となりました。小泉首相の力をそごうとする橋本派の重鎮、野中広務が公明党を動かして農水大臣に詰め腹を切らせて一内閣一大臣の公約を無効にさせ、大臣の所属する山崎派から小泉までのドミノ現象をたくらんでみたが不発に終わってしまった。公明党も言うだけは言いましたと腰砕けで、本性丸出しというところですか。

 武部大臣は業界よりの姿勢を改め、消費者の方を向いた行政を行う決意を表明しました。ほんとうだろうか。今度のBSE(狂牛病)問題を起こした張本人の熊沢元次官は農水族議員に守られて議会で釈明の場に出ようとしません。また、2002年度の対策費2千億円のうち千7百億円が酪農、食肉などの生産・流通業界の救済費にあてられている。昨年からの族議員の圧力による拙速のばらまきが雪印食品などの付け入る隙を与えてしまったことに対する反省の姿勢が微塵も見られない。このことは、牛肉の店頭での安全を確認するシステムを構築するといった消費者向けの費用は48億円に過ぎないことからも窺い知れるだろう。

 農水大臣以下、職務官僚たちに給与返上や減給といった処置が取られたが、こんなことは「なんぼのもんやねん」と言いたい。処分といえば外務省でも行われた。その中に野上前事務次官の名前があった。アレ、この人まだいたのと思ったが、よく考えてみると次官を更迭されただけであるから、省内のどこかにいることになる。そうすると、身体を張って省を守ってくれた殉教者として大事に扱われているかもしれない。これに対して東郷大使は更迭の後退職するので外務省には残らない。この差はどこからくるのだろうか。

 パンパカパーン、今年の流行語大賞が早々と決まりました。”平成14年 流行語大賞第1位は「出処進退」 であります。”


                                   平成14年3月28日

 パレスチナ問題はますます泥沼化し解決のめどはまったくたちそうにない。アラファト議長はイスラエル当局によって軟禁状態にあり、アラブ首脳会議への出席もイスラエルが交換条件として譲歩を要求したために断念せざるを得なかった。

 今後も爆弾テロは続き、イスラエル側は容赦のない報復攻撃をくり返すだろう。2000年にわたる対立には根深いものがあり、憎しみの連鎖反応はどこまでいっても収まりそうもない。しかし、60年ほど前までは、エルサレムの地でイスラムとユダヤ、キリストの教徒たちはお互いの宗教を認め合いながら共存してきたのである。これが一挙に血を血で洗う対立と抗争に発展したのはイスラエル建国である。第2次大戦を勝利に導くためにイギリスの二股外交によって空手形が乱発され、ユダヤもアラブも自分の国が持てると希望を抱いた。

 戦争が終るとユダヤ人が祖先の土地に帰ってきて国づくりを始めた。とうぜん2000年の間そこに住んでいたパレスチナ人を追い出すことになる。これが争いの始まりである。

 かりに、進駐軍が認めているからといって、大陸国家の後ろ盾のもとにアイヌの人たちが北海道は数千年前からわれわれの土地であると言って占拠する。遠い祖先から受け継いだ国をつくるために和人を追い出す。大都市や工業、農、酪、漁業の土地は自分たちで囲い込み、痩せた土地に和人たちを追い込んでしまう。

 北海道の人たちを救えと本州の日本人が第4次にわたりイクサを仕掛けたが、強大な大陸国家の軍事援助を受けたアイヌ軍に歯が立たない。ほうほうのていで逃げ帰ってくるとアイヌ軍はすかさず津軽海峡を渡って本州上陸作戦を敢行し、津軽半島と下北半島を含む青森県の北部も占領してしまった。

 占領の既成事実によって領土化しようとしていたが、国政世論の強い反対のためにしぶしぶ占領地からは撤退した。しかし、道内はアイヌ共和国として独立した政府を樹立し和人に指一本指させない。道内の和人に対する締め付けはますます厳しくなっていくばかりである。めぼしい産業もなく、貧困と先の見えない状態のまま数十年が過ぎてしまった。子供の頃からアイヌ占領下で育った若者たちは未来に何の希望を抱く事ができず、ただイスラエルに対する憎悪の感情だけが膨らんでいくだけである。

 もともとイスラム教はキリスト教やユダヤ教に比べ、同じ一神教でありながらも異教徒に対する寛容度を持っていた。むしろキリスト教のほうが十字軍などのように異教徒との争いとなれば相手を徹底的に痛めつけ、屈服させるまで攻撃の手を緩めない非寛容の歴史がある。最初はちょっとした行き違い程度のものがどんどんとエスカレートし、作用と反作用の拡大生産が繰り返されていくのは当然の成り行きである。

 北海道の僻地に押し込められた和人の若者も、将来になんの希望も持てない閉塞状況の中では、この身を民族の再興のために奉げる自爆テロに拒絶反応も示さなくなるだろう。民族の大儀のためにダイナマイトを巻きつけて札幌の繁華街でできるだけ多くのアイヌを道連れにして花と散ろうとするだろう。本州の和人たちも武力ではかなわなければ精神的な支えによって国際世論を喚起し、アイヌの非道をやめさせようと務めるだろう。

 だいたいこんな所が現在の構図ではないだろうか。


                    平成14年3月16日

 鈴木宗男議員の証人喚問が月曜日に行われた。とうぜん予想される証言拒否や記憶にないという逃げ道を塞ぐ方法については、前回の村上元議員の喚問を参考にして十分に研究して質問に臨むだろうと予想していた。言い逃れはできないぞと動かぬ証拠を突きつけ、腰の印籠をかざして恐れ入らせる見せ場を期待していた。

 ところが学習効果をじゅうぶんに積んでいたのはむしろ鈴木議員の方である。木で鼻をくくったような「記憶にありません」や「証言を拒否します」というストレートな言葉を避け、努力して思い出そうとしてもなにぶんにも古いことであるので難しいというポーズをとり、一方的に決めつけるのはいかがなモのかと間接話法を使って言い逃れている。これに対して激しく切り込んだ質問者はいなかった。どうしても避けきれない時は反省といいう言葉を使って逃げていた。

 反省という言葉を何回使ったかははっきりと憶えていないが耳についたことだけは確かである。こんな事を言うと一生懸命に演技をしている日光猿軍団のお猿さんたちに失礼かもしれないが、反省だけなら猿だってするものだ。

 自民党の政治倫理委員会の林議長の記者会見はまるで世論の風はどこに吹くのかと言わんばかりの茶番劇そのものである。さすがに野本親分もかばいきれずに議員辞職に追い込まれた。その記者会見の模様は時には声を荒げ、また涙を流して恨みつらみを述べていた。涙を流したのは、後援会や家族のことに及んだときでありはからずも身内に厚い本質をさらけ出していると日経新聞のコラムが鋭く突いていた。

 加藤氏も議員辞職を週明けには届けるであろうし、鈴木議員に対する野党の辞職勧告案の追及は激しくなるだろう。ここで世論がいっそう盛り上がり、法案採決に持ち込むようになってほしい。また、検察当局もとうぜん調査を行っていることであろうが、立件可能な証拠を収集し逮捕に向かってほしいものである。

 しかし、自民党はこれで一件落着にして早々に幕引きをしたいところだろうが、止まるところを知らない腐敗体質の自民党自体が国益を大きく損なう存在であることが明白になり、解散不可避の世論が盛り上がるようにならないだろうか。


                                    平成14年3月11日

 いよいよ明日は鈴木宗男議員の証人喚問が衆議員予算委員会で行われる。この前の参考人質問の翌日の新聞を見ると事実の報道はあっても、論陣を張るというような主張の展開が見られなかったのでがっかりした。これがニューヨークタイムスやロンドンタイムスであれば、翌日の第1面トップに堂々と自社の見解を述べ、世論に訴える記事を満載するだろう。

 ところが日本の全国紙の中で翌日すぐにはっきりとした主張を展開したところはなかったと思う。どうも他社の出方をうかがっているような気配で、はじめチョロチョロ中パッパという感じである。

 しかし、なんとか証人喚問にこぎつけることができたのは喜ばしい。質問予定者のはじめの方は与党で占められているので、この人たちの質問は鋭さという点については期待できない。むしろ後半の野党質問者たちがどのような角度から切り込み、これに対して鈴木議員がどう答えるかに焦点が絞られる。前回のKSD事件で村上元参議院議員が「記憶にありません」「証言を拒否します」を連発してうやむやのうちに終らせてしまったが、今度は前回のような失敗を繰り返さない学習効果を積んでいることだろうと期待する。

 鈴木議員は自己に不利益な証言は拒否できるのでこれを最大限に利用するだろう。この戦術を切り崩すには、「腰の印籠をかざして」動かぬ証拠を突きつけて恐れ入らさなければならない。これはひとえに質問者、およびこれをサポートする党の調査能力が問われる場でもある。

 この点では前回の参考人喚問で精彩を放っていたのは共産党である。内部告発者が野党の中で信頼している政党の証でもある。野党3党が事前に質問内容のすり合わせを行い、無駄のない質問に絞り込む会合が始めて行われた。これに共産党は出席しなかったそうで避難されている。なぜだろうか。秘密漏洩を恐れたのか、共産党独特の唯我独尊の体質のせいだろか、それとも他党をあてにしなくても、じゅうぶんに勝算のある強力なミサイルをすでに手に入れているからだろうか。いずれにしても興味津々の証人喚問で、さぞかし高い視聴率を稼ぐことだろう。

 鈴木議員の悪業はとどまるところを知らないほど後から後からあぶり出されてくる。世論は激昂して強欲非道の悪人扱いだ。こうなるとなんだか鈴木議員がかわいそうになってくる。というのは鈴木議員のやったことは、やり口こそ泥臭いが、自民党議員の総てが大なり小なり行ってきたことである。ただ、いかにマネーロンダリングの技がうまいかへたかの差が出ただけの話である。

 あっせん収賄罪が論議されている時に、「政治家が口利きできなくなれば辞職するしかない」とほざいた議員がいた。そのあげく公設秘書はダメだが、私設秘書、元秘書、元元秘書、その他もろもろならだいじょうぶというザル法が出来上がってしまった。

 ことほどさように自民党議員の行状は、ステーツマンと呼ばれるのにふさわしく、国家の利益を最優先し、最大化するのが使命であるという自覚はない。ただ地元に金を持ってくるのが偉い先生だという意識のもとにふんぞり返っていたのである。

 とどのつまりは、このような議員を当選させた有権者、無党派層、棄権者全員がバカだったという証拠でもある。

 利益誘導型の政治家が地域社会を豊にしてくれるという幻想で当選させてきた風土のもとに、自民党政権を数十年にわたって許してきた選挙民すべてが、これが廻り回ってどこもかしこも閉塞した日本の現状を作り上げてしまったということに気付かなければならない。

 もし不幸にして、次の選挙で自民党が第1党になりふたたび政権を担うのであれば、日本の再生の道のりは厳しいものだと覚悟しなければならない。


                                    平成14年3月1日

 身の不明を恥じる次第ですが、私は27日のデフレ対策発表までには、金融庁の行っている銀行の特別査察の結果も分かっており、それを踏まえての抜本的な対策が講じられるものだと思っておりました。27日の発表の後から、特別査察の結果が分かるのは3月末だという情報が出たように感じました。これは恐らくわたしのアンテナの感度が悪かったために誤解していたのかもしれません。発表されたのは例によって問題先送りで、「矢継ぎ早に次の対策」とかなんとか言っておりますが、チビた鉛筆をなめなめ書き上げたへたな作文のようです。カラ売り規制の前に買い戻そうとして株価が高騰しておりますが、これが過ぎると外国勢がいっせいに売りをあびせてくるのが目に見えるようです。

 昨28日には日銀の政策委員会・金融政策決定会合の後で、速水総裁の記者会見が行われておりました。それを見ていると総裁の口ぶりが、小淵内閣の時に始めて元首相の異例の登用と騒がれた宮沢蔵相のと似ているように思えました。最初のうちこそなんとかもっていましたが、次の森内閣に横滑りしたあたりから精細がなくなりました。記者団の質問にまるで人ごとのようにあっけらかんとした口調で、厳しい経済情勢の見解や対策を説明していましたが、なんとなくそれを髣髴とさせられました。


 その後も食品業界では不正表示問題が後から後から出てきます。野菜から食肉全般にわたって表示されている内容がまったく信用できなくなりました。情けないことですが自己責任の原則で対処していかなければなりません。最初の牛肉にしても、ヨーロッパで定着しているパスポート方式を採らないかぎり、消費者の信頼を回復することはできないでしょう。出生から屠殺、食肉加工、店頭販売までの全過程の取引ごとにパスポートの添付が義務付けられた末に、ようやく90%を超えるまで消費量を回復させることができたのです。

 日本でも一部で耳票に付けた10桁の背番号でルーツをたどることができると宣伝して、売上増に繋げようと目論んでいる地域があります。然し、この方法では処理場まではたどれても、それから先はいくらでも変更、加工することができるので、信頼性はまことに薄いものでしかありません。

 小泉首相が枠組みにこだわらずと言っても、他人の縄張りを荒らせば霞ヶ関では生きていけないという官僚意識のために、酪農から処理場までの農水省と、それ以後の加工、流通を管轄する厚生労働省との縄張り意識を一朝一夕で変えることは出来ません。この結果、一貫した情報の流が、処理場の外に厳然として立ちはだかる壁によって閉ざされております。去年の9月から牛肉を口にしておりません。このままではいまわの際に、「牛肉が食べたい」と言い残して息を引き取ることになるのかもしれません。

 どれもこれも閉塞した状況の象徴のような出来事です。昭和20年の日本の状況と似ているようです。戦局はどうしようもないほど行き詰まり、早急に対策を講じなければならないのですが、軍部が怖くて誰も口にしません。つまり命がおしくて敗戦処理を言い出せないのです。その間にも負け戦は続き沖縄も失ってしまいました。その頃になってようやく機運が熟したのですが、貧すれば鈍すです。こともあろうに和平の仲介者としてソ連を選んでしまいました。言ってみれば、鰯をねらっている猫に「あちらのアメリカ猫やイギリス猫と仲直りしたいので言ってくれない」と頼んでいるようなものです。ロシア猫はすかさず鰯に飛びつきました。

 今から思えばなんと馬鹿げたということですが、当時の為政者たちは真剣に考えて、皇族である近衛文麿元首相を特使として派遣するところまで進んでいたのです。もちろんソ連の拒否で実現はしませんでしたが、このように時間を空費している間にも百万人以上の人命が失われてしまいました。

 現在の日本もこのように膨大な犠牲を必要とする破局を迎えなければ、新しい枠組みを作り上げることができないのでしょうか。日本民族がそんなに情けないものとは思いたくもありません。

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                                    平成14年2月21日

 むかし三角大福という言葉があった。いちご大福の前身ではなく、れっきとした政治用語だ。三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫の名前を使った造語で、昭和47年(1972)に首相の座を巡って激しく争い、なかでも、田中角栄と福田赳夫の戦いは壮絶な角福戦争と呼ばれた。これは福田陣営と思われていた中曽根康弘の裏切りで福田首相の実現はずっと遅れた。ちなみにこの4氏は角三福大の順に首相のイスに座った。

 現官房長官と元外相はその子供たちである。ははぁん、とうなずく向きもおありだろう。小泉政権発足当時から福田官房長官が田中外相にはまるで木で鼻をくくった態度を取る理由もうなずける。先の参院選で人寄せパンダのように引っ張りまわされた田中真紀子が、群馬県の応援に行ったのは中曽根派と目されている候補者であり、福田長官は露骨に嫌な顔をしたそうである。県外人には分からないが、角福戦争以来、福田・中曽根陣営は群馬選挙区での宿命のライバル同士であり、ご当地の人たちにはキッチリと色分けされているそうである。

 昨日の衆議院予算委員会では記者会見の時とは違い、うつむき加減にぼそぼそと答弁する福田長官に対し、昂然と顔を挙げて機関銃のように早口で、しかもインパクトのある答弁をしていたのは元外相である。どうも、福田長官は陰湿な策謀家で、田中外相は殉教者のような印象を与えていた。

 鈴木氏の答弁の実況中継を見た時にはにこやかに答弁していた。あれ、こんなに穏やかな顔つきならば、身に憶えの無いことがはっきりと立証できたのだろうかと思った。ところがこれは質問者が自民党議員だったからで、後のほうで共産党議員の質問に答える時には声を荒げ、顔がいくぶん引きつっていた。最後には外務省に対し影響力を行使した事を間接的に認めていた。与党はこの問題を長引かせるほど不利になるので、予算案優先を口実に事実上の幕引きにしようとしている。

 ここでこの問題がうやむやのままに終ってしまうと、政官癒着の解消は遠のき、従来からの族議員と党長老たちによる利益誘導型の調整政治に官僚が乗っかる構図が続いていくことになる。小泉首相が抵抗勢力と呼ばれる所以でもある。そう思って今朝の新聞論調を見ていると、残念ながら、関係者の証人喚問を求める強い世論の盛り上がりの気配が感じられない。

 小泉首相の支持率はこれでまた下がり構造改革が進まなくなるかもしれない。経済財政諮問会議が27日に発表を予定している総合デフレ対策が効奏する内容のものであればよいが、抵抗勢力を勢いづかせ、構造改革を頓挫させることが絶対にあってはならないと思っている。そうなると、国債の格付けがイタリアを通り越してアフリカ最貧国ボツワナ並に下げられてしまうからである。

 その先には大きな社会不安が待ち構えており、アジテーター型の政治家が登場する素地が生まれてくる。田中真紀子はカリスマ的素質は申し分ないが、外相経験で人心の掌握と組織運営能力が無いことが立証されているので、一つ歯車を噛み違えばとんでもない結果が生まれてしまう。だからこれは一国の首相となると話が違ってくる。諸葛孔明のような立派な軍師でもいないかぎり危なくて任せられないので、当分は抵抗勢力に成り下がった小泉純一郎で我慢するしかないだろうか。


                                    平成14年2月14日

 長野に比べるとソルトレイクシティ冬季五輪の成績が現在までのところ芳しくない。メディアはスキー板の寸法が背の低い日本人に不利に変更されたことも原因の一つだといわんばかりになってきている。なんだか現在の日本の沈滞を象徴しているような感じもする。

 もしも不幸にして、金メダルを一つも取れないとなると失望もはなはだしい。勝つことではなく参加することに意義があるのかもしれないが、これはあくまでも建前でみんながメダルにこだわっている事実に変わりはない。

 シドニーで日本は金が5つ、銀と銅がそれぞれ8つと5つであった。金を5点、銀を3点、銅を1点とすると総得点は54点である。お隣の韓国は78点を取っていた。人口が1億2千万人と4千6百万人であることを考えると、韓国の方が人口比でははるかに優れている。アメリカは日本の2倍強の2億7千万人だが総得点は約6倍の303点であった。キューバに至っては、わずか千百万人の人口で95点を挙げていた。しかし、世界最大の人口を誇る中国は203点しか取っていなかった。

 一概に人口比だけで論じるのは適切ではないかもしれないが、一つの傾向として参考になるのではないだろうか。シドニーでは439人であったが、今回の日本の派遣人員は役員、選手218人を含む総勢313人らしい。派遣団員総数、公式費用、メダル獲得数を参加国別に調べてみるのもおもしろいだろう。そうすれば、費用対効果でパーフォーマンスのいい国とそうでない国との差が現れてくるかもしれない。


                                     平成14年2月3日

 雪印食品の会社ぐるみの犯罪行為が次々と明るみに出てくるので、牛乳問題であれほど手痛い損害をこうむっていながら性懲りもなく続けているスノーブランドに消費者はあきれ返っている。

 冷蔵倉庫会社が告発して明るみに出たが、もしこれがなかったならば、今後も長年にわたって続けられることだったのだろう。なぜ、倉庫会社が告発に踏み切ったのだろうか。倉庫会社の社長は国会議員の秘書もしていたらしい。例え違法行為であっても、お得意様のすることには見て見ぬふりをするものだ。それをあえて告発した勇気に敬意を表する。

 会社幹部は例によって、現場が勝手にやったことで上層部は関知していなかったと逃げていたが、後から後から違法行為が明るみに出てきたので、会社ぐるみの犯行であった事を認めざるを得なくなっている。

 新聞に「消費者は氷山の一角だと思っている」と書いてあったが、この氷山はどれぐらいの大きさのものなのだろうか。
今後の捜査予定に入っている東北ミーとセンターや北海道ミーとセンターを含めた、雪印食品の食肉部門だけではないだろう。食品本社のみならずスノーブランド全体に広がるものだろうか。それだけではなく、食肉業界全体、あるいは食品業界全体までもが氷山に覆われてしまうのであろうか。

 女房が大分市の娘の所に2週間ほど行っていたが、近くのスーパーで売っている鶏肉は「日南鶏」と名づけたラベルが張ってあるのが多かったと知らせてくれた。日南とは宮崎県日南市のことだが、私の住んでいる宮崎県南郷町の北隣の5万人ほどの市である。私たちもよく日南市内のスーパーで買い物をするが、「地鶏」「鹿児島鶏」という表示はあっても、「日南鶏」というのにはお目にかかったことはない。そういえば、少し前までは豚といえばなんでもかんでも「黒豚」とラベルが張ってあった。あまりのひどさに、消費団体や養豚業界から非難の声があがり、ぴたりと黒豚がいなくなってしまったことがあった。

 国産牛肉買い上げ制度については、当初から雪印のようなことが起るのではないかという懸念が出ていたが、雪印はやり方がまずかったという闇の声も食肉業界あたりから聞こえてくる。去年槍玉にあがった、タコの原産地を偽って関税を逃れて告発されたのは、大手水産会社や中堅も、一流商社から食品専門商社にいたるまで、どこもかしこもという感じがした。

 例え違法行為であっても利益に結びつくのであれば、会社のために行ってもよいのだという意識が抜けないのだろう。コンプライアンス(法令遵守意識)が低いのが日本の社員意識の特質なのだろうか。これがいちばん高くつくものだという事をしっかりと根付かせなければ、いつまでたってもこういう不祥事は続いていくことだろう。「食品業界も、これを他山の石として、法令遵守精神の喚起とチェック体制の見直しを図ってほしい」と日経社説で警告しているのもむべなるかなといえるのだ。

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                     平成14年1月30日

 今日の日経新聞の朝刊に面白い写真が載っていた。小泉首相が閣議室のドアーが開いて入ってきたところの写真だ。首相の視線は右横のイスに座っている田中外相に向けられていたが、「モー、またやりやがって、しょーがねーなー」と渋い顔つきであった。とうの外相は恐縮して下を向いているようだが、よく見ると右手で新聞を持ち上げておりその紙面を見ているだけであった。

 その夜に外相の更迭、野上事務次官の解任と鈴木衆議院議員運営委員長の辞任が決まった。首相はどうも3という数字が好きらしい。健康保険法改正の時も三方一両損という痛み分けを得意がったが、今回も関係者3人の詰め腹を切らせて一件落着にしようとしている。もちろんこの問題の核心部分には触れずに臭いものには一時蓋をしておき、時が解決してくれるのを待っているようだ。
 
 前回の22日にも触れたように、鈴木議員が外務省に圧力をかけたのは紛れもない事実である。これは今日の朝日新聞でもはっきりと指摘していた。私は22日の日経紙面と時事通信によって、鈴木議員が「税金を集めるのは自分だから、行儀の悪いNGOに税金を使わせない」と述べたこと。その後、衆議院予算委員会での田中外相のメモを示しての答弁、野上事務次官や重家中東アフリカ局長の答弁、NGO代表の大西健丞氏のテレビ発言などをつき合わせて、これが真実だと思っている。

 ところが予算案を錦の御旗に立て、「言った言わない」の大人気ない問題にすり替えてしまおうとしている。問題の本質は立法府の一議員が行政府の内閣を飛び越えて、下部組織である官庁に直接圧力をかけて行政行為を行わせたことである。議会民主主義のルールから大きくはずれた行為であるが、日本の政党政治は自民党の長年の独占によって大きくゆがめられてしまった。未成熟の独裁国家のように実力者の意向によって、政策や行政行為が恣意的に行われる制度になってしまっている。

 これを改めるためにも、今回の問題について3人の中でだれが嘘をついているのか、野上次官か鈴木議員、あるいはその二人か、それとも田中外相かをぜひとも究明すべきである。これを行えないののであればそれが小泉首相の限界であり、これ以上の期待は無理というものである。今後、支持率の急低下によって政局は波乱含みとなり、抵抗勢力が勢いづいて改革が骨抜きになってしまう公算が大きくなってきた。日本沈没の日が少しづつ近付いてくるようだが、こんなことはぜひとも起って欲しくないものだ。


                     平成14年1月22日

 アフガニスタン復興支援会議が、60カ国と21の国際機関が参加して21日から東京で開催された。悲惨なアフガニスタンに復興の手が世界中から寄せられるようになって喜ばしい。

 思い起こすのは去年に行われた政府援助である。自衛隊の大型輸送機で運ばれた援助物資が降ろされているのがテレビに写っていた。驚いたことに巨大な貨物室から降ろされたのは、うずたかくと言いたいところだが、こんもりと盛られてネットをかけた大型パレットが3つだけトレラーに移されていた。物量としては4トントラック1台分ほどしかない。数千キロをほとんど空気だけ運んでいたことになる。エエッこれで全部、と驚いたのは伝えられていた金額からしてあまりにも少なかったからである。今度はしっかりとした態勢で臨んで欲しい。

 この意味から、援助活動は官主導というよりも、NGOによる現状を把握したきめ細かい活動が有効と思われる。事実、世界の援助活動の主流はこの方向へと移ってきている。

 アフガニスタン復興支援会議に先立ち、非政府組織(NGO)会議が20日に行われたが、主催者のひとつである外務省が国内の団体に「信頼関係を損ねた」という理由で出席を拒否した。この「損ねた」というのは、団体の発言の中に「お上の言うことはあまり信用しない」というのがあったからである。ところが内外から批判の声があがりはじめ、21日には一転して出席を認める連絡がなされた。前非を悔い涙ながらに改めたのではなく、形成不利と見てすばやく戦術転換したのである。

 この一連のドタバタ騒動の裏に、外務省に影響力をもつ(自民党の)有力議員が圧力をかけ、「税金を集めているのは自分だ。行儀の悪いNGOに税金を使わせない」と怒ったそうである。これは道路予算をつけるのは俺だから、どこに落札させるかを決めてもとうぜん」と口利き料をせしめる構図と少しも変わらない。時事通信はこの議員の名前を伝えているが、抵抗勢力として悪名高きご仁である。さもありなんというところか。

                     平成14年1月1日         

 30年の計は元旦にあり。もちろん凡夫のなせるわざだからたいしたものではない。そのころ私は生きてはいないだろうが昨年末に生まれたのを含めて3人の孫たちの世界が住みよいものであって欲しいと願っているからである。

 その頃の世界経済の中心はアジアに移っており、その中で中国の存在は現在とは比較にならないくらい強大なものになっているだろう。人口抑制政策のためそれほど大きな延びはないと思う。せいぜい14億か15億止まりだろうが、それでも国民1人あたりのGDPは1万ドルをとっくに超えており、世界最大の国家としてのプレゼンスは圧倒的である。

 現在の中国は資本も技術も不足しているから積極的に外国から取り入れているが、その頃には資本や技術の蓄積が進み、他国の助けを借りなくてもやっていけるようになっている。こうなった時に中国がどのような政策を取るだろうか。自国内の市場は自分たちで守り育てていこうとするだろし、外へ市場を広げていこうとするのはとうぜんの成り行きである。その時にアメリカとの関係はどのようになるだろうか。アメリカは中国市場を足がかりとしてその後背部に広がるユーラシア大陸へ進もうとする意欲を失ってはいないだろう。

 これはアメリカの海洋国家としての長年の夢であり、このために日本とも衝突したのである。もともと太平洋戦争は中国市場の覇権を狙って起こされた争いである。日本の為政者、とくに軍部はこのためにアメリカとの戦争は不可避であり、いかにアメリカと戦って勝てるかを考えつづけていた。日本列島と朝鮮半島の国力だけでは勝ち目はないので、中国東北部を植民地として経営し、その力を合わせれば強国アメリカとも対抗できると考えて満州国家を建設したのである。

 戦略としては間違っていなかったかもしれないが、軍部がシビリアンコントロールを奪い、独走しはじめたために口実を与えてしまい、抜き差しならぬ道を転げ落ちていったのである。アメリカはこれで足がかかりを得て、いよいよ大陸へ本格的に進出しようとした矢先に、毛沢東率いる共産革命が成功してしまった。

 しかし、アメリカはハートランドへの進出の夢を失ってはおらず、将来は広大なマーケットになるポテンシャルを秘めたユーラシア大陸へと目指していくだろう。この時に中国は大陸後背部は自国の潜在的なマーケットであり、アメリカの進出に対抗する政策を取ることが予想される。アメリカは南北アメリカ大陸でのドル経済圏、ユーラシア大陸とその周辺島嶼部は中国の人民元、ヨーロッパ半島とアフリカはユーロ圏と棲み分けて、仲良くてを取り合って世界連邦建設へ進んでいくと考えるのは,アメリカは現状維持どころがむしろ縮小を意味しているのであまりにも牧歌的な見方である。

 むしろもっと血なまぐさい、もちろん帝国主義的な領土獲得戦争という姿はとらないが、市場を経済的に支配しようとする争いへと進むだろう。この時にアメリカと中国という大国の間に挟まれた日本はどうするのか。今までどおりアメリカについていればよいのだろうか。それとも中国につくのかどちらかを選ばなければならない時がやってくるだろう。その時に選択を誤れば、春秋の中国、戦国時代の日本、ヨーロッパの侯国の中で、負け組みについたばかりに消えていった小国は枚挙に暇がない。

 今日の日経新聞の中でトヨタの奥田 碩 会長は「今後の中国がどうなるかと考えると、日本がのみ込まれる可能性がある」と言っている。もしその時に選択を誤れば、日本民族の文化と伝統が地上から消滅する日が来るかも知れないという恐れは私1人ではないようだ。30年先のあるべき姿を考え,それを実現するためにどうすればよいのか、どう続けていかなければならないかを現在に立ち返って考え、それを随時フイードバックして進路修正を心がけることがぜひとも必要ではないだろうか。

 知力に優れ勤勉な日本民族が本来の姿を取り戻し、力を合わせて明るい未来を切り開いていって欲しい。

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                     平成13年12月29日

 狂牛病の発生が止まっています。やれやれよかった、もうこれ以上嫌な病気の牛はいなくなったのだろうと思いたいところです。ほんとうにいなくなったのと、出るのを防いでいるのとは状態がまったく違います。どちらなのでしょうか。

 先日のテレビで、酪農地帯の獣医が牛の安楽死、つまり薬殺を依頼されるケースが多くなった。家畜運搬業者は牛の死骸を運ぶ件数がひじょうに増えている。こんなレポートを流していました。今日の日経新聞朝刊の社会面の片隅に栃木県で牛の遺失物があったと報じています。県北の利根川沿いの町の出来事です。3匹のうち2匹が保護され残りは捜索中ですが、2匹とも5歳以上と思われる廃乳牛で、持ち主が特定できないそうです。

 牛の死骸はとこへ運ばれてどのように処分されるのかについては、上のテレビでは触れていなかったが、私がいちばん知りたいのはこれだ。と畜法では牛の持込を拒否することはできないらしいが、事実上の自主規制で廃乳牛の持込を拒んでいる。これは別の処分ルートにゆだねるのを黙認するものであり、このルートはなんとなく不正規性を持っている。とうぜん最小の効果で最大の利益を求める体質である。例えそれが非合法であろうとも。

 酪農家はと畜場が引き取りを拒否しているし薬殺するのも費用がかかるので、遠くに運んで放したのかもしれません。農水省は狂牛病の牛が出ては困る。だから正常なルートを閉めれば闇から闇に処分され、その肉が運悪く食肉ルートにののっても責任はないと思っているのだろうか。武部農水相は北海道中標町で「原因解明が酪農家にとってそんなに大きな問題か」と言ったそうである。ひょっとして、「国民の健康と畜産業界の利益とどちらが大事でしょうか」と質問すると、農水省の高級幹部は「所轄官庁として畜産業界を保護する義務があります」と、苦渋の選択どころか、なんのためらいもなく答えるかもしれない。

 いま狂牛病を闇から闇へ葬っておけば人に感染したとしても、新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の潜伏期間は10〜20年もあり、そのころには特殊法人に天下りして退職金をたんまりもらい,ゴールデンパラシュートで引退して優雅に余生を送っているから責任のとりようがないとでも思っているのだろうか。
 だれもこんな悪意に満ちた解釈をしたくはないが、これまでの農水省の対応を見ているとこれぐらいのことはやりかねないと思えてくるのである。
 私が生きている間に牛肉を口にすることができるだろうか。


                     平成13年9月14日
 アメリカ同時多発テロで最初の旅客機が、ワールドトレードセンタービルのノースタワーに激突する映像の中の一つに、ライトを点滅させた消防車の横に野次馬と一緒に消防士が写っている画面がありました。

 キューンという音に消防士は防火帽のひさしを持ち上げて上を見ましたが、なにも見当たらないので視線を落した瞬間にビルから火柱が上がり、「オー、シット」という声も重なっていました。絶好のタイミングにボヤかなにかがあり、ビデオ
カメラを携えた野次馬が居合わせたので、歴史的な映像の一こまを撮ることが出来たのでしょう。

 絶好のタイミングといえば、日本の民放の若い女性レポーターがとるものもとりあえず駆けつけたのでしょう、ジーンズ姿でマイクを握っていましたが、「キャー」「スゴイッ」という絶叫調だけで、まともな言葉になっていませんでした。いくら若い女性だからといえ、いやしくもレポーターとしてカメラに向かうからには、的確な説明と現場の生々しい状況を冷静に伝え、できれば、路傍の瓦礫を写せる範囲だけでなく、少々の危険は覚悟のうえでもっと近付き、突っ込んだ心理描写を加えた臨場感にあふれるレポートを送ったならば、後世に名を残す賞を得て、優秀なレポーターとしての名声と地位を手に入れることができただろう。一生のうちで一度あるかないかの絶好の機会をみすみす取り逃がしてしまった。

 ハイジャックされた旅客機は合計4機であった。2機がニューヨークで自爆し、1機はワシントンの国防省、通称ペンタゴンに突っ込んだ。残りの1機はワシントンから4百キロも離れた、ペンシルバニア州のピッツバーグ郊外に墜落している。

 アメリカ政府によると、ホワイトハウスと大統領専用機であるエヤーホースワンも標的になっていたと発表していた。ホワイトハウスの所在地はペンタゴンと同様にはっきりしている。しかし、エヤホースワンの所在地は国家機密になっているのではないだろうか。

 テロリストが事前に知ることができれば、いやテロリストだけではなく、どこかの反米国家でさえも時と場合によってはミサイルの標的にしかねないだろう。そういう意味ではこれを標的にすることなど出来ない相談だと思う。

 私がテロ計画の立案者であり、4機の攻撃機をもっているのであれば、最大の被害を与える合理的なプランニングとしては、第1目標をホワイトハウスとし、WTCビルやペンタゴンは第2、第3の目標に選ぶだろう。ピッツバーグ郊外に墜落した旅客機こそが第1攻撃機であった。

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                    平成13年12月9日

 昨日は「大東亜戦争」(後に「太平洋戦争」と呼ばれる)アメリカとの開戦の日である。この戦いで数百万の生命が失われたのであるが、60年の風雪を経ると新聞記事にもならない。

 昭和16年(1941)12月8日の早朝、ラジオ放送が中断し、大本営発表の臨時ニュースが流れた。当時のメディアといえば、NHK第1、第2のラジオ放送と新聞だけで、少し遅れて雑誌、ニューズ映画がある程度だった。

 大本営発表は「帝国陸海軍は今日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」というのであった。その後午前11時50分に大本営は「本8日早朝マライ(マレー)半島方面の奇襲上陸作戦を敢行した」と発表しました。

 当時の軍国少年であった私は勇みきってその後の新聞記事などをむさぼり読みました。簡単な地図のハワイの位置あたりに、軍艦旗のマークの下に船の舳先を立て撃沈を示すロゴマークがずらりと並んでいるのに胸を躍らせました。

 学校などで太平洋の地図を見ていて気がついたのは、ハワイの真珠湾は西太平洋だろうかということです。日付変更線はもちろんのこと、後に太平洋海戦の天王山ともなったミッドウエー島よりも東にあります。先入観を持たずに素直に見れば、言葉の通りミッドウエーあたりが真ん中で、真珠湾をどうしても西太平洋だとは思えませんでした。

 これは間違っているのではないかと周囲の友人たちに言ったり、先生や他の大人たちにも聞きませんでした。その後もいろいろおかしいなと思う事がありましたが、それをあえて聞かなかったのは、してはならならい事だという雰囲気を子供心にもなんとなく感じていたからです。

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                     平成13年12月17日

 3頭目の狂牛病の牛が11月の末に見つかってから、しばらく鳴りを潜めています。2頭目が出るのに3ヶ月かかりましたが、3頭目はその10日後に出ています。それからすれば4頭目が出てもおかしくはない。2頭目の狂牛病農家になるのを恐れて控えていたが、辛抱できずに出荷したら不幸にも2頭目になり、また3頭目が出たのだろうと思います。

 こうなると被害が広がるのを防ぐ手っ取り早い方法は、処理場がなんらかの方法で受け付けなければ、しばらくの間のほとぼりを冷ますことができると考えるのも無理は無い。
 果たせるかな、廃乳牛の出荷を口頭で自粛要請していた処理場(法律名はと畜場)が山形県にあったと報じている。まあ、氷山の一角というところだろう。

 狂牛病の発生は農水省が省益と業者保護のための不作為が根本原因であり、その後の対策も後手、後手に廻っている。この期におよんで農水省と厚生労働省が責任のなすりあいと、縄張り争いに終始している。いくら大臣が牛肉をほおばってみたところで、消費者の信頼を取り戻すことはできないであろう。

 狂牛病の先進国であるフランスでは子牛が生まれてから肉屋の店頭に並ぶまでの全ての段階に共通する10桁の背番号をつけ、これから実物に付いている耳番号と、生年月日から処理された日と場所、父牛と母牛の名前、飼育と処理歴まで把握するシステムを作り、この記録されたパスポートを通じて取引されることによって40%にまで落ち込んだ消費を90%台まで回復することができた。

 また、ドイツでは消費者保護食料農業省が新設され、新しい規準を設けて食肉の品質管理を徹底している。さしずめ、農水省と厚生労働省が一つになって食料行政を行うようなものである。種牛から育てられた牛は処理場までは農水省、それ以後の流通段階は厚生労働省と分かれている縦割り行政にこだわる日本の役所ではとうてい無理だろう。

 かりにできたとしても、この機会を利用して権益拡大に走り、特殊法人に認可行政を担当させ、ちょうど道路公団の下部組織に幾十のファミリー企業をつくり、補助金と独占事業を行わせて、自分たちの天下り先を確保しようとするのと同じことをやるだろう。ちなみに、ドイツではこれらの業務を、民間の第3者機関に行わせて透明性を確保している。

 狂牛病の発生原因の究明も2ヶ月たっているが分からない。骨肉粉はヨーロッパ諸国からか、アジアその他の非発生国からのものか、それも直接投与か間接的飼料なのかも究明できずにいる。5年も前の事実を国内だけではなく外国にまでさかのぼって究明するのは、針の穴に牛を通すよりも難しいだろう。また、はっきりしないほうが役所にとっては都合がいい。

 しかし、それによって国民の政治不信はいっそう増殖され、これからも発生する狂牛病のために、畜産業界と食肉業界はいっそうの被害を蒙ることだろう。

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                                     平成13年12月23日

 昨夜、奄美大島南東の海域で不審船を発見し、海上保安庁の巡視船が追跡の末に撃沈したというニュースが飛び込んできました。
 今朝の日経新聞の一面の見出しを見てアレと思いました。そこには「射撃、沈没」とありました。おかしいなと思って他紙を調べてみると、読売と産経は同じで,朝日は「撃沈」でした。毎日では大見出しは「銃撃」で、脇見出しに「逃走を繰り返し沈没」とありました。私の語感では攻撃して沈没させるのが「撃沈」です。「射撃、沈没」では両者の間の因果関係が少し薄くなります。毎日にいたっては、「アレ、沈んでしまったの」という感じです。

 轟沈という言葉があります。今ではゲームの世界だけに使われているようですが、今から60年程前は、普通の撃沈よりも激しい意味をもっていました。私はまだ子供だったので、正確な数値はわかりませんが、被弾してからある時間内、たぶん10分くらいの間に沈没した時に使われました。その頃の歌に「轟沈、轟沈、凱歌がアガりゃ」というのがあったように思います。まだ帝国海軍が健在な昭和17年
ごろだったでしょう。このころは休みのない「月月火水木金金」という厳しい時代でした。

 朝の新聞では、接岸できるほど近付くと、鉄パイプを振り回して威嚇しとあり、また15人ほどが海上に漂流とありました。もし、北朝鮮のスパイ船であれば鉄パイプなんておかしいなと思います。自動小銃や対戦車ロケットなどの火器を使うだろうと思いました。その後の記事で自動小銃と分かりました。これに対して巡視船は20ミリ機関砲で応戦し沈没させました。この射撃は貫通銃弾であったのか、炸裂砲弾を使ったのかわかりませ。またそのていどであの船が沈むものかという知識もありません。もし、漂流者が助けを求めてくれば、恐らく密航者であろうし、覚悟の上で死を選ぶのであれば北朝鮮の諜報員だろうと推測できます。その時には船体に証拠を残さないような方法で自爆したのかもしれません。

 沈没したというニュースで思い出したのは、ハワイ沖のえひめ丸です。南シナ海の現場の水深は百メートルほどです。、冬季の海流や波の強さなどもありますが、証拠保全のために費用を惜しまずに引き揚げる事を日本政府がやるだろうか疑問に思います。もっとも、北朝鮮は動かぬ証拠を突きつけられても、知らぬ存ぜぬと言い張る国だから、そんな事をしても無駄かもしれない。日本側もどぶに棄てることになると、私のような素人でもわかるのに、融和を先に示すことに価値があるとかなんとかイッチャッテ、50万トンもの米をタダでくれてやり、千数百億円の国費を無駄遣いした。また、首相の長男の金正男が偽造パスポートで入国するという前代未聞の出来事でも、これを絶好の切り札に使うということもせず、なにをするか分からない国、つまりテポドンミサイルを打ち込まれるかも知れないという恐怖心から、なにも知らんプリをして送り返してしまうような政府に、凛とした対応を期待するのが無理かもしれない。男小泉準一郎さん、頼みますよっ!


 これを書いている間に夕方のテレビを見ました。海上保安庁の職員が説明しているなかで、海上に漂流している者でも武器を持っているかもしれない、というくだりがありました。ひょっとしたら、漂流者は助けを求めず、巡視船のほうも見守っているだけで積極的な救助活動をしなかったのかもしれません。その結果2人の漂流死体を引き揚げる結末となったのか。

 これらの詳細はいずれ明らかになるだろうが、日本の国益を踏まえた、キッチリとした対応をしてほしいものである。

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